さまざまなポップカルチャーが花開いた1980年代・・・時代を駆け抜け、わずか31歳でその生涯を閉じたアーティストが存在した。誰もが一度は目にしたことがある印象的なアート作品を次々と発表し、未だに根強い人気を保ち続けるキース・ヘリングである。
31年間、彼はどんな思いを胸に混沌の時代を生き抜いたのか・・・その答えはミュージカル『ラディアント・ベイビー~キース・ヘリングの生涯~』の中に在る!
演出を担当する岸谷五朗に、キースに対する思いや、作品、出演者についてじっくり聞いた。
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演劇でキースに“恩返し”が出来れば
――台本の第一稿を読ませていただきましたが、とてつもないエネルギーが溢れてくる作品だと感じました。この作品の演出を、とお話があった時、どう思われましたか。
『ラディアント・ベイビー』は元々オフ・ブロードウェイで上演されていたのですが、僕は公演中に観に行くことが出来なかったんです。で、どうしたものかと思っていたところ、ニューヨーク図書館に資料があるということが分かり、そちらに出向いて上演時のVTRを観ました。
僕は1993年から「Act Against AIDS/アクト・アゲインスト・エイズ」というAIDSに関するチャリティーをずっとやらせていただいているんですが、その中で「ザ・バラエティ」という啓蒙・啓発のショーを始めた時、キース・ヘリング財団のご協力もあって、キース・ヘリングのシンボルマークを旗として使わせていただいたんですね。25年間この活動を続ける中で、ラオスに学校も建ちましたし、少しずついろいろな効果も出てきていると思います。そういう下地もあって、今回“演劇”というエンターテインメントで「キース・ヘリング」の人生を表現することに大きな“縁”を感じています。自分なりにキースに恩返しが出来るという思いもありますね。
――「Act Against AIDS」はラジオDJをやっていた時に何度か取材させていただきましたが、それまでの「啓蒙活動=難解、入りづらい」という概念が綺麗に取り払われて、若い世代も楽しみながら学べる場だと感じました。
本当にその通りで、それこそ僕たちが作りたかったイベントなんです。実は最初の年は専門家の方に講演をしていただいたりもしたんですが、それだとなかなか若い層には届かないことも多くて。それで、もう一度この活動の意味を考えた時に「HIVやAIDSという言葉を喉の奥に封じ込めるのではなく、お茶の間で皆で話せるようにしなくちゃけない」って新たな目標を立てました。そこから「ザ・バラエティ」というタイトルを付けて、若い人たちが楽しめるステージを創り上げ、僕たちなりの啓蒙が出来ればと思いながら活動を続けて今に至っています。
――作品の中で、キースはいつも何かを抱えて時代を疾走しているというイメージです。キース役の柿澤勇人さんとは役についてどんなことをお話になっているのでしょう。
先日、歌稽古に入った所なのですが(注:4月下旬の取材)、今はかっきー(柿澤勇人)含め、キャストの皆に対して、あえて役に対しての細かいオーダー等はしてないんです。この後、全体稽古に入りますが、その時にオフ・ブロードウェイ版とはガラっと変わる演出や美術、衣裳のプランも含めて皆に伝えていければと。
自分の中でもう全ての“画”は出来ているんですが、この世界観の中でキャストの皆がどう動いてくれるのか・・・そう考えると僕自身も楽しみですよ。
――岸谷さんは俳優としてもご活躍なさっています。そういう面も持つ演出家が稽古場で演技の例を見せると「演出家が一番上手くてずるい!笑」みたいなモードになったりもしますよね。
実はそれ、自分の特権と言うか、演劇の神様からいただいたプレゼントだと思っているんです。言葉だけで説明するのではなく、僕の場合は動きや仕草も俳優として見て貰えますから、彼らにニュアンスが伝わるスピードがものすごく速いんですね。もちろん自分で全てやってしまうのではなく“ここは勝負”という肝の部分の演技に関しては、俳優自身に独自の表現を生み出して欲しいので、あえて僕のアクティングは見せません。そういう場面に関しては彼らから何かが生まれるのをじっくり待ちます。でも、普通は演出家が希望するニュアンスを俳優に伝えるのは時間がかかりますから、早く伝えられた分、他のことに稽古時間を使えるんですよ・・・なかなか“お得”でしょ(笑)?
――確かに!台本の中のキースの台詞で「アートは受容だ」というセンテンスがあり、そこも衝撃的でした。岸谷さんご自身は批評的なものとどう向き合っていらっしゃいますか?
批評家たちの書いたものとどう向き合うかという点に関しては、僕はキースとは違う立ち位置かもしれません。というのも、彼はアーティストで、基本一人で作品の制作が出来るんです。でも僕は・・・例えば演出家として一つの舞台に関わる場合、100人以上のキャストやスタッフを引っ張って行かなければならない訳で。そんな状況の中、公演期間中に出た批評記事を読んだことで自分がブレてしまったら、現場は終わってしまうんです。
僕は作品を創る時、それまでの自分の人生すべてをその中に“突っ込む”つもりで取り組みます。だから、作品制作や上演の途中でそれがブレることはないですね。
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舞台俳優になろうと決めたきっかけはアノ作品!
――以前岸谷さんにお話を伺った時に、この世界に入る最初のきっかけがミュージカルと聞いて驚きました。日本初演の劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(当時 イエス・キリスト=スーパースター)をご覧になったんですよね。
そう!あれは小学校高学年の時だったかなあ・・・母が中野サンプラザに連れて行ってくれて観劇したんですが、後頭部を思いっきり殴られたような凄い衝撃でした。当時は「ロック・オペラ」という呼び方だったんですよね。アンドリュー・ロイド=ウェバーとティム・ライスの蜜月時代で、彼らが生み出したあの世界観がとにかくまぶしくって。自分が職業として舞台俳優をやろう!と決めた根源は間違いなくあの作品だったと思います。
実は、その少し前に観た『冒険者たち』というミュージカルにも大きな影響を受けていて・・・とは言っても、当時、小学校であった演劇鑑賞教室でのことなんですが。僕、ほとんど舞台を観ないで、体育館の裏で鬼ごっこをして遊んでいたんです(笑)。それで鬼に追い掛けられて体育館に入った時に、舞台上ではノロイが高い場所に登ってそこに光がバーっと当たっているクライマックスのシーンが行われていて・・・何だか凄い勢いでその時のノロイの状況と自分の肉体がリンクしちゃったんです。それでその場で何かに魅入られたようになって動けなくなってしまって・・・ちょっとした衝撃体験ですよ(笑)。演劇の底知れぬエネルギーに初めて触れたのがその時だったんですね。
――地球ゴージャスの作品を拝見しても、ミュージカルLOVERがクスっと笑えるシーンが満載で嬉しくなります。最近、何か印象に残った作品はありますか?
『The Love Bugs』の稽古に入る前にニューヨークに行ったんですが、やっぱり『ハミルトン』がエラいことになっていて。とは言っても、あのチケット争奪戦には勝ち抜けず(笑)、現地では観劇出来なかったのが残念でしたが。その代り・・・と言ってはなんですが、かっきーが劇団四季で主演した『春のめざめ』の手話バージョンが上演されていて、それがとても良かったですね。2015年のトニー賞ノミネーション作品もいろいろ観て来ましたが『ファン・ホーム』も『パリのアメリカ人』もとても興味深かったです。『パリのアメリカ人』は全編バレエ!なんですが、僕はあの突き抜けたモードが好きでした。
――ここでキースを取り巻く二人の男性についても伺わせてください。ツェン・クワン・チー役の平間壮一さんは岸谷さんが演劇の世界に連れていらしたという印象です。
そうそう、壮一は可愛い後輩です(笑)。勿論、ダンサーとしての彼も素晴らしいんですが、その世界だけにいるには勿体ない!エンターテインメントの世界はもっと広いんだよ、こっちで一緒にやってみようよ!・・・という思いで一緒に仕事をしてきました。とにかく真面目で、作品に対する取り組み方も物凄く真っ直ぐです・・・だからこの後もどんどん伸びていく俳優だと思いますよ。
――キースの恋人・カルロス役の松下洸平さんはどんな方でしょう。
洸平はね・・・実はまだちょっと分からないことも多くて。と言うのも、彼は今、違う舞台の本番中で、本格的にこちらの稽古に参加してからもっと話が出来ればと思っています。そういう意味では今回、かっきーも洸平も知念(里奈)ちゃんも一緒にやるのは初めてで、これは本当に貴重な機会!・・・こうして新しい人たちと作品を創れるのはとても嬉しいことですよね。僕は新しい人たちと常に出会いたいという気持ちが強くて、それが21年間地球ゴージャスを続けてきた一つの原動力でもあるんです。
――昨年、岸谷さんが演出なさった『SONG WRITERS』もそうでしたが、『ラディアント・ベイビー』も、普段あまり演劇やミュージカルにご縁がない方にも愛される作品になる予感がします。
そうだったら嬉しいなあ・・・最高ですね!今回はオフ・ブロードウェイで上演されたバージョンとはまた違う日本のオリジナル版になると思いますし、音楽もポップスだったりロックだったりで、キースのあのアート作品と相まってハジけた面もあるミュージカルになると確信しています。キース・ヘリングが31歳で亡くなったということもあって、もしかしたら暗い話なのかな・・・と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、ポップで元気なエンターテインメントをお届けしますので是非劇場にいらして下さい。たくさんのエネルギーと、少し切ない気持ちとを体感していただく時間になると思いますよ。
演劇ユニット「地球ゴージャス」代表の一人として、エンターテインメントの世界に常に新しい風を吹き込む岸谷五朗。数々の映像作品でも活躍する彼のルーツが実はミュージカルにあることをどの位の人が知っているだろうか。
20年以上続けている「Act Against AIDS/アクト・アゲインスト・エイズ」の活動で縁があるキース・ヘリングの31年の生涯を今回は演出家として紡ぐ岸谷。
エネルギーに満ち溢れた混沌の80年代・・・そして時代を駆け抜けたキースやカルロスの姿が彼の手によってどう鮮やかに甦るのか・・・開幕を楽しみに待ちたいと思う。
◆ミュージカル『ラディアント・ベイビー キース・ヘリングの生涯』
6月6日(月)~6月22日(水)
シアタークリエ(東京・日比谷)
6月25日(土)~26日(日)
森ノ宮ピロティホール(大阪)
衣装協力
ジャケット(ベルヴェスト)パンツ(ジーティーアー)シャツ(オリアン)
(取材・文 上村由紀子)