2006年に帝国劇場で初演され、千穐楽には当日券を求めて1200人以上が列をなしたという伝説のミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』。今年2015年11月に新たなキャストを迎えて上演される本作で、アブロンシウス教授を演じる石川禅に作品に賭ける思いをじっくり聞いた。
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――石川さんは2009年の再演からアブロンシウス教授を演じていらっしゃいますが、今回新たな「企み」がありましたら教えて下さい。
おっと(笑)・・・普遍的なテーマを扱っている作品ですので、まずは俳優としての自分の成長をどう見せていくのかということも考えますし、今回は新しいキャストの方たちがたくさん参加されるということで、初演のように新鮮な気持ちで演じられるのではないかと思っています。
アルフレートの二人も全く違うキャラクターですので、アブロンシウス教授として彼らに対峙する僕もそれぞれに異なったリアクションをすることが求められます。二人が投げて来る球をどう返していくのか、いろいろ「企んで」いきたいですね。
――製作発表ではアルフレート役のお一人、平方元基さんとお隣同士で、お二人の仲の良さが伝わってきました。平方さんとはご共演も多いですよね。
直近では『アリス・イン・ワンダーランド』ですね。その前は『レディ・ベス』かな・・・あとは『ロミオ&ジュリエット』・・・『エリザベート』ではフランツとルドルフとして親子役も・・・改めて思い返すと元基とはいろいろやってますねえ(笑)。(良知)真次くんとも『ロミオ&ジュリエット』で共演はしているのですが、彼はマキューシオ役だったので、僕の役(キャピュレット卿)とは全く絡みがなくて。そういう意味でも両極端の二人なので、どういう風になるのかおもしろいと思います。
さっきも若い俳優チームといろいろ話をしていたんですが、その時彼らに伝えたのが「俺も助けるけど、お前たちも助けてくれよ」ということです。相手役を見て、そこに(台詞や感情の)ボールを投げることで、相手役がそれを受け取りこちらに返してくる・・・その繰り返しが“芝居”ですよね。モノローグ(独白)は別ですが、相手役がいる時はその人をしっかり見つめて言葉を伝えていく・・・そういう感覚をしっかり持ちながら台詞を喋ることが僕にはしっくり来ますし、それが楽しいんです。今回もその感覚を大切に共演者と関わっていきたいですね。
――3月の日生劇場『十二夜』でサー・アンドルー役を拝見した時に、そのことをとても強く感じました。
あれは本当に難しかった(笑)!台本を読んで(演出の)ジョン・ケアード氏に「サー・アンドルー役を」と言われた時に「嘘だろー!」って声が出ちゃったくらい(笑)。
――あの舞台で「若い俳優が撒いたキラキラをベテラン俳優がかき集めていく」という石川さんのコメントがとても印象的でした。今回もそういうお立場ではないかと。
確かに・・・ただそうは言いつつ、こっちもちょいちょいキラキラは撒いていきますよ(笑)。必要なところではバンバン光を撒きつつ、若い俳優が出てきたら、ささっとそれをかき集める勢いで(笑)。年齢的にもキャリア的にも、今はそういうバランスでいられる時期だと思うんです。
例えば『ロミオ&ジュリエット』の現場で父親役をやっていた時は、目の前は若い子ばかりでしたが(笑)、『十二夜』ではまだまだ先輩方が輝いていらっしゃるのを目の当たりにできましたし、その胸を借りられて・・・うん、今のこの立ち位置は楽しいですね。
「芸術性」と「大衆性」 “二元の道”を見据えて
――クロロック伯爵役の山口祐一郎さんとは公演中の『貴婦人の訪問』も含め、多くの舞台でご共演なさっていますが、石川さんからご覧になって山口さんはどういう存在でしょう?
こういう表現が正しいのか分からないですが、祐一郎さんってとてつもない歌唱力をお持ちじゃないですか。ルックスも素晴らしくて、二枚目の俳優さんってイメージを持たれている方も大勢いらっしゃると思います。でも僕はずっと祐一郎さんを拝見して来て「こんなにお芝居が好きな人も珍しい」っていつも思うんです。
お稽古の時も本当にいろいろなトライをなさいますし、その方向性がすごく意外だったりして、ご一緒させていただくことが刺激になりますし、楽しいですね。
――そのお二人の関係性や、役としての緊張感がクロロック伯爵とアブロンシウス教授との舞台上のやり取りで活きるのだと思います。
作品の中でそのポイントが最初に活きるのが、教授とアルフレートがクロロック伯爵の城に入って、名刺を差し出す場面(笑)。実はあのシーン、初演の時と再演で演出の山田(和也)さんが提示したアプローチが全く違うんですよ。今回はどうなるのか…注目して下さい。
――山田和也さんの演出作品にも多くご出演なさっていますが、石川さんからご覧になって山田さんはどんな方でしょう?
これは僕個人の考えなのですが、演劇って大きく二つに分けられるんじゃないかと思うんです。一つは「芸術性に富んだ舞台」そしてもう一つは「大衆性がある舞台」。劇作家の宮本研さんが描いた『美しきものの伝説』という作品のなかで、ある登場人物がこのことを「二元の道」と表すんですが、この二つが両立している作品は長きにわたって多くの人の支持を得るんです…例えば『放浪記』がそのひとつですよね。
演出家にもいろいろなタイプの方がいて、己の芸術性の追求が一番という人もいれば、エンターテインメントを意識した作品作りに尽力する方もいる。山田さんは二つの柱のバランスを確実に考えて作品を創っていらっしゃる演出家だと思います。
――『ダンス オブ ヴァンパイア』も回を重ねるにつれ、どんどん熱量が上がっていきました。
「芝居は観客が入って初めて成立する」とも言いますし、初日は一番ドキドキしますよね。それまで稽古場で作って来たものをお客さまがどう受け止めるのか幕が開かないと分からない訳ですから。初日が開いて、客席の反応を見ながら演出家や俳優が少しずついろいろなことをブラッシュアップした結果が劇場全体の熱量の高さの上昇だとしたら、出演者としても非常に嬉しいです。
どんな役も「リアルに、正確に」演じていきたい
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――これまで本当にたくさんのキャラクターを演じられていますが、今後トライしてみたい作品や役がありましたら教えて下さい。
それね、僕にとってはとてもキツい質問なんです(笑)。と言うのも、元々僕は劇団(青年座)出身で、「この役がやりたい!」というより「この役に決まりました」と言われ、壁にガンガンぶつかりながら、いろいろな作品に出演してきた訳です。そういう気質がベースにあるせいか、あまり自分の方から「これをやりたい!」って強くは思わないんですよ。
あ、でもロンドンで観られなかった『War Horse』の来日公演を観て、とてつもない衝撃を受け、いつかこんな風に心の全部をガッシリ掴まれるような作品にも出られたらと思いました。馬をやりたい訳じゃないですけど(笑)。
――石川さんが演じられると悪役も魅力的になる気がします。
悪役もいろいろやらせて頂きましたね(笑)。これまで演じた中で一番“極悪”だったのは『ウーマン・イン・ホワイト』(2007年)のパーシヴァル卿かな。ただ、僕は毎回「正確に演じる」ということを肝に銘じていまして、どんな時でも“真実”を表現したいと思っているんです。悪役だからといってなにかをデフォルメするのではなく、自然に呼吸しリアルに演じる・・・客席で観ていても魅力的な俳優さんは皆さんそうだと思います。
20代の頃、西田敏行さんとお酒の席でご一緒させていただいた時に、その場にいた若い俳優が「西田さんはどんな風に役作りをするんですか?」と聞いたんです。それに対して西田さんは「俺、役作りって言葉、あまり好きじゃないんだよ。役ってさ、作るものじゃなくて自分の中から引き出すものだと思ってるから」とおっしゃったんですね。それを聞いて、確かに“作って”貼りつけたものは次第にポロポロ剥がれてしまうけど、自分の中から”引き出した“ものは決して消えることはないんだなあ、と思いました。
極悪人でも物凄い善人でも、人はいろいろな面を持っている・・・そんな「ヒト科の人間」が、どうしてそういう行動に出るのか、その事情や心情を考えて、自分の中にあるものを必死に引きずり出しながら演じられるよう、毎回役の人物と向き合っています。
――そういう視点で演じていらっしゃるから、どの役も魅力的にうつるのですね。アブロンシウス教授はご自身の中のどの部分とリンクを?
彼はね、これまで演じた中で精神的に一番強い役。あんなに強い人はいないと思います。再演でこの役を演じることが決まった時に演出の山田さんからは「アブロンシウス教授はアルフレートにとってのスーパーマン」という言葉を頂いたくらい。何を言われてもどんなことがあっても絶対にへこたれない教授は僕にとっても“スーパーマン”ですので、演じていて実は一番楽しい役でもあります(笑)。
『レ・ミゼラブル』のジャベールでさえ弱さを持っているし、『貴婦人の訪問』のクラウス校長も心の中に闇を抱えている。でも、アブロンシウス教授はただ目的に向かってまっしぐらに進んで行きます・・・彼を突き動かす原動力は怒りだったり嫉妬だったりもする訳ですが。とにかく教授を演じている時は毎回“攻め”のモードですごく楽しい(笑)。アルフレートが何かをやった時は絶対に拾いますし、必ずツッコみます(笑)。それがこの作品の中で僕が背負う役としての責任でもあるんですよね・・・そしてその責任の重みさえも楽しむんです。
“ミュージカル界随一の技巧者”・・・そんな言葉が誰よりも似合う石川禅。1992年の『ミス・サイゴン』シュルツ大尉役で大作ミュージカルへのデビューを果たして以来、多くの作品でその存在感を見せ付けてきた。
『レ・ミゼラブル』ではアンサンブルでスタートし、その後マリウスとジャベール役を、『エリザベート』では“時を刻む”キャラクター、フランツを演じ、『ウーマン・イン・ホワイト』『レディ・ベス』では味のある敵役と、これまで多くの舞台で観客に全く違う顔を見せてきた石川が、今回最も多く発したのは「楽しむ」「楽しい」というワード。演技者としての充実感と現場で慕われ愛される人柄が強く伝わるインタビューとなった。
4年振りの『ダンス オブ ヴァンパイア』で二人の新しい“相棒”とともにアブロンシウス教授がどんな演技を見せてくれるのか・・・“スーパーマン”のクロロック城での活躍が楽しみでならない。
◇ミュージカル 『ダンス オブ ヴァンパイア』◇
2015年11月3日(火・祝)~11月30日(月) 帝国劇場(東京)
2016年1月2日(土)~1月11日(月) 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
2016年1月15日(金)~1月17日(日) 愛知県芸術劇場 大ホール(名古屋)