昭和を象徴する未解決事件の一つ「グリコ・森永事件」。日本中を震撼させ、犯人が巧みにメディアや警察を挑発し続けたその特異性から「劇場型犯罪」と名付けられたこの事件を題材に、劇作家・野木萌葱が書き下ろした傑作舞台『怪人21面相』が、2025年7月31日(木)より新宿シアターモリエールにて上演される。
開幕を控えた稽古場は、膨大な台詞と格闘する俳優たちの、静かな熱気に満ちていた。本記事では、ひとつの“アジト”へと変貌しつつある稽古場に潜入し、新たな“共犯者”たちが生まれる瞬間をレポートする。

昭和を震撼させた「劇場型犯罪」
本作を理解する上で欠かせないのが、モチーフとなった「グリコ・森永事件」だ。1984年から1985年にかけて、犯人グループは江戸川乱歩の小説の登場人物をもじった「かい人21面相」を名乗り、江崎グリコ社長の誘拐を皮切りに、森永製菓など大手食品メーカーを次々と標的にした。
「どくいり きけん たべたら 死ぬで」――独特の文体で書かれた挑戦状をマスコミに送りつけ、実際に製品への毒物混入を予告し、店頭に毒入り菓子を置くという大胆不敵な手口は、日本社会に大きな衝撃と混乱を与えた。警察やメディアを翻弄する犯人像、防犯カメラに映ったとされる「キツネ目の男」の似顔絵、子供の声を使った取引音声など、断片的な情報がワイドショーを連日賑わせたが、犯人逮捕には至らなかった。
そして2000年に全ての事件で公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件で初めて検挙に至らなかった「完全犯罪」として、今なお多くの謎を残している。
読売演劇大賞受賞の傑作戯曲、再び
この事件を題材に、劇作家・野木萌葱が書き下ろしたのが、舞台『怪人21面相』だ。初演は2006年、野木が主宰する劇団「パラドックス定数」によって上演され、2017年に上演されたウォーキング・スタッフプロデュース版(演出:和田憲明)が第25回読売演劇大賞の優秀作品賞を受賞した。
野木の脚本は、史実のリアリティとフィクションを巧みに織り交ぜながら、犯人とされる4人の男たちによる密室での会話劇として事件の内側を描き出す。なぜ彼らは事件を起こしたのか。その動機や目的、そして4人の関係性とは。膨大な言葉の応酬の中に、人間的な葛藤や、事件が孕む時代性を浮かび上がらせる骨太な戯曲である。
静かな熱気が渦巻く“アジト”にて、新たな“共犯者”たちの格闘
取材をしたのは、稽古が始まって1週間が経つ頃。そこには、すでに“秘め事”の空気が流れていた。机に置かれたバンカーズランプ、針落とすレコード、古びた新聞。小道具の一つひとつから、今日では少し遠くなった昭和の香りが漂い、これから繰り広げられる密室での会話劇へと観る者を誘う。
四人四様、演出卓と適度な距離を取りながら、それぞれ台本と向き合う。少人数の芝居の醍醐味だが、個々に膨大な台詞が任される。俳優たちは、その一言一句を自分のものにすべく、奮闘していた。物静かながらも、芝居にどっぷりと浸かる彼らの目はギラギラと輝き、内に秘めた静かに燃える情熱が伝わってくる。
今回キャスティングされたのは、河合龍之介、章平、定本楓馬、輝馬の4名。時は違えど同じ作品で俳優としての礎を築き、その後、2.5次元作品・グランドミュージカル・ストレートプレイと様々な現場を踏んできた彼らが、小劇場という濃密な空間でがっつりとスクラムを組む。
白砂駿嗣役の河合は「台詞の応酬なので、スピーディな思考が必要で。常にブドウ糖取って頭を回していかないとついてかなくて(笑)」と、この戯曲ならではの知的体力の必要性を語っていた。河合の役は、事件そのもののコンダクターでもある。言葉の裏にある企みが読みきれず、笑顔が怖い。本人も「今まで演じた役の中で一番掴みどころがない」と言っていた。演出の古谷大和からも「決めつけないようにしよう」と、あえて“顔を見えない”芝居を求められているとそうだ。
幸村統夷役の章平も「彼を捕まえようと必死に追いかけている最中です。小劇場での芝居は、役をしっかり落とし込んで、その場で生きるということをしっかり作り上げないとバレバレになってしまうので」と役と格闘している様子を口にした。一方で、どこかその苦労が楽しそうでもあった。
鳥羽山基役の定本は「皆さんと並んだ時に遜色ない存在感出せるかというところが、自分の中では悩みでもあったりします」とカンパニー最年少としての緊張感を漂わせながら、「この戯曲は、本当に見る人によって見え方が違う作品なんだなと感じています」と、舞台の奥深さにしっかりと魅了されているようだ。
そして、蓮見雅尚役を演じる輝馬。「どの作品も役と格闘しない作品はないですから」とプロフェッショナルな姿勢を見せつつ、「この作品には歌やダンスがない分、芝居に集中していける楽しみがあります」と、ストレートプレイならではのおもしろさを噛みしめていた。
俳優だからこその演出術、古谷大和が描く犯人像
演出を担う古谷は、本格的なストレートプレイの演出は今回は初挑戦となるが、その稽古場の雰囲気は非常にフラットだ。いつもは同じ板の上に立つプレイヤー同士という関係性が、演出家と俳優という立場に変わっても、風通しの良いクリエーションの場を生み出している。
別作品では共演者でもある河合は「常に余白を残したまま演出してくれるので、ある意味試されているなとも思います」と笑う。同じく共演経験を持つ章平も「常に緻密に考えていらっしゃる俳優さん。だから演出という立場になってもしっかりとノート(ヒントや方向性)を出してくれるので、僕はとても信頼しています」と信頼を寄せた。
いつもは共に板の上に立つ俳優だからこそ、その心理を理解し、感性のコラボレーションを促す。古谷の手腕によって、昭和の劇場型犯罪を企てた男たち、一人ひとりの輪郭がリアリティをもって立ち上がってくる。
新宿の喧騒を抜け、“アジト”の扉を開ける
上演劇場となる新宿シアターモリエールは、新宿の喧騒の中にありながら、どこか隠れ家のような佇まいを見せる。歴史を感じさせる建物の階段を一つひとつ上がっていく行為は、まるで現代から昭和へと時間を遡り、世間の目から逃れた犯人たちの“アジト”へと近づいていくかのようだ。
扉を開けた先には、濃密な心理戦が繰り広げられる閉ざされた空間が待っている。「自分が経験していなかったことを経験する、そんな時間をお客様と一緒に感じたいです」(章平)、「僕自身も、ここまでの少人数芝居は初めてなのですが、小さい空間だからこそ伝わる臨場感を味わってもらえるように、誠心誠意がんばりたいと思います」(定本)、「しっかり世界観を作って、皆さんがどっぷり入り込めるようにしていきます」(輝馬)と、それぞれ意気込む。
そして、「エンタメ色の強い舞台が多い中で、すごく尖ったドストレートな演劇をやっております。ぜひ心して!いらしてください」という河合。その言葉の意味を、客席でじっくり味わいたい。チケットを手にした瞬間から、私もあなたも“共犯者”の一人なのかもしれない。
舞台『怪人21面相』は、7月31日(木)から8月10日(日)まで東京・新宿シアターモリエールにて上演される。
舞台『怪人 21 面相』公演情報
公演情報 | |
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タイトル | 舞台『怪人 21 面相』 |
公演期間・会場 | 2025年7月31日(木)~8月10日(日) 新宿シアターモリエール |
スタッフ | 【脚本】野木萌葱 【演出】古谷大和 |
キャスト | 白砂駿嗣役:河合龍之介 幸村統夷役:章平 鳥羽山基役:定本楓馬 蓮見雅尚役:輝馬 |
チケット情報 | 【チケット一般発売日】2025年7月5日(土)10:00 【チケット料金】通常席:7,800円(全席指定/税込) |
公式サイト | https://21mensou-stage.com |
公式SNS | @butai_K_21 |
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