2017年4月9日(日)に東京・東京芸術劇場 プレイハウスにて幕を開けた内野聖陽主演の『ハムレット』は、まったく新しいハムレットだった。ジョン・ケアード演出の最新版解釈となる本作。ジョン・ケアードといえば、世界的大ヒットミュージカル『レ・ミゼラブル』オリジナル版の演出でその名を轟かせたほか、日本でもいくつもの演出を手掛けている。
(以下、配役や舞台美術などに触れています)
ハムレットを演じるのは、これまで『レ・ミゼラブル』『ベガーズオペラ』『私生活』などでジョン・ケアードとタッグを組んできた内野聖陽。今年48歳となる内野は、これまでのハムレット像ではあまりない、大人の男を演じた。そもそもハムレットの年齢については、10代なのか30代なのかという議論は長年尽きない(ただ、シェイクスピアの台詞ミスだという意見もあるほど・・・)。
ハムレットは劇中、気が狂ったふりをして、もしくは本当に気が狂って、父を殺した叔父を追い詰めていくが、内野演じたハムレットはまったく気が狂っているようには見えない。愛するオフィーリア(貫地谷しほり)を「尼寺へ行け!」と拒絶する有名なシーンは、絞りだすような声で、心からオフィーリアを思いやり、危険から遠ざけたいように感じた。また、気が狂った演技のさなかにもオフィーリアに甘える様子などは、オフィーリアを危険のない地へ遠ざけようとしながらも、傍を離れたくない胸に秘めた思いを想像してしまう。
『ハムレット』は独白が多く、その苦悩を観客がダイレクトに感じる。舞台美術がシンプルなので、役者かもすその感情がより強く感じられる。舞台上にあるのは役者の体だけだが、その体を美しく暗い照明と尺八の音色が彩り、不穏さを増していく。尺八を演奏するのは、和楽器の貴公子とも言われる藤原道山だ。
ハムレットの父であり、亡きデンマーク王を演じる國村隼も、ハムレットをたぶらかす幻や悪魔などではなく、切実に息子を思う父の姿だった。『ハムレット』では母親のガートルード(浅野ゆう子)や、オフィーリアなど、ともすれば女性も口うるさくなりがちだが、二人にはただハムレットを思いやる慈愛があった。ハムレットをはじめ、誰もが誠実に目の前の問題に向き合おうとしているようで、個人的な苦悩だけでなく、人間関係の深さをも感じさせる、まさに大人の『ハムレット』だった。
だからこそ、中盤、愛するハムレットが自分の父を殺したことへの絶望のなかで死んでしまうオフィーリア役の貫地谷が、後半、ハムレットの死の原因となるレアティーズとの賭け試合をけしかけるオズリックを演じたことが胸をざわつかせる。他にも、内野はハムレットと、その後新たなデンマーク王となるフォーティンブラスの二役を、國村は先王と、その王を毒殺したとクローディアスの二役を兼ねる。また、村井國夫は、王の死の入り口をつくる墓掘と旅回りの役者を演じている。それぞれ舞台上で衣装を着替えるため、同じ人物が演じることを強く印象付けた。20から30の役を14人で演じることは今作の大きな見どころであるが、観ている方は「この役をやっていた人が今度はこの役を・・・?!」と意味を感じてしまう。
しかし、北村有起哉だけは、ハムレットの親友ホレイショーのみを演じる。幕開け、静まり返った舞台にゆっくりとホレイショーが登場し、沈黙の後、物語がはじまる。ホレイショーだけは、すべての真実を知り、後世に伝える語り部となる。さらに役者たちは、出番以外ほぼ舞台上の上手側に着席。中央の台の上に乗った者だけが役を演じる。観客もステージ上にいることで、中央の台だけが『ハムレット』の世界だというふうにも強調されて見える。そのため私たちは、ホレイショーが語る『ハムレット』というエピソードを聞かされており、それを数人の役者が立ち代わり演じてくれているのかもしれないという気がしてくる。
意味ありげな一人二役以上を演じることも相まって、繰り返される歴史のうちのある一幕をのぞいているようで、前後に広がる大きな時間の流れを感じる。さらに衣装が和洋折衷のデザインで、アジアも西洋も越え、どこか懐かしさを覚える異世界を生み出す。人間を丁寧に描きながらも、スケールの大きな『ハムレット』だった。
シェイクスピアの作品は、すでにそのあらすじを知っている人は多い。だからこそ、新たな解釈が提示されると、自分の感覚や考えが洗い流され、目の前に新しい光が差したように感じる。その知的な興奮を感じられる舞台だった。ぜひ体感し、ほかの『ハムレット』と見比べてほしい。
ジョン・ケアード演出『ハムレット』は、4月28日(金)まで東京・東京芸術劇場 プレイハウスにて上演。その後、兵庫、高知、福岡、長野(2箇所)、愛知を巡演する。日程は以下のとおり。
【東京公演】4月9日(日)~4月28日(金) 東京芸術劇場 プレイハウス
※4月7日(金)・4月8日(土)はプレビュー公演
【兵庫公演】5月3日(水・祝)~5月7日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
【高知公演】5月10日(水) 高知市文化プラザかるぽーと大ホール
【福岡公演】5月13日(土)・5月14日(日) 北九州芸術劇場 大ホール
【長野・松本公演】5月17日(水) まつもと市民芸術会館主ホール
【長野・上田公演】5月21日(日) 上田市交流文化芸術センター 大ホール
【愛知公演】5月24日(水)~5月26日(金) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
(取材・文・撮影/河野桃子)