なぜ井上芳雄は“プリンス”であり続けるのか

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今や舞台の現場は“戦国時代”だ。長らく映像に比べて地味で暗い、小難しいと思われてきた演劇の世界に、ある時期から一気に台頭してきた20代中盤から30代の男性俳優たち。見た目の華も実力もトーク力も兼ね備えた彼らは、日々劇場でその光を放ち合っている。

そんな中、主にミュージカルの世界で頭一つ抜きんでた存在の俳優がいる・・・井上芳雄である。2000年にミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビューした井上は、常に“ミュージカル界のプリンス”としてその世界に君臨してきた。今回はなぜ井上芳雄が“プリンス”であり続けるのか、その理由を考えてみたい。

なぜ井上芳雄は“プリンス”であり続けるのか

【写真提供:東宝演劇部】

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取材側から見た“井上芳雄”

2015年・・・昨年の井上芳雄のスケジュールは凄まじかった。自身のファイナルとなる『モーツァルト!』ヴォルフガング役(大阪公演)、新作『SHOW-ism Ⅷ 【ユイット】』に続き、自ら書き下ろしを依頼した劇作家・蓬莱竜太作によるストレートプレイ『正しい教室』、ルドルフ役からトート役となって帰還した『エリザベート』、ソンドハイムの難解な旋律を歌い切った『パッション』、井上ひさし氏らが手掛けた人形劇を串田和美が再構築した『漂流劇「ひょっこりひょうたん島」』・・・これらの舞台出演に加え、メイン、ゲストの両方で参加した各コンサートやドラマ出演、トニー賞の生中継番組でのスペシャル・サポーター役など、本人も「今までの中で一番忙しい」と語る一年であった。

昨年、何度か彼にインタビューさせて貰ったのだが、ハードスケジュールの中、井上はいつも颯爽と現場に現れ、「体力的には大変ですよ」と笑顔で語りながらも、少しも手を抜いたりいい加減になったりすることなく、毎回真摯に取材に対応してくれた。

これは私が認識している限りの話だが、井上芳雄ほど多くの取材者に信頼され、愛されているプレイヤーは珍しい。こちらがどんな質問を投げかけても、その機転の速さを武器に、時にユーモアを交え、時にかなり踏み込んだ内容の答えを返してくれる彼の姿勢に、取材者たちは皆すぐに心を掴まれるのだ。

昨年の『パッション』関連インタビューで、ターニングポイントについて話を聞いた際、井上自身の口から「演技をするのがつらい時期があった」「演技の下地がないことがずっとコンプレックスだった」という言葉が出た。それはとてもストレートに響いたのだが、正直、それらの発言を記事として出していいのかという迷いもあった。なぜなら、いわゆる“二の線”で表に出ている俳優の中には、過去のこととはいえ、ネガティブだったりマイナスな印象を与えかねない発言が文字として外に出ることに、関係者含め、ナーバスになる場合も多いからだ。

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結果、彼が真っ直ぐな目で語ってくれた言葉のほとんどはそのままの状態で表に出すことができ、私はそこに彼とその周辺の人々の“気概”を感じた。最近ではバラエティ番組にミュージカル俳優の代表として出演する機会も多い井上だが、番組内での発言も、耳触りの良い綺麗な言葉だけでなく、ある種の自虐モードだったり、かなり突っ込んだところに踏み込んで語ったりとバリエーションに富んでいる。とても頭の回転が速い人なので、ああいう場ではどういうトークを展開すればミュージカルに興味のない層をも惹きつけられるか、良く考えた上でのチョイスなのだろう。

未来を見つめた二つの“野望”

“ミュージカル界のプリンス”という言葉からイメージするのは、大劇場の中心に立ち、光の中にいるスターの姿だ。だが、井上芳雄の輝きはそれだけではない。ミュージカルの舞台やコンサート会場では誰もが憧れる完璧なプリンスとして存在し、ストレートプレイでは“市井に生きる普通の人間”を演じ切る。さらにインタビューでは一人の俳優として自らの弱さや迷いも真っ直ぐ語って、バラエティ番組では立ち位置を意識しながらしっかり笑いを取り、ミュージカルというエンターテインメントを多くの人にポジティブに伝えていく。これだけ振り幅の大きいプレイヤーはやはり稀有な存在だ。

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そんな井上芳雄が時に語る大きな“野望”が「日本独自の“トニー賞”を作る」「演劇界とミュージカル界の間にある“壁”を壊していく」・・・この2点なのだが、初めて彼の口から二つを聞いた時に比べ、少しずつではあるがその波は起きているように思う。きっと井上は5年後、10年後の自らと日本のエンターテインメント業界の姿をきっちり見据え、この発言をしているのだろう。

余談かもしれないが、最後に私が体感した井上芳雄の“プリンスエピソード”を書きたいと思う。ある舞台のゲネプロ(最終舞台稽古)に某劇場へ出向いた時のこと。幕間にホワイエで同じくゲネプロ見学に来ていた彼とすれ違った。もちろんこちらはすれ違った相手が誰であるかを認識し「お疲れさまです」ととっさに挨拶したのだが、井上は顔の半分をマスクで覆った怪しい(?)人物に、わざわざ歩を止めきちんと向き合って「お疲れさまです」と返してくれたのだ。その時「ああ、この人は上っ面でプリンスを演じているのではなく、芯の部分からそういう風に生きているのだな」と改めて感じた。

なぜ井上芳雄は“プリンス”であり続けるのか_2

【写真提供:東宝演劇部】

“プリンス”というのは誰にでも許される呼称ではない。圧倒的な実力と華を兼ね備え、スタッフや関係者の人望を集めながら、ある使命を胸にその立場に君臨する・・・これが出来るプレイヤーだけがその称号で人々から呼ばれるのだと私は思う。

今日も井上芳雄は次の舞台に向かってどこかで懸命にもがいている。その苦悩が舞台上の光輝くオーラに転化する姿を見て、私たちはこれからも彼を“プリンス”と呼び続けるのだ。

☆放送情報
◆『生中継!第70回トニー賞授賞式』WOWOWプライム
6月13日(月)午前8:00[生][二][同時通訳]
6月18日(土)夜7:00(字幕版)

◆帝劇ミュージカル「モーツァルト!」
井上芳雄 Ver. 7月23日(土)夜7:00 WOWOWライブ
山崎育三郎 Ver. 8月放送予定

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