ミュージカル『パッション』井上芳雄にインタビュー!「演技をすることがつらい時期もありました」

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1994年にブロードウェイで初演され、トニー賞4部門に輝いたミュージカル『パッション』。19世紀のミラノを舞台に、騎兵隊の兵士・ジョルジオと二人の女性の愛の姿を描いたソンドハイムの傑作だ。2015年10月16日(金)に東京・新国立劇場で開幕する本作にジョルジオ役として出演する井上芳雄に話を聞いた。インタビュー後半ではある時期まで抱えていた思いと、ターニングポイントとなった作品にも言及。乞うご期待!

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――先ほどの製作発表では「今年のテーマはセクシー」とおっしゃっていましたね。

言っちゃいました(笑)『パッション』は“愛”の物語でもありますし。今回演じるジョルジオという役は、自分にとって新しい挑戦になると思います。二人の女性に挟まれて揺れ動く・・・みたいな設定も珍しいんじゃないかと。

――『パッション』オープニングのシーンにはドキドキしました。

あの場面がどう表現されるかはまだ決まっていないのですが、ミュージカルではあまりない幕開けかもしれないですね。トニー賞の授賞式で『パッション』の映像を観たときは、フォスカの印象がものすごく強くて。出演が決まり改めて台本を読んだ時に、この物語の中で一番大きく変わるのはジョルジオなんだと感じました。

――演出の宮田慶子さんとは『負傷者16人』やパルコ劇場の『Triangle』シリーズでも組まれていますね。

宮田さんはお芝居・・・ドラマの部分をしっかり作っていく方ですので、それが海外物のミュージカルではどういう形になるのか・・・僕自身も楽しみです。昨日から本読みに入ったのですが、ナンバーも日本独自のものになる可能性もありそうですね。

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――ジョルジオはこの前に出演された『エリザベート』のトートとは全く違うアプローチになるのではないかと。

確かに、真逆と言ってもいいかもしれないですね。
『エリザベート』は沢山の方に愛していただけた作品で、『パッション』ももちろんそうなれば良いと思いつつ、なかなかエッジのきいた作品なので、万人受けは難しいかもしれません。ただ“愛”という普遍的なテーマを持ったミュージカルですので、楽しんでいただけるのではないかと。
短期間で全くテイストの違うミュージカルに出演させていただけるのは幸せなことですよね。

――『正しい教室』でも井上さんの新しい一面を拝見しました。

作・演出の蓬莱(竜太)さんが『エリザベート』を観に来て下さって「あんな役をやらせてごめん」って仰ってました(笑)。『正しい教室』の菊池役では、どれだけ自然にあの場にいて、リアルな演技が出来るかということをずっと考えてやっていたので、そこから『エリザベート』の世界に入った時は、その違いにやはり戸惑いました。で、またすぐに『パッション』の世界観に浸かって・・・今年は俳優としてどれだけ大きい「振り幅」を持てるのか、試された一年なのかもしれないです・・・そしてこんなに働いた年もないんじゃないかって(笑)。

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新国立劇場は「ホーム」のような場所

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――8月のWOWOW『僕らのミュージカル・ソング コンサート』では、構成や選曲にも関わられました。

最近良く言ってるんですけど、自分は今がピークじゃないかと(笑)。いくら「やりたい」と言っていてもなかなか実現しない時もあれば、がーっといろいろなことが押し寄せてくる時もあり・・・タイミングですよね。チャンスが来て、それが自分にとって必要なこと、やりたいことであるなら、多少無理をしてでも挑戦したいと思ってます。

『僕らのミュージカルコンサート』では企画段階から会議に参加させていただいて、こんな方をゲストにお呼びしたいとか、こんな曲を歌いたいとかいろいろ希望もお伝えしました。ミュージカル界以外では天童よしみさんにも出ていただきましたし。こういうコンサートをやることで、劇場に足をお運び下さる方が少しずつでも増えたらいいな、と思いますし、そういう視点は常に大切にしていきたいです。

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――個人的には藤岡(正明)さんと歌われた「For Good」(ウィキッド)がツボでした。今はソンドハイムの世界と向き合っていらっしゃいますが、やはり難しいですか?

「For Good」は特に反響が大きかったですね。なんで男二人で・・・っていうのも含めてですが(笑)。ソンドハイムの作品に出演するのは初めてですし、これまで僕が多くやらせていただいたウィーン物とはやはり違って・・・ある種の現代音楽の様な難しさはあります。でもどんな音楽でも体の中に入ってしまえば一緒だと僕は思っていますので、体に入った音に感情をどう乗せていけるか・・・そこからが勝負です。

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――和音さん、シルビアさんとは『ルドルフ ザ・ラストキス』や『三銃士』『エリザベート』でご共演なさっていますが、今回は全く違う関係性での絡みですね。

確かにいろいろ共演してますね。知っているからこその安心感と、その安心感に甘えちゃいけないという気持ち、そして少しの気恥ずかしさ(笑)・・・きっと三人ともそんな思いで稽古場にいるんじゃないかと。お二人とも本当に素敵な女優さんで信頼しているので、今回も思い切ってやれると思います。

――井上さんは学生時代に新国立劇場でアルバイトをなさっていたとか。

藝大在学中に、劇場内でアルバイトをさせてもらっていました。お客様のチケットを一目見ただけで、どの扉から入ってどの辺りの座席なのかを一瞬で見極めてアテンドするので、なかなか大変なんです。劇場内の客席のことは全て覚えましたよ・・・楽しかったな。こういう仕事向いているから、ここに就職させて貰おうかな、なんてアルバイト中にふと思ったり(笑)。

――当時のスタッフの方のお話だと、井上さんに一番目立つ場所に立って貰っていたそうです。もしかしたら、デビュー前のプリンスにチケットをもぎって貰った方もいらっしゃるかもしれないですね。

アルバイトをしていたのは15年以上前になりますが、そういう方が今、僕の出ている舞台を新国立の客席でご覧になっていると思ったら何だか面白いですね。当時、新国立劇場の舞台に出ていた俳優さんには「皆さんでどうぞ」と、劇場スタッフにも差し入れを下さる方がいらして、僕、とても素敵だなと思っていたんです。それで、いつか自分が俳優としてこの舞台に立てるようになったら、劇場スタッフの方に差し入れをしたいとずっと考えていて。『負傷者16人』の時にそれが実現出来たのはうれしかったですね。

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ミュージカルとストレートプレイ、二つの世界を繋ぐ

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――井上さんの活躍を拝見していると、ミュージカルの世界とストレートプレイの世界を繋ぐという思いが伝わってきます。

実は僕、「演技をする」ということにずっと苦手意識があったんです。元々ミュージカルの世界に憧れていて、大学でも声楽を専攻していたんですが、学生時代にデビューしたままこの世界に入ってしまったので、演技に関しての下地がないということがコンプレックスでした。ただ、ミュージカルをやり続けるのなら、絶対に演技の基礎は必要だという思いもずっとあって。それでどうしたらいいのか考えて、ストレートプレイの現場でしっかり勉強しようと思ったんです。ある意味必要に迫られて台詞劇にも挑戦し始めたんですよ。正直、歌が封印されたストレートプレイの現場では苦しいことも多々ありました。最初は何もできませんでしたし。

そんな必死さではじめたストレートプレイですが、次第にそちらの方でも声を掛けていただく機会が増えて、ありがたいなと思います。最初から二つの世界を繋ぐ・・・なんてつもりはなく、必要に迫られて両方の舞台に立っている内に、いろんなことが動き始めたというところでしょうか。

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――やはり、二つの世界は違いましたか。

違いますね。ミュージカル中心の俳優は台詞だけで表現するストレートプレイを「怖い」と言うし、逆もまたしかりです。同じ“演劇界”の話なのに、やっぱりどこか壁があるんですよね。そういう細分化された世界なのかもしれないけど、僕はそれが必ずしも良いとは思っていないんです。

ただでさえそんなに広くない“演劇界”という枠の中で壁を作るのではなく、ミュージカルの俳優が蜷川(幸雄)さんの作品に出たり、こまつ座にも出させて貰う・・・そういう俳優としての積み重ねが二つの世界を繋ぐ橋になっているとしたらそれはうれしいことです。StarSで一緒にやっている浦井健治君もガンガン芝居を頑張ってますし、山崎育三郎君も映像に挑戦してます。僕は自分のためにやっていることですが、それが結果的に何らかの波を起こしているとしたら、改めてやりがいも感じますね。

――今のお話を聞いて、こまつ座の『組曲虐殺』(2010年初演)を思い出しました。あの作品は芝居の部分と音楽の部分がものすごくしっかり融合していたな、と。

ありがとうございます。思い入れも強い作品ですので、そう言っていただけると嬉しいです。何事も続けるって大切ですよね。僕、多分いろんなことをやりたいタイプなんだと思うんです。

新しいことにチャレンジするのは怖いんですけど・・・やっぱり精神的に「M」なのかなあ(笑)・・・どこか自分に負荷をかけて常に走っていないと不安なんですよ。

『組曲虐殺』との出会いで自分の中の何かが変わった

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――ご自身にとってターニングポイントとなった舞台って何でしょう?

今、話が出たからという訳ではなくて、やっぱり『組曲虐殺』です。僕はずっと「芝居は向いていない、できない」というコンプレックスを抱えて舞台に立っていました。本当は台詞を喋るのが怖かったし、出来れば台詞はなるべく少ない方がいいとずっと思いながら、必要に迫られて演技を続けていたんです。歌に関して言えば、自分には持って生まれた何かがあると信じられたし、そこに関しての自負もありました。ただ演技に関しては全くそう思えず、舞台に立って芝居をする事が苦しい時期もありました。

気持ちの中にそういう・・・少し重いものがあった時に出会ったのが『組曲虐殺』でした。この作品で(小林)多喜二を演じた時に「こんな小さな後ろ向きの自分で立ち向かえる役じゃない」って何かが吹っ切れたんです。それだけ小林多喜二という人の人生は壮絶だったんですね。結果的に『組曲虐殺』は井上ひさし先生の最後の作品にもなってしまいましたし。

この作品や役に向き合っていた時、芝居が上手い、下手で悩んでいた自分の次元の低さを思い知らされるような気がして・・・そんな事じゃないだろうと、ある意味開き直れました。台詞に「体全体でぶつかれ」って一節があるんですが、本当にそうだな・・・と思って、多喜二という役に全身でぶつかっていったら、それまでと違う次元の景色が見えて。その時に「もしかしたら、自分が思っているより芝居って楽しいんじゃないか」とも感じられて、いろんなことがふっと軽くなったんです。あの時から、演技をする事に対しての過剰な怖さみたいなものがなくなった気がします。

――井上さんのヴォルフガング(『モーツァルト!』)をずっと観て来て「天才でないことを自覚している青年」として演じているんだと感じていました。今のお話を伺って、それがどうしてなのか・・・深い場所に落ちました。

なかなか自らの足りない所を自分で認めるって難しいことですよね。『組曲虐殺』に出演した時、口に出して「自分は芝居が下手だ」って人に対して言えるようになったのも僕にとっては大きな変化でした。芝居をする、ということに関しては、この作品との出会いがとても大きかったと思います。

――『パッション』ではフォスカとクララ、二人の女性に翻弄されるジョルジオ役を演じられますが、井上さんご自身は女性のどの部分をご覧になりますか?

難しいですね(笑)・・・でも、僕は「その人の本当の姿」を見たいと思います。男性に比べて女性は複雑で、表面にまとっているものの奥や裏にその人がどんな本質を抱えているのか・・・そこが一番気になりますね。

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2000年に『エリザベート』のルドルフ皇太子役で颯爽と演劇界に現れた井上芳雄。その後も数多くの舞台で主演を務め、多くの観客を魅了してきた「ミュージカル界のプリンス」が、実は演技をする事に対して、ある時期までコンプレックスを抱いていたという話に、彼の俳優としての覚悟を見せつけられた気がした。

主演として舞台の芯に立っていても、その立場に安住せず、常にその先を見据えて努力を重ねる・・・15年間、井上がプリンスと呼ばれながら、見えない場所で必死に戦ってきた姿の一部が今回のインタビューで浮かび上がったのではないだろうか。

『パッション』で彼が演じるジョルジオは、美しい恋人・クララと、病弱な女性・フォスカの間で揺れる青年将校。自身も「これまでにない役」と語る本作で、どんな新境地を魅せるのか・・・その答えを客席で見据えたいと思う。

ミュージカル『パッション』は、2015年10月16日(金)~11月8日(日)、新国立劇場 中劇場にて上演。

撮影:高橋将志

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