まさか『ビリー・エリオット・ザ・ミュージカル』が日本で観られるとは思ってもみなかった。舞台は生で観るのが一番だ。しかし、海外の舞台ともなればそう簡単に観られるものではない。しかも日本公演がほぼ不可能とされてきた『ビリー・エリオット』となればなおさらだ。2005年3月に公演が始まって以来、10年にわたり人気を誇ってきた本作。小さな少年が、大きな希望を観客に届ける、その魅力をご紹介したい。
エルトン・ジョンが惚れ込んだストーリー!
2000年、『リトル・ダンサー』が、初めてカンヌ国際映画祭でプレミア上映された時(日本公開は2001年)、エルトン・ジョンは感動のあまり、その後のパーティーで監督のスティーブン・ダルドリーと脚本のリー・ホールにミュージカル化を提案したという。
ストライキに揺れるイギリス北部の炭坑の町を舞台に、バレエダンサーを目指す少年ビリー・エリオットを描いた本作。無骨な男たちに囲まれ、“バレエは女がやるもの”という偏見の中で、それでも自分の情熱にまっすぐ突き進むビリーの姿が共感を呼び、世界的にヒットを飛ばした。
ミュージカルでは、映画よりもさらにビリーが育った時代背景を色濃く出している。舞台となる1984〜85年はサッチャー政権の下、炭坑労働者によるストライキが激化した時代だ。時代の流れの中で、自分たちの居場所が失われていく刹那と、誇りをかけて最後まで戦い抜く誇りがこのミュージカルには描き込まれている。
第1幕は、「The Stars Look Down」というナンバーにのせ、1984年ストライキ開始前夜から始まる。逆境に置かれても力を合わせて戦い抜く炭坑夫たちの意地とプライド、決意を歌った歌だ。戦っているのはビリーだけではない。大人たちも社会と戦っているのだ。そして第2幕は、それから半年後、「Merry Christmas Maggie Thatcher」とサッチャーを皮肉るユーモアたっぷりのクリスマスソングで始まる。最後の強がりと言わんばかりの軽快なナンバーだ。元々、勝ち目のない戦い。自分たちが過去になっていく。そんな暗い背景が漂う。“炭坑夫の息子は炭坑夫”という労働者階級の生き方も変わっていくのだろう。軽快なクリスマスソングから一転、時代の流れを痛いほど感じながらビリーの父親が歌う「Deep Into The Ground」は悲哀たっぷり。一人の男の人生を歌う父の男らしい声に、ビリーの無垢で澄んだ声が重なる時、親から子へ、父親から息子へ悲しいくらいの愛が伝わってくる。
このミュージカルが10年ものロングラン・ヒットを続ける背景には、こうした大人たちの戦いがしっかり盛り込まれていることがある。夢に向かってひた走る少年の青春物語であると同時に、暗い時代を生きてきた親世代の願いの物語でもあるのだ。
ビリー・エリオットという奇跡の役!
ミュージカル化にあたり、楽曲はエルトン・ジョン、演出はダルドリー(元々、舞台演出家出身で、『リトル・ダンサー』は初監督作品)、そして作詞・脚本はホールが担当。そして5年がかりでミュージカル化を実現した。最強のスタッフがそろいながら、ここまで時間がかかったのは、それだけ主人公ビリー選びが大変だったからだ。
何しろビリーはほぼ全シーンに出演している。熟練した大人のミュージカル俳優でさえ、2時間半近い舞台を演じ続けるのは大変だ。
ビリーは、体力、気力、度胸、情熱だけでなく、歌とダンスに秀でて、いるだけで才能を感じさせるカリスマ性がなければ演じきることができない。さらにイギリス北東部の訛りが話せて、身長は150センチくらい、声変わりしていない9〜13歳までの少年…。しかも育ち盛りの少年はいつ声変わりしてもおかしくないし、背も急に伸びるかもしれない。熾烈なオーディションを勝ち抜いても、演じられるのは運がよくてわずか1〜2年。それだけでもとんでもない役であることがわかる。ビリー役に選ばれた少年たちは、この奇跡のような舞台を力いっぱい演じる。
誰でもビリーになれるわけではない。そしていつまでもビリーでいられるわけではない。まさにビリーを演じるというのは、少年たちにとって人生における特別な時間なのだ。そのエネルギーがこの『ビリー・エリオット』のミュージカルのエネルギーの源になっている。
今回、ビリーを演じるのは、10歳という歴代最年少でこの大役を射止めたエリオット・ハンナ(現在11歳)。実は、今年の1月にロンドンで彼が出演する『ビリー・エリオット』を観劇したが、そのカリスマ性に圧倒された。とにかく舞台に現れた瞬間に「あ、ビリーだ!」と目が釘付けになり、その澄んだ歌声にノックアウト。さらにビリーが怒りを爆発させる怒りのダンスでは、この小さな体にどれだけのエネルギーが宿っているのだと、ただただ震えた。その彼の演技が、ミュージカルライブでじっくり堪能できるというのは、かなり贅沢なこと。ライブ観賞後、またロンドンへ行って彼の演技を生で観たくなった。
さらに今回のミュージカルライブで感動的なのは、初代ビリー役を演じたリアム・ムーアが、大人になったビリー役で特別出演していることだ。リアムは現在トップバレエダンサーとして活躍中。まさしく夢を叶えたリアル・ビリーだ。現ビリー役のエリオット・ハンナと初代ビリー役のリアムが踊る「白鳥の湖」は美しさを通り越して、“夢”に対する圧倒的な説得力を放つ。ああ、これぞ舞台の力!
ちなみに「リトル・ダンサー[ブルーレイ]」の特典映像「映画からミュージカルへ」に当時、厳しいオーディションを勝ち抜き初代ビリー役を射止めたリアムの様子が収録されているのでオススメ。ミュージカルライブをすでにご覧になった方は、あわせてこちらもチェックしてみると、さらにビリー役のすごさを実感できるのではないだろうか。
主人公が13歳以下の少年であることや子どもたちが多く出演しているなど、上演条件のハードルが高く日本公演はほぼ不可能と言われているミュージカル。限られた期間だけの特別上映だが、もし、どうしようか迷っている方がいれば、映画館に足を運んでほしい。音響のいい映画館で、しかも字幕付きで本場のミュージカルが堪能できるこんな貴重な機会はめったにない。しかもクリスマスシーズン。今年のクリスマスソングは、「Merry Christmas Maggie Thatcher」になりそうだ。
『ビリー・エリオット ミュージカルライブ/リトル・ダンサー』
TOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショー。
(C) 2014 UNIVERSAL CITY STUDIOS LLC.ALL RIGHTS RESERVED.BILLY ELLIOT THE MUSICAL IS BASED ON THE UNIVERSAL PICTURES/ STUDIO CANAL FILM