日本の演劇界に新たな“伝説”が生まれた――。
7月25日(火)、TBS赤坂ACTシアターにて初日を迎えた『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』。2005年にウエストエンドのヴィクトリア・パレス劇場で初演されて以来、各国で大きな感動を生んできたミュージカルが、いよいよ日本でも開幕したのだ。
(ビリー役:未来和樹 マイケル役:持田唯颯 撮影:阿部高之)
本作の下敷きとなっているのは2000年に公開された映画『リトル・ダンサー』。1984年、炭鉱国有化の波に揺れるイギリス北部の街で、炭鉱夫の父と兄を持つ少年、ビリー・エリオットが偶然バレエと出会ったことで自らの居場所を見つけ、大人たちとの軋轢の中、夢に向かって懸命に生きようとする姿が描かれている。
今回は、私が観劇した公演の模様とともに、本作『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が日本の演劇界にもたらした“伝説”について書いていきたいと思う。なお、本文には内容に関する記述も多く含まれるので、まっさらな状態で舞台をご覧になりたい方は、観劇後にお読みいただければ幸いである。
1年以上のオーディションを経て誕生したビリーたち
(ビリー役:未来和樹 マイケル役:持田唯颯 撮影:阿部高之)
「あの『ビリー・エリオット』が日本でも上演されるらしい」その一報を聞いた時、「すごい!でも本当にやれるの?」と思った人も多いだろう。それだけ『ビリー・エリオット』は過酷な作品だ。中でも1番の壁はビリーを演じる子役のクオリティ。これまでも『アニー』『ライオンキング』『サウンド・オブ・ミュージック』『オリバー』など、子役が主役、もしくは重要な役割を担うミュージカル作品は複数あったが、『ビリー・エリオット』の子役にかかる責任の重さは異例と言って良い。なにしろビリーは、バレエ、タップダンス、アクロバット、それに歌と演技というすべての条件をクリアし、長期公演に耐えうる体力と精神的タフさがないと演じられない役なのだ。
【動画】ミュージカル『ビリー・エリオット』パフォーマンス披露
日本初演の今回、応募総数1346名の中から10名のビリー役候補者がまず選ばれ、そこからオーディション形式のレッスンをスタート。途中で7名に絞られた候補者たちの中から、4人のビリー役、加藤航世、木村咲哉、前田晴翔、未来和樹が決定。ここまで最初の審査から約1年・・・・・・とんでもない話である。
(ビリー役:未来和樹 マイケル役:持田唯颯 撮影:阿部高之)
そして4人のビリー役が決定してから約7か月後に迎えたプレビュー公演。この日、私はひとりのビリー誕生の瞬間を目撃する・・・・・・その少年の名は未来和樹。ビリー役の中では15歳と最年長だ。彼が演じるビリーで面白いと感じたのは、少年特有の不安定さや繊細さをすらっと見せてしまうところ。感情を直截的に爆発させる「Angry Dance」以外は、内なる衝動を自覚できていない、どちらかというと内向的な役作りが目を引いた。未来の出身地は熊本である。オーディション挑戦時から、「自分がビリー役に合格することで少しでも地元に明るいニュースを届けたい」と語っていた彼だが、自らのためだけではなく、生まれ育った土地、そして地震で被災してしまった大勢の人たちのことを想い、舞台に立つ姿は非常に力強かった。
“レジェンド”が集結!大人キャスト
もちろん、ビリー・エリオットを取り巻く大人キャストも魅力的なプレイヤーが勢ぞろいだ。
(ウィルキンソン先生役:島田歌穂 お父さん役:吉田鋼太郎 撮影:田中亜紀)
この日、ビリーの父・ジャッキーを演じたのは吉田鋼太郎。劇団四季の研究生時代以来、かなり久々にミュージカルのオーディションを受け、父親役を勝ち取った。国を支えるというプライドを持って炭鉱で働き、その国の政策で自分たちの仕事が揺らぐ中、思いもかけない才能を見せた息子のためにそれまでの価値観を壊し、彼に希望を託そうとする・・・・・・そんな武骨でアツく、背中に哀愁を感じさせる炭鉱夫の父親像を吉田は完璧に魅せた。ジャッキーがさまざまな思いを込めてクリスマスパーティーのカラオケで歌う「Deep Into The Ground」はまさに“芝居歌”だ。
(ウィルキンソン先生役:島田歌穂)
ビリーのバレエの才能を見抜き、ロイヤルバレエ学校のオーディションを受けさせようとするウィルキンソン先生役の島田歌穂。言うまでもなく『レ・ミゼラブル』エポニーヌ役の日本オリジナルキャストである。「Shine」では“ダメでもいい、そのままの自分で輝くの!”とバレエガールズたちに歌うウィルキンソンだが、じつは自身が“そのままの自分”として輝けていないことも自覚している。どこかやさぐれているようにも見えつつ、バレエに関する考えや教え方は的確で、昔は彼女も大舞台で踊ることを夢見たダンサーだったのだろうと、作品には直接描かれていないウィルキンソンの半生に思いをはせた。
(ウィルキンソン先生役:島田歌穂)
ファンキー&アナーキーなお婆ちゃんを演じる久野綾希子は1983年に劇団四季が上演した『キャッツ』の初代グリザベラ。舞台上で日本語の「メモリー」を最初に歌ったレジェンドである。また、ビリーの兄・トニー役の藤岡正明は『レ・ミゼラブル』のマリウスや『ミス・サイゴン』のクリス、トゥイとして舞台に立った実力派。藤岡と吉田鋼太郎が並んだ時の“親子っぷり”は初共演とは思えないほどであった。
それぞれのドラマ・・・・・・さらなる“伝説”へ
エルトン・ジョンのドラマティックな音楽、ピーター・ダーリングのエモーショナルな振付、そして精鋭キャストたちの化学反応と、すべてが見どころ、と言っても過言ではない本作だが、私が毎回(というか、思い出しただけでも)泣いてしまうのが、クリスマスの夜にビリーが14年後の自分=オールダービリー(=大人になったビリー)とともに踊る「白鳥の湖」のシーンである。映画の『リトル・ダンサー』では、リアルに14年の時が流れ、父と兄がロイヤルバレエ団で踊るビリーの舞台を観るという設定で、それだけでも感動的なのだが、ミュージカル『ビリー・エリオット』では舞台のマジック・・・・・・時空を超えるという演出が施されている。
1度は諦めたバレエのことを思い、片手で椅子を回しながら踊るビリー。そこに登場するバレエダンサーとなった14年後の自分。大人になった主人公のもとに子ども時代の自分が現れ会話をするという場面は演劇においてままあるが(ミュージカルでは『ボーイ・フロム・オズ』など)、希望が断たれ、それでも光をあきらめきれない少年の前に、夢を叶えた未来の自分が現れてふたりでデュエットを踊る・・・・・・これほどまでに魂が揺さぶられるシチュエーションがあるだろうか。
この日、オールダービリーを演じたKバレエカンパニーの栗山廉は、美しく優雅に白鳥を踊りながら、つねに包み込むような優しい眼差しで未来和樹演じるビリーを見つめていた。その眼差しから、本場面で少年時代のビリーと大人になったビリーのふたつの時空が重なったことを私は強く感じた。つまり、あのシーンは少年・ビリーの“夢想”だけではなく、大人になったビリーの“回想”でもあるのだと。
(ビリー役:未来和樹 マイケル役:持田唯颯)
そして忘れてはいけないのが、ビリーの親友・マイケルの存在である。自らの欲求に対して明るくポジティブに向き合おうとする彼のチャーミングさに心打たれながら、光に向かって旅立っていくビリーとは逆に、消えていくしかない炭鉱の町に残されるマイケルの姿が切なく胸に刺さる(その後のマイケルを描いたミュージカルもぜひ作って欲しい!)。
(ビリー役:未来和樹 マイケル役:持田唯颯)
またこの日、トールボーイ役として的確な演技を見せた山城力。じつは彼は5人目のビリーである。最終選考でビリー役には残れなかったものの、その後もトールボーイとビリーの二役の稽古を重ね、8月からはビリーとして舞台に立つことが決定。ダンスの経験がほぼない中でオーディションに参加し、最終選考まで残ったポテンシャルも期待できるし、なにより彼は1度落選したことで多くの悔しさやツラさを経験している。その思いをビリーに重ね、8月からの舞台で思いきりスパークさせて欲しい。1度負けた人間は強いのだ。
(撮影:阿部高之)
何もかもが異例のオーディションを行い、初演で東京、大阪二都市でのロングラン公演を敢行するミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』。5人のビリーと個性豊かなマイケル役、バレエガールズの子役たちがどれだけたくましく、そして美しく成長していくのか、その過程を客席で見守りたいと思う。
さらに将来、5人のビリーのうちの誰かが、オールダービリーとして舞台に立つのを私は勝手に楽しみにしているのだ。その時こそ、この“伝説”が第二章となり、日本のミュージカル史にさらなる足跡を残すのだと。
(文中のキャストは筆者観劇時のもの)