2015年9月27日(日)に東京芸術劇場 プレイハウスにて初日の幕を開けたミュージカル『CHESS』。『エビータ』『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ライオンキング』のティム・ライスが原案と作詞を手掛け、ABBAのベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースが楽曲を提供した“伝説のミュージカル”だ。
日本では2012年と2013年にコンサートバージョンとして上演された本作が、今回初めてミュージカル版としてその全貌を現した。安蘭けい、石井一孝、中川晃教、田代万里生という華と実力とを兼ね備えたキャストたちが繰り広げる舞台のレビューと『CHESS』という作品の魅力について語ってみたい。
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日本初演!ベールを脱いだミュージカル版『CHESS』
舞台全面を覆うパネルには、世界が「東」と「西」に分かれていた頃の地図が赤と青とで描かれている。そのパネルが上がって登場するのは絶対無二の審判員・アービター(田代万里生)の分身とも思えるチェスの精(大野幸人)だ。このチェスの精の華麗なダンスによってゲームが動き出す。
東西冷戦時代のイタリア・メラーノ・・・この街でチェスの世界選手権が行われようとしている。現チャンピオンはアメリカ代表のフレディ(中川晃教)、そして彼に挑戦するのはソ連の代表・アナトリー(石井一孝)だ。フレディはセコンドとして恋人のハンガリー人・フローレンス(安蘭けい)を同行させている。更にアメリカ側にはテレビ局員としてCIAのウォルター(戸井勝海)が、ソ連側にはKGBのモロコフ(ひのあらた)が付き添い、彼らの行動を終始見張っていた。
チャンピオンでありながら、精神的に不安定なフレディは、試合への不安感からフローレンスに当たり、フローレンスはそんな彼と向き合うことに疲れている。疲弊する彼女に同情し、次第に惹かれていくアナトリー。とうとうフレディは試合を棄権し、不戦勝で新たな世界チャンピオンとなったアナトリーは国と家族を捨て、西側への亡命を希望。フローレンスと新しい人生を歩もうとする。
それから一年後、彼らが再び顔を合わせたのはタイ・バンコクだった。テレビ業界に転身したフレディ、チャンピオンとしてタイトルを防衛しようとするアナトリー、彼を支えるフローレンス、そしてソ連からやって来たアナトリーの妻・スヴェトラーナ(AKANE LIV)。チェスの試合と共に、国と国との水面下の戦い、男女の恋愛模様・・・それぞれのゲームが始まる。
舞台装置は階段や段差が付けられた抽象的なデザイン。客席に向く面には、チェスの盤をイメージした市松模様が描かれている。今回のミュージカル版でまず驚いたのはアンサンブルの少なさとその声の厚さだ。たった7人で作り上げるハーモニーは正確&美しく響き、個々のポテンシャルの高さが十二分に感じられた。
2008年にロンドンで行われたガラコンサートでは、コーラス隊を含めると100人以上はいたであろうキャストが、今回の日本初演ミュージカル版では15人となった訳だが、ステージ上の下手側にオーケストラピットを配置し、あえてアクトスペースをコンパクトにした事で、作品の持つ濃密度や緊迫感が薄れることなく表現されていると感じた。
超実力者たちの競演!
幼い頃に母親に捨てられたことが心の傷となり、チェスの世界チャンピオンとなっても、常に不安な気持ちを抱えるフレディ役の中川晃教の演技からは、傲慢に見える態度の裏にある弱さがしっかり伝わって来る。『モーツァルト!』のヴォルフガング役でデビューして以来“孤高の天才”を演じさせたら右に出る者はいないと言われてきた中川だが、先日まで『SONG WRITERS』の気弱な作曲家・ピーターをチャーミングに演じていたことを思うと、その演技のふり幅に改めて打たれ、“祈り”を感じさせる歌声に胸が熱くなった。
石井一孝は誰からも愛される人望の厚いアナトリー役を見事に構築。真っ直ぐに相手と対峙する瞳の奥に「国家」を背負ってチェス盤の前に座らなくてはならないプレッシャーと痛みとが見える。その苦しみを分かち合える同志が欲しいのと、背負う国家の重さに耐えられず、彼は西側に亡命し、フローレンスとの新しい人生を選ぶ訳だが、この選択をすぐに受け容れられない観客も多そうだ。
フレディの恋人であり、セコンドでもありながら、彼との日々に疲弊し、アナトリーと新生活を始めようとするフローレンス役の安蘭けいは、幼い頃に傷を負い、その傷を抱えたまま勝負の世界で生き抜く女性を魅力的に演じている。終盤、彼女の「傷」の原因の一つが物語を大きく動かすのだが、そのうねりの中で「私たちもゲームの駒に過ぎない」と語るフローレンスの台詞が痛い。フローレンスとスヴェトラーナが互いにアナトリーを想って歌う「I Know Him So Well」は強く切なく胸に響いた。
そして今回初参加となるアービター役の田代万里生は、感情を持たず誰とも心を通わせない審判員・アービターを好演。独特の直角的な体の動きや、一切笑顔を見せない無機的な役作りが新しい。本人も稽古前のインタビューで語った通り、アービターはこれまで「繊細な青年」のイメージが強かった田代の転機となる役柄だろう。バンコクで彼が無表情のままスーツの上着を脱ぎ、女性用の日傘を差す場面では、アービターの人間らしさが垣間見えてつい笑みがこぼれた(日焼け、したくなかったのね)。
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そんな4人に加え、マスコミの姿を借りたCIA職員・ウォルター役の戸井勝海やKGBのモロコフを演じるひのあらた、スヴェトラーナ役のAKANE LIVと、プリンシバルたちは全員がいわゆる“歌ウマ”なのだが、リサイタル状態にならず、ミュージカル『CHESS』としてしっかり成立させているのが素晴らしい。日本版=荻田版『CHESS』は、直截的なチェスのゲーム展開はミニマムに抑え、その分チェスというゲームに象徴される国家間の代理戦争や政治的思惑、そしてゲーム展開のように瞬時に状況が変わる男女の関係をより深く描いているように思えた。
初演から30年『CHESS』が辿った“運命”とは?
ミュージカル『CHESS』の初演は1986年。ベルリンの壁崩壊=東西冷戦終結の3年前である。なかなかいわくも多い作品で、当初演出は『コーラスライン』や『ドリームガールズ』のマイケル・ベネットが担当していたのだが、製作サイドやフローレンス役のエレイン・ベイジとの関係(この二つはまことしやかに囁かれた当時の噂だが)、更に本人の体調の問題もあり途中で降板。『キャッツ』の演出を手掛けたトレヴァー・ナンがそれを引き継ぎ、舞台装置も演出プランも根本から組み直されることになる。
ロンドンのプリンス・エドワード劇場で開幕したミュージカル『CHESS』は約3年間上演され、1988年にはブロードウェイへ。だがこちらはわずか68公演でクローズしてしまう。
私が初めて『CHESS』の存在を知ったのは、劇団四季・1980年代の作品パンフレットだったと記憶している。当時『エビータ』や『ジーザス・クライスト=スーパースター』で四季と蜜月関係にあったティム・ライスの新作として『CHESS』が紹介されていたのだ。あの頃、噂されていたように四季が版権を買って劇団で上演していたらキャストはどうなっていたのだろうか。フレディは市村正親、アナトリーは山口祐一郎、フローレンスは保坂知寿か志村幸美、アービターは…思いつかない(笑)。そんな“妄想”も今となっては楽しいものである。
ウエストエンドとブロードウェイという、世界のショービズ界の中心部から離れた『CHESS』は、世界各国で上演を続け、2008年に故郷であるロンドンに帰還を果たす。ロイヤル・アルバート・ホールでゴージャスなガラコンサートが開催されたのだ。『RENT』で名を上げたアダム・パスカルや『ウィキッド』でトニー賞を受賞したイディナ・メンゼルらが参加し、大人数のコーラス隊を従えたキャスト達は存分に『CHESS』の世界を見せつけた。このコンサートの成功が、2012年の日本コンサート版への上演、更には今回のミュージカル版日本初演へと繋がっていく。
『CHESS』の大きな魅力がABBAの二人が作った楽曲にあるのはご存知の通りだが、個人的には「余白」が充分取られた物語の構成に強く惹かれる。フレディはなぜ、テレビの世界に身を転じ、バンコクへ現れたのか。アナトリーが最後に下した決断で彼の真意はどこにあったのか。一人になったフローレンスは今後どう生きて行くのか。そしてCIAとKGBの職員が時に目配せをしたり、完全に対立してはいないように見えるのは何故なのか・・・その答えは全て『CHESS』を観た観客の心の中にある。
ディズニーミュージカルのように、子どもから大人まで分かりやすくシンプルな展開で進む作品も勿論アリなのだが、『CHESS』のように高度でありながらキャッチーに響く音楽に身を浸し、登場人物たちの心情や彼らの未来を左脳を駆使して想像するのも、大人のミュージカル道として充分アリ、なのである。
撮影:村尾昌美