ロンドン・ソーホーを舞台に、男たちの恋愛をめぐるミュージカルが、好評上演中、いよいよツアー公演も始まる。林翔太(ジャニーズJr.)と松岡充が、それぞれ貧しい青年ロビーと、市長選候補者ジェイムズを演じる本作は、性別、恋愛、貧困、政治、仕事、結婚、夢・・・さまざまな問題が散りばめられた物語。誰かと生きるって?幸せになるって?誰もが人生の道の上で戸惑うけれど、この物語は明るく、情熱的な音楽にのって、二人の「愛」を描いていく。
演出を手がける元吉庸泰と、ジェイムズ役の松岡充にインタビュー。表現者・松岡充について、そして作品『ソーホー・シンダーズ』について、語ってもらった。
「充さんは、舞台上でノーガードなんです」
――お二人はいつからお知り合いなんですか?
元吉:実は10年ほど前、Twitterなんですよ。僕、充さんの100人目の相互フォロワーなんです。
松岡:ええっ、そうなの!?
元吉:そうなんです(笑)。それからは、2013年のミュージカル『フォーエヴァー・プラッド/Forever Plaid』などで僕が演出助手としてご一緒し、今回は念願かなって出演者と演出としてお仕事することができました。
――演出する上で、松岡さんの表現者としての魅力はどんなところですか?
元吉:僕がほとんどの俳優さんに求めていることは「必ず傷ついて欲しい」ということ。というのも、自分の魂を切り売りしないと、言葉を届けられないと思うんです。・・・ということは出演者の方たちにはあまり伝えないんですけれど、でも、充さんの舞台上での居方(いかた)は、完全にノーガードなんですよ。それは、すごいことなんです。たいていの人は「表現する自分を見せる」という意識が多少でもあるんですけれど、充さんの場合はすべてを投げ出してくるんです。
松岡:ああ・・・どういうこと(笑)?
元吉:歌だけでなく、言葉に関してもまったくノーガードなんです。普通は絶対に何かしらガードするんですよ!でも充さんは、どんなに傷ついても絶対に後ろを向かないんです。「本当にこの人を信じよう」と思わせる。相手役の林翔太くんはなんて幸せな人と芝居をしているんだろうと思いますよ。
松岡:そうなんだ。
元吉:だから、舞台上に充さんが入ってくると、他の役者さんがいてもパッと充さんに目がいってしまう。本当に、この存在の仕方は唯一無二だなあと思います。
松岡:ありがとうございます、そんなに褒めてもらって(笑)。
――松岡さん自身は、どのように舞台に立っているんでしょう。歌手としてステージで歌う時と、ミュージカルで歌ったり演じている時の感覚は違いますか?
松岡:究極は同じだと思います。もちろん、演じている時は役をまとっているので、その役の境遇、年齢、言葉遣いなどは考えています。それにミュージカルの歌は、僕が創ったものじゃないので、何か共通項はないかと探してきます。でも、歌に託して表現するという意味では同じ。どの時代でも、どんなジャンルでも、核には強いエネルギーがあるからこそ楽曲としてできあがっていると思うので。
ただ、一つ大きな違いを言うと、表現の方法論が違いますね。ライブなどで自分の楽曲を歌うのと、お芝居の中で歌うのでは、表現方法は真逆と言ってもいい。どちらも伝えるもののパッションは同じなんだけど、使えるツールが違うというか。たとえば、スキー場で「このゲレンデをとにかく猛スピードで降りていく」ことを目標とした時、手にしたツールがソリなのか、スキーのストックなのかというくらい違うかもしれない。もしかしたら、何もなくて転がりながら降りなければいけないかもしれない。降りていくことは同じだけれど、その降り方・・・方法が違うんです。その時に手にしているツールを無視して「僕の歌い方はこうだから」と自分中心になってしまうと、作品全体の表現がつまらなくなってしまうと思ってやってます。
上辺だけの作品にしないために
――今回の舞台は、林翔太さん演じるロビーと、松岡さん演じるジェイムズのカップルを中心としたイギリス発のミュージカルです。
元吉:まず、シンプルなお話なのでいろいろやりようがあるなと思いました。シンプルゆえに、人種や、僕らとは違うリージョン(地域)の人たちの問題を扱うことが難しいなと思ったんですよ。単純にハッピーなミュージカルにしてしまえばきっと楽しい舞台にできるんですけれど、そこを突き詰めてもお客さんの心には何も残らないんじゃないかと感じたんです。
というのも、『ソーホー・シンダーズ』は曲が先行しているミュージカルだと思います。台本に曲を乗せたのではなく、音楽の流れにストーリーを乗せた作品。だから、登場人物の心の動きが説明されていなくて、台本を読んだだけだと「何故この人物がそういう気持ちになったのだろう?」と分かりにくいんです。その隙間を、お芝居で埋めなきゃいけない。日本人は物語をとても大事にするので違和感を持つだろうから、創り手がきちんと理解をして準備をしないといけないなと。
松岡:しかも扱っている問題がLGBTなんですよね。今、社会的にLGBTに関する運動がさかんになっている中で、表現活動をしていく者がそれを避けてしまうと、たとえばデコレーションケーキのまわりのクリームだけ味わうような・・・表面的な作品になってしまう。そのケーキが何によって支えられていて、何によって中和されていて、どういうハーモニーで美味しくなるのかを考えなければいけない。僕は30代の時に、テーマがまったく感じられない作品ばかりを生み出したら表現者としての僕が空っぽになっちゃう、と気づいたんです。しんどいけれど、向き合わないといけない。
そう思って今回も「ジェイムズ・プリンスとはどういう人間だろう」と台本から読み解こうとしたけれど・・・書かれていないんですよ。彼の過去に何が起こったのかも、彼の本心を読み解くヒントも書かれていない。だから最初は、元吉さんに「この物語をそのままやって本当に成立するの!?」と聞きにいきました。このままだったら、僕だったらロビーとジェイムズに共感できないと思ったんです。
――ちゃんと創らないと、ケーキの上辺だけの物語になってしまう・・・と。
松岡:しかも男性二人の恋物語だから、男二人がイチャイチャしていたら違和感を感じる人が少なからずいると思うんです。でもこの物語は、性別も年齢も国籍も階級も、何もかも越えて、人が人を愛することは尊くて、純粋で、元気になることだっていう話。相手への思いやりが巡り巡って自分に返ってくることが人間として素晴らしいというテーマだと思うから、そこに違和感がないように舞台を創らなきゃいけないねという話を、元吉さんとしています。
――創っていく上で、台本から読み取れる情報が少ないことは大変ではないですか?
元吉:そうですね、正解が無限にありすぎちゃう。
松岡:しかも人によって正解は違うからね。
元吉:充さんの言うように、すごくシンプルな物語にLGBTなどのいろんな要素がくっついている作品なので、どういうふうにお客さんに受け取っていただきやすい形にするかは、かなりセンシティブに創っていかないといけない。例えば、ロビーたちは被差別地域に住んでいるということがわからないと、お客さんは「何故ロビーはあんなに自分の欲しいものをハッキリ言うんだろう?」ということが理解できなくて、ロビーに共感できない。決まった台本の中で、ロビーの境遇や気持ちをどれだけ精密に伝えられるかというのは、ちゃんと計算して創らないといけないなと思っています。
――具体的に、どのように創っているのでしょう?
元吉:僕はいつも相談しながらやるんですが、充さんとの稽古は本当に楽しい!僕が「こういう見せ方をしたいんですよね」と言うと、すぐに充さんが「じゃあこうやってみるのはどう?」とアイデアを出してくれる。それがまさにジャストアイデアということが多いので、やっぱり見せることに関して超一流なんですよね。
松岡:いやいやいや(笑)。
元吉:思うんですけど、『ソーホー・シンダーズ』は人間関係ガイドブックなんじゃないかというくらい、それぞれの役や関係性に「ああ、そうかもしれないね!」と腑に落ちるところがあるんです。考えるほどに「もしかしたらこの場面はこうなのかも?」と可能性が広がっていく。新たに発見があれば作品の色が増えていきます。僕は俳優さんと相談をして創るタイプだからこそ、刺激を受ける現場です。
松岡:思いついたアイデアを口にするかどうかは、演出家さんによります。元吉さんは、こちらが何かを言うと「もしかしたら本当にそのアイデアに大切な欠片があるかも」と考えてくれるのが分かるので、こっちももっと考えようとするんです。
ただ、もしかしたら『ソーホー・シンダーズ』が特別なのかもしれない・・・点しか打ってないみたいな台本だから、僕もアイデアを出せるのかも。例えば、グラスを手に退場したのに戻ってきた時にグラスを持っていない・・・すると、そのシーンの間に何があったのかを自分たちで考えないといけない。どこを通ったのか、誰かに渡したのかといった部分をしっかり考えると、リアリティが増してきます。台本には出てこない部分のニュアンスをちょっと芝居に入れると、観ている方の中にも気づいてくれる人はいる。そういう細かいところを積み上げていかないといけない。元吉さんはそれをすごく考えてくださるし、僕らのアイデアも聞いてくれるんです。
どの役にもそれぞれの真理がある
――松岡さん演じるジェイムズは、結婚、仕事、恋人、パートナー・・・いろんな要素を抱えた人物ですね。そんなジェイムズはなぜロビーに惹かれるのでしょう。ロビーの魅力とは?
松岡:いろんな捉え方があっていいと思うんですけど、稽古場半ばの現段階での僕の意見としては・・・ジェイムズは、自分の可能性をロビーに見出したのかなと。水泳選手として活躍したジェイムズは一生懸命に取り組んでいた水泳がなくなった結果、政界に入って、みんなが支えてくれているけれど、なぜか心のどこかが埋まらない。何かが足りない、と自分に問い立てる。そんな毛羽立っていた心に入り込んできたのが、ロビーなんだと思います。
ぽっかり空いた穴に、それまでまったく見向きもしなかったストリートの影に住む青年がポーンと入って埋めてくれた。どう考えても、階級も、人生の経験値も、抱えているものはロビーの方がつらいはずなのに、ロビーに好かれてロビーを愛することによって、ジェイムズは今とは違う理想の世界で生きていけるかもしれないと思ったんじゃないかな。その心の穴が埋まる安心と、ロビー本人の魅力があいまって、彼に惹かれたんだと思います。また、そのロビーを演じる林翔太くんがすごくいいキャスティングなんですよ。
元吉:確かに(笑)!
松岡:彼は珍しいぐらいに穏やかなや性格で。ダウニー(柔軟剤)みたいな、洗いたてのおひさまの香りがするような人。29歳なのにどんだけ純粋なんだ!?本当にこんな人がいるんだな!?と。ロビーのキャスティングにぴったりなんです。だからこそジェイムズは、ロビーの一番傍にいる人として、もっと人間的に悩まなきゃいけないし、迷わなきゃいけない。
元吉:ロビーとジェイムズは真逆なんですよね。
松岡:そう。とはいえジェイムズもド正直なところがあるから、ロビーと合うんですよ。
――ジェイムズは正直だからこそ、うまくいかないことがありますね。
松岡:ジェイムズだって、誰かを傷つけようなんてさらさら思ってない。みんなが笑顔でいい関係で暮らしていけると思っていたのに、それがうまくいかないこともある。正解がないのは、僕らの実生活もだし、LGBTの問題でも同じです。だから切ない。どの役にもそれぞれの真理があるから、観に来られた方はおそらく誰かのどこかに共感できるんじゃないかな。こんなに登場人物が少ないのに、「この人のこの部分は私だ」と感じる部分があると思いますよ。
◆公演情報
ミュージカル『ソーホー・シンダーズ』
【東京公演】3月9日(土)~3月21日(木・祝) よみうり大手町ホール
【大阪公演】3月23日(土)・3月24日(日) 森ノ宮ピロティホール
【金沢公演】3月26日(火)・3月27日(水) 北國新聞 赤羽ホール
【愛知公演】3月28日(木) 刈谷市総合文化センター アイリス
【神奈川公演】3月31日(日) やまと芸術文化ホール メインホール
【翻訳・訳詞】高橋亜子
【演出】元吉庸泰
【出演】
林 翔太(ジャニーズJr.) 松岡充
東山光明 谷口あかり 西川大貴 豊原江理佳 菜々香 青野紗穂
マルシア 大澄賢也