劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が、劇団の上京物語を綴った自伝的小説「さよなら鹿ハウス」がポプラ社より刊行。本作は、出版決定と同時に、東京と大阪で舞台としても上演されることになった。丸尾がモデルとなる主人公役に渡部豪太を迎え、それ以外の出演者は全員オーディションで選出するという試みも行い、自らの物語を紐解いていく。
小説、舞台、それぞれの形で、丸尾が描こうとしているもの。それは、劇団として、個人として、「伝説になりたい」という思いと現実、そのジレンマと向き合い続けた“今”だから生み出せる物語なのかもしれない。渡部を交え、公演に向けた思いを語ってもらった。
――まず、今回この小説を書こうと思った経緯を教えていただけますか?
丸尾:ずいぶん前になりますが、小説を書かないかと声をかけていただいたんです。書くなら「何を書きたいのか?」と考えた時に出てきたのが、自分にしか書けない”経験“の物語でした。中でも、自分が生きてきた中で一番濃かった、劇団立ち上げ当時の2年間のことが書きたいと思ったんです。雑誌で連載をすることになって、実は一度途切れてしまったんですが、1年ぐらい前に「続きを書きたい」と書き始めた当時の編集さんに後輩の方を紹介していただいて、続きを書く機会をいただけて。かけがえのない時代のことを、本にすることができました。
――渡部さんの、本を読まれた感想をお聞きしたいです。
渡部:自分が演じるということを抜きにして、すごく楽しい小説だなと感じました。一気に読み終わってしまうぐらい、好きな文体でしたし、読みやすかったです。後書きも、おもしろかったですし(笑)。人間愛や、仲間への愛がすごく伝わってくるなと思いました。
――鹿殺しさんの今を思うと、私も読んでいて胸が熱くなりました。今の丸尾さんだからこそ、振り返ることのできた物語である気がします。
丸尾:本の中には、すでに劇団を去ったメンバーのことも書いているのですが、彼らと別れた時には、本を書こうなんて思ってもいなかったんですよ。今だからこそ、自分の中で整理がついて、彼らに「ありがとう」と伝えたい気持ちが湧いてきているから、書けた本かなと思います。
――この作品は、本だけにとどまらず舞台でも上演されますが、舞台化しようと思ったのは?
丸尾:書いている最中からすごく感じていたんですが、自分の頭の中にあるものを文字にしきれないジレンマ、みたいなものがあったんです。だから舞台で、生身の人間でも表現したいという気持ちを、書いている時からずっと持ち続けていましたね。
――本を読むと、鹿殺しさんの演劇への“初期衝動”が強く感じられるのですが、渡部さんが役者になろうと思った“初期衝動”はどこにあったのでしょう?
渡部:仕事を始めたのは11歳なのですが、自分から「やりたい!」と求めたのは、14歳の時に出演した映画『独立少年合唱団』という作品と出会った時でした。その作品で、演じることがすごく楽しくなって、母に「これをやっていきたい!」と話したのが、最初に持った強い思いでしたね。本の中で、丸尾さんが繰り返し書かれている「有名になりたい」「伝説になりたい」という思いは、仕事をする上で僕も持ち続けている思いです。
――デビューされてから今まで、その思いに向かう姿勢で変化はありましたか?
渡部:今、ありがたいことに「あれ見たよ」とか、「名前は分からないけれど、顔は知ってる」と言っていただけるようにはなりました。同時に、自分の中で「何がやりたいか」について、分からなくなっていることにも気づくようになりました。テレビ、映画、舞台と、いろんなお仕事をやらせていただいていますが、何でもやりたいんですよ。食べることに例えると、ごはんもパンもパスタも好き、という状態(笑)。全部好きだからこそ、“今”の自分がやりたいことを、ちゃんと考えなくちゃと思っている状況です。だから、このタイミングで初期衝動の詰まったこの作品に出会えたことは、何かのご縁なんだと思っています。
――お二人は今回初めてご一緒されますが、丸尾さんは、渡部さんにどんな印象を持っていらっしゃいましたか?
丸尾:外見に、勝手に親近感を持っていたということもありつつ、渡部くんがまとっているオーラが好きだったんです。上品さと優しさを合わせ持っている感じがするなと。役者って、その人自身にドラマを感じられる人が向いていると思うんですよね。その上で、渡部くんはどんな服を着ていても役のバックボーンというか、何色にも染まる感じがするんです。
渡部:丸尾さん、今日も私を見て「白いイメージがある」とおっしゃっていましたね。・・・全身黒い服なんですが(笑)。
丸尾:本当だ(笑)!
――でも、なんとなく分かる気がします(笑)。渡部さんは、本作で丸尾さんをモデルとなっている「角田角一郎」役を演じられますが、どのような役作りを考えていらっしゃいますか?
渡部:丸尾自身さんを演じるわけではないので、私が演じる「角田角一郎」という架空の人物を目指そうと思います。彼を演じるためなら何でもやる気持ちなので、体の“キレ”を増すために、まずはジムに行こうかと。今回の公演は、鹿殺しさんの本公演ではありませんが、丸尾さんの作品は、劇場を支配する空気がとても武骨で、荒々しいなと思うんです。どの作品も、その空気感は持ちつつ、色がまったく違うところも、魅力的。
僕がよく行く居酒屋さんに、鹿殺しさんの古くからの大ファンという方がいるんですが、今回のチラシを持って行ったら「え!豪太くん出るの!Wキャスト?どっちも観に行く!」とすごく興奮してくれました。その人が、開口一番に聞いてきたのが「ち○こギターやるの?」だったんです。その時は、やるんじゃない?と答えましたが、どうなるでしょう・・・。備えとして、擦り切れない生地のパンツを用意したいなと思います(笑)。
――渡部さん以外のキャストさんは、オーディションで選ばれたということですが。
丸尾:新しいキャストたちと出会いたくて、オーディションにしました。そうしたら、見事に自分が求めるピースに“ハマった”と思える人が集まってくれました。稽古をしていく中で、全然違うじゃん!ということも出てくるかもしれませんが(笑)。
渡部:僕は、チラシ撮影の時に皆さんと初めてお会いしたんですが、この方々とどんな作品が作れるのか、楽しみになりましたね。
丸尾:劇団員を演じる7人は、外見が本人に似ているかでは選んでいないので。例えば、山本サトルという登場人物は、小説の中でも「イケメン」と書いていて、実際にもいい男だったんですが、山本役に選んだのは、ビジュアルイメージ的にはほど遠いんです。自分(がモデル)の角田は上げておいて、山本は劣化するという(笑)。ここのおもしろさがどう出て、ガチャガチャな7人組が作れるか、僕自身もとても楽しみです。
――舞台を通して、どのようなことを伝えたいと思っていますか?
丸尾:私的な題材ですが、基本的には、誰しもの心に潜んでいる“普遍的なもの”を届けたいと思っています。なりたい自分となれない自分、現実との差、手を伸ばしても届かない、でもそんな自分も愛そうと思えるような、青春の1ページ。劇場で観たことを、お客さんの中でも照らし合わせて持ち帰っていただけたら、やる意味があったと思いますし、そこを目指していきたいですね。
渡部:この本には、自分とはまったく違う道を歩んだ人たちの人生が描かれています。舞台としてやるということは、「違う人生を歩む人たち」の姿を、実際に2時間共有していただくことになります。お客さんの中には「こういう人たちもいるのね」と思う方もいるでしょうし、ないものねだりを感じる方もいるかもしれません。共有する2時間で、どんな形でもいいので、違う人生に感情移入してもらいたいです。我々(舞台の登場人物)の人生が、劇場に降ってくるような、そんな作品にできたらいいですね。
――鹿殺しさんと言えば、音楽の使い方も特徴的です。今回は、どんな構想を持っていらっしゃいますか?
丸尾:パッと浮かんだのは、アコースティックギター1本だけで全部をやれたらと思いました。いつも音楽をやっているオレノグラフィティには、「それ、めっちゃ難しいですよ」と言われているので、実際どうなるかは分かりませんが・・・。イメージとしては、四畳半で聞く吉田拓郎を目指したいと思っています。
――演劇は、出会いと別れの繰り返しだと思うのですが、丸尾さんが今、最も身近な存在である“劇団員”の皆さんに思うことは?
丸尾:もう、大好きじゃなくて、「愛しています」。そして、去っていったメンバーには「ありがとう」と「ごめんね」ですね。いつも思っているんですが、進む道が分かれたとしても、辞めていく彼らにとっても「良かったな」と思える出会いでありたいんです。鹿殺しは厳しすぎて、逃げたくなって辞めていく人が多いので、中々そうはなっていないかもしれないんですが・・・。
――渡部さんは、現場を重ねていく中で、忘れられない出会いなどはありますか?
渡部:呼んでいただく時は、異種格闘技戦に臨むような感覚なんですよ。同じリングで戦う味方でもあり、敵にもなる人たちとの出会い。だからこそ、違う作品でご一緒する機会は、旅の途中でまた巡りあえた時のような嬉しい出来事です。一方で、何でもないような言葉がずっと突き刺さっていたり、昨日のことのように思い出したりする場面もたくさんあります。「なんであんなこと言っちゃたんだろう」とか、「なんであんな態度とっちゃったんだろう」とか、反省も楽しく共有した時間も、全部含めて一期一会だなと。
――たくさんの経験を経て、“今”の丸尾さんが振り返る「鹿ハウス」の出来事が、どのように舞台上に立ち上がるのか、楽しみにしています。
丸尾:辞めていった劇団員たちに対して、ずっと「畜生、絶対あいつらよりも幸せになってやる」といった復讐心のようなものが強かったんです。でも、小説を書いていく中で「ありがとう」という思いの方が勝ってきました。その感情に気づくことで、より自分の目線が広がった気がします。自分のことしか考えられなかったのが、地球全体の幸せを考えられるようになったみたいに。人間が生きる上での“かわいらしさ”を感じ取ってもらえるような作品にできたらと思います。
渡部:もともと鹿殺しさんをご存知で、本を読んで観に来てくださる方も多いでしょうし、書店で偶然手に取って、気になって舞台に観に来てくれる方もいらっしゃると思います。欲を言えば、何気なく舞台を観に来た方が、最後に物販でこの本を手に取って帰っていただけたら嬉しいですね。題材は同じなんだけどまったく違うものとして、小説も舞台も楽しんでもらえるのが、この作品にとって一番いいことなんじゃないかなと。小説からでも、舞台からでも、入り口はどちらからでもいいので、どちらも観て、欲しいですね。
◆公演情報
OFFICE SHIKA PRODUCE『さよなら鹿ハウス』
【東京公演】11月8日(木)~11月18日(日) 座・高円寺1
【大阪公演】11月22日(木)~11月25日(日) HEP HALL
【作・演出】丸尾丸一郎(劇団鹿殺し)
【出演】
渡部豪太
浅野康之/飛磨/岡田優/勝又啓太/笹海舟/ 清水佐紀/玉川来夢
今井涼太/尾上武史/澤田美紀/椎名朱音/松本さえ子
椙山さと美/鷺沼恵美子(Wキャスト)
※アフタートークイベント開催!
<東京公演>
11月9日(金)19:00「作家の集い」
出演者:丸尾丸一郎、土田英生(MONO)、末満健一
11月10日(土)19:00公演「アイドルはみんな女優になりたいのか?」
出演者:清水佐紀、玉川来夢、椙山さと美、フォンチー
11月13日(火)19:00「劇団旗揚げトーク」
出演者:浅野康之、糸原美波(劇団4ドル50セント)、福島雪菜(劇団4ドル50セント)
11月14日(水)19:00「鹿ハウスの思い出トーク」
出演者:菜月チョビ、オレノグラフィティほか、劇団鹿殺しメンバー
<大阪公演>
11月23日(金)19:00「関西演劇人の集い」
出演者:丸尾丸一郎、行澤孝(劇団赤鬼)、竹村晋太朗(劇団壱劇屋)
11月24日(土)18:00「教えて鹿ハウス女子会」
出演者:菜月チョビ、清水佐紀、玉川来夢、鷺沼恵美子、椙山さと美