2012年に結成された演劇集団「西瓜糖」の第6回公演『レバア』が、2018年4月18日(水)より中野・テアトルBONBONにて開幕する。終戦直後の日本を舞台に、ヒトが心の奥に隠し持つ「ザラツキ」を繊細にあぶり出す本作について、出演する三津谷亮、演出を手掛ける寺十吾、劇作家の秋之桜子(山像かおり名で出演も)に話を聞いた。
――稽古の手応えはいかがですか?
寺十:手応え、ありまくりです(笑)。最高の、いいものになっていると思います。
三津谷:演出の寺十さんはもちろん、役者さんたち、支えてくれるスタッフさん、皆さんスペシャリストで、人として素敵な方ばかりなので、毎日刺激を受けてます。舞台上で生きている、無防備にそこに立っているということを、皆さんの演技から感じるので、僕も怖がらずにそこに近づいていきたいです。
秋之:私は、映像的に日常を切り取る脚本を書くことが多いんですが、今回、寺十さんから「日本映画みたいになってきた」と言われて、それが嬉しくて(笑)。映画って自然に観れるものですよね。家で、映画を観ているような感覚で、ハードな内容でも演劇だったら自然と受け止めていただけるんじゃないかなって思うんです。役者としては、まだまだこれから詰めていかなければいけないところもあります。でも、毎日が本番をやっているような空気の稽古場なので、すごく集中できていますね。
――今回、「西瓜糖」としては初めて寺十さんを演出に迎えられましたね。
秋之:これまで「西瓜糖」で演出をしていた松本祐子が“卒業”いたしまして。松本の卒業後、一発目の演出を誰にお願いしようかと考えた時に、寺十さんにお願いしたいと思いました。寺十吾さんは気心が知れた方ですし、台本を丁寧に読んで作家を愛してくれる方なので。
――寺十吾さんは、今回の脚本にどんな魅力を感じていますか?
寺十:かっこ悪さを持った人たちがたくさん出てくるのが楽しい。役者好みの、「やりたい!」と思わされる本ですね。登場人物全員に、そつなく見せ場もありますし。本当は、演出じゃなくて役者で出たかったぐらいです(笑)。
――(笑)。脚本を拝見して、三津谷さんが演じられる役は、少し特異な役だなと思いました。本作のお稽古に入る前は舞台『パタリロ』★スターダスト計画★にもご出演されていて・・・振り幅が大きいですね。
三津谷:そうなんです、『パタリロ』が夜公演のみの日は、昼間、こちらのお稽古に参加していました。昼と夜で、まったく違う作品の役と向き合っていると・・・パラレルワールドにいるみたいでした(笑)。何がリアルなのか、混乱してくるというか。でも、だからこそいい意味でまっさらな状態で、濃い稽古ができた気がしています。毎日がすごく楽しくて、充実してます。4月が3ヶ月ぐらいある感覚です(笑)。この作品の次は、また2.5次元作品(舞台『刀剣乱舞』)に出させていただくので、振り幅はありますが、作品ごとにちゃんと向き合っていこうと思っています。
――共演者の方々も曲者揃いだと思いますが、稽古で印象に残っていることは?
三津谷:一度、稽古で感情が全然動かない日があって・・・それを、寺十さんはすぐに察知なさったんですね。そこから、たくさんお話をして、感情をいただいて、後半の稽古はでは立ち上がることができました。
僕・・・この役は、朝起きた時から始まっていなければと思うんです。朝起きて、ログインボーナスをもらうためにアプリゲームやったりしちゃ、ダメなんですよね(笑)。
秋之:どうしよう、私、やっちゃってる(笑)!
三津谷:いやいや、俺の場合ですから!『パタリロ』と並行して稽古していた時は、ゲームとか、やる時間もなかったんです。『レバア』の台本を横に置いて寝ていて、朝起きたらそれを読むという毎日。実は、それが良かったんです。時間に余裕ができて、ゲームとかやっちゃうと、僕の場合はこの役と向き合えないんだなと分かりました(笑)。
――そんな三津谷さんですが、お二人はどう見ていらっしゃいますか?
寺十:感受性が豊かで、些細な言葉で気持ちがパッと入れ替わる人ですね。だから、演出をしていてワクワクします。毎日、刻々と変化しているので、刺激を与えがいがある役者さんです。
秋之:空気を読む力が強いので、その場の空気を吸収して、周りの人たちの色を盗んで、そこにいる人になっちゃう、不思議な魅力があるなと思いました。
――寺十さんの演出で、ここまで印象に残っていることがあれば教えてください。
秋之:「役者の品評会みたいにはしたくない」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。役者って、ある程度役が膨らんでくると、どうしても自分の役がかわいいし、がんばりすぎちゃうんです。芝居の中に入り込もうとするあまり、役を膨らませすぎちゃうこともある。「そこを抑えて」と言うのではなく、「品評会」という表現をされていたのが、すごく腑に落ちました。すごく分かりやすくて、厳しい言葉だなと思いましたね。
三津谷:僕は、全然役に寄り添えなかった時に「誰も観てないと思う方が、役を分かってあげられる。俺は分かるよという気持ちになって演じれば、その感情にいける」という言葉をいただいて。僕はこれまで、お客さんの空気を借りてお芝居をすることが多かったんです。もちろん、それで感情が入りきらない時もあったり、ブレてしまうこともありました。お客さんの空気や周りの空気に芝居を乗っけていくことも必要だけれど、それだけじゃいけないと、自分でも感じていて悩んでいたことでもあったので、すごくハッとさせられました。
――今回の役は、三津谷さんにとって一つ転機になる役かもしれませんね。
三津谷:今回演じさせていただく役は、正義だったものが正義じゃなくなった人たちの思いを背負った役・・・と言いますか、うまく言えないんですが、忘れていたものを思い出させてくれる役だと思います。例えば、震災などもそうですが、時が経つと記憶が薄れて、生活できるようになってくるじゃないですか。でも、改めて向き合ってみると、何も問題は解決してないことに気づく。そういう誰もが持っている“汚さ”を表している役なんだと思います。
秋之:この作品に出てくる役は、嫌な人ばっかりですから。
三津谷:でも、汚くても、みっともなくても生きていかなくちゃいけない。結局、人間って弱いものなんだということに気づかされますね。
秋之:強いし、弱い。だから、どの役も、どこか似ているし、どこかずるくて寂しいんです。
三津谷:今回は、小劇場ですから。大きい劇場だと、空間を支配するような感覚があって。マイクをつけることで、さらにフィルターがかかってしまう気がするんですが、その点小劇場では、生の、普通に生きている感覚と似た感覚になれるんです。大きい劇場では感じられない楽しさがありますし、客席と舞台の距離も近いから、いろんなアラも見られて、鼻水とかまで見られちゃいますから(笑)。ぜひ、一緒にその感覚を感じてほしいです。
◆公演情報
西瓜糖第6回公演『レバア』
4月18日(水)~4月29日(日) 東京・テアトルBONBON
【作】秋之桜子
【演出】寺十吾
【出演】
三津谷亮、佐藤誓、村中玲子、陰山真寿美、難波なう、森川由樹、足立英、奥山美代子、山像かおり、外波山文明、森田順平
【イントロダクション】
昭和20年8月―終戦。
家族を失い、身体を失い、心を失い、残されたのは焼け焦げた街で、行き場のない誰もが住処を探していたあの頃。
「君は、誰?」
「教えたら、どうにかしてくれるの?」
素性など知ったところで、 どうにもならず。
涙など流したところで、どうにもならず。
生きるために―その「家」はあった。
とある一軒家に集まった老若男女。価値観の違いなどには目をつぶり、生きることを選んだけれど、違和感はそれぞれの心にフワリフワリと浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
笑い、泣き、愛し、歪み、騙す―ものたち。
昭和という時代を経て、平成が終わりを迎える2018年。
あなたの、こころの、レバアは押されるのか、引かれるのか、それとも・・・。
(撮影/エンタステージ編集部)