2017年7月14日(金)より東京・すみだパークスタジオ倉にて『怪談 牡丹燈籠』が開幕する。日本三大怪談と称せられている「牡丹燈籠」を新たな形で蘇らせるのは、今注目を集める演出家の一人、森新太郎。主演は、数々の舞台でその実力を確かなものにする柳下大。“現代に蘇らせる「怪談」”について、二人に話を聞いた。
まず感じたのは「舞台が好きで、飢えている」ということ
――本番を目前に迫ってきていますが、手応えはいかがですか?
森:本番直前だからということもないですけど、今、とても楽しいです。本番の舞台美術も稽古場に入ってきまして。本番1週間前ぐらいだと、普通は芝居を固めていく時期なんですけど、実は昨日、半分くらいぶっ壊しました。そんな風にやっているので、僕は楽しいけど・・・俳優たちは楽しいかは、分からないです。まあ・・・楽しいと思ってくれていると信じています(笑)。
柳下:ははは(笑)!仮の舞台美術でも、色々試すことは出来ていたんですけど、本物だとやっぱりイメージがまったく違ったり、出来ることが増えたりもしました。そういう意味で、森さんの中でいろんな可能性が増えて、僕らは、森さんの頭の中でどういうことが行われているか、そのイメージにとにかく追いつくようにと、表現するのに必死で・・・昨日はぐったりしました(笑)。
森:やっぱり?
柳下:でも、僕はそういうのが楽しいです。自分のところで言えば、前半部分は全部変わったんですよ(笑)。でも僕自身、固定されて役を突き詰めていくと、行き詰まってしまったりするんですけど、森さんのように舞台を作っていく中で色々試してくださると、可能性の中にどんどん軸ができていくというか。いろいろと試行錯誤して・・・肉付けをしていきながら、骨も太くなっていくので、どんどん楽しくなる感じですかね。
森:たとえ9割変えたとしても、無駄なことは一つもないんです。
――お二人から「楽しい」と言うお言葉が聞けたところで、お互いのご印象を聞かせていただけますか?
柳下:僕は、森さんが演出されていた『BENT』を拝見させていただいたんですけど、二幕の演出がすごく印象的でしたね。「頭がおかしくなりそうなくらい、相当稽古をしたんだろうな」という感覚でした。「絶対大変だろうけど、やってみたいな」と思いました。森さんの演出を受けたことのある方と会った時とか、よく話を聞いていたんです。「森さんとやったことある?」「一回やった方がいいけど、大変だよ」って・・・。
森:あははは(笑)。
――実際、ご一緒されてみていかがですか?
柳下:とにかく稽古が長い、ということは聞いていたんです(笑)。でも、稽古が終わった時に、いつも「あれやって良かった」と思えるので、稽古中はキツいんですけど、終わった時の達成感がすごく感じられます。いろいろ聞いていたこともあって、すごく覚悟して稽古に臨んだんですけど、僕は全然そんな感じはしませんでした。稽古が長いとも、感じないですし。逆に、気になっているところがあれば徹底的にやってほしいです。何回も繰り返している内に身体も慣れてきて、脳の中で余裕も出てきて、また違ったものが見えてきたりもするので。
――森さんは、俳優としての柳下さんをどうご覧になっていますか?
森:一緒にやってみて、まず思ったことは「演劇が好き」なんだなってことですね。さっきの例もありますが、僕は演出家としては結構大きく変えていくタイプなので、モノローグ一つにしても、観客に閉ざしてやるのか、逆に開いてやるのかで、180度変わったりするんです。昨日も、バンバン変えていったんですけど、楽しそうにやっているなあって思って。それから、他の人が芝居している時とかも、すごくやりたそうに見てる。もっと言えば、すべてのシーンをやりたそうに見ていますね(笑)。
柳下:僕、他の人の演技もやってみちゃうんですよ。それを共演者の方に目撃されていたりして(笑)。「口、動いてたよ」とか「大くんあの役やりたいんでしょ」とか言われちゃったり。
森:でも、それはすごく良いことだと思っています。「ああ、この人は舞台が好きなんだなあ、飢えてるなあ」と思って。そういうのって、自分がやっている時だけじゃなくて、人の芝居の稽古に対する目つきとかで分かるから。「ごめんね、君の出番じゃないから、待っててね」って申し訳なく思っちゃうくらい、「この人、もっと稽古したいんだろうなあ」って伝わってきます。
――今回の『怪談 牡丹燈籠』は、元々は落語の演目でしたが、台本を最初に読まれた印象は?
柳下:僕は、このお話をいただいてから原作を初めて読みました。最初は、新三郎とお露がメインということも知らず読みまして。キャラクターとしては、奉公人の孝助に惹かれたんですけど、出てこない舞台もあると聞きまして・・・それぐらい、多くのサイドストーリーが盛り込まれている作品なんだなと思いました。今回は、2時間にぎゅっとまとめられているので、すごく展開が早く感じられたので、どう演出されるんだろうと思っていました。
森:脚本はフジノサツコが書いているんですが・・・まあ、よう自由に書くなあと(笑)。どうやるんじゃい!と思ったのが、率直な最初の感想でしたね。でも、三遊亭円朝の原作も、あらゆるエピソードの入り組み具合がおもしろかったりするんで、確かに、これ削っていくと因果話の魅力が薄れてしまうとも思いました。今回削ったのはほんの1、2エピソードだけなので、原作の豊かさをそのままに出せるんじゃないかなと思っていますね。
柳下:お客さん的にも、あっと言う間に時間が流れていくんじゃないかなというような感覚がありますね。濃いものをぎゅっとまとめあげているので。
新しい新三郎、稽古を通して湧いてきたイメージ
――柳下さんが演じるのは新三郎役ですが、どのような役作りをされているのでしょうか?
柳下:最初に森さんとお会いした時に「市川雷蔵さんのようなイメージ」と言われたので、映画の『斬る』と『薄桜鬼』を観て、自分の中では、好青年とか、硬派な二枚目をイメージして、本読みに向けて創っていきました。でも、やっていくうちにガラリと変わったっていって、徐々に縛りがなくなり自由になってきたところで骨に肉を付けていく、という感じでやってきました。森さんに言葉をもらいながら自分の中で一回整理して、もう一回森さんに見てもらって・・・という繰り返しをやっている感じですね。
――現段階では、新三郎をどんな人物ととらえていらっしゃいますか?
柳下:多分、普通の『牡丹燈籠』としてイメージする新三郎とは、ちょっと違うのかなと思います。僕の感覚だと、ストーリーの中の一人であり、リアリティのある人間、現代にも居るような男、という感じがしますね。ズルい男で、ちょっとダメなヤツというか(笑)。今時の男の子という印象を持っています。
森:お露ちゃんとかも、ドジでわがままな普通の女の子である部分があってもいいなって思ったんですよね。だから「少女漫画みたいにやってみて」とか「ここで顔が真っ赤になるパターンだよ!」とか言ってみたり(笑)。自分たちの感覚に寄せながら、人物像を深めたいと思っています。
――なるほど。森さんとしては、柳下さんにどんな期待をされていますか?
森:最初に「市川雷蔵みたいに」と言ったのは、僕が雷蔵好きだから、純粋に雷蔵みたいに男前にやったらどうなるのかなと思って伝えたんですね(笑)。でもただ「好青年」として創っていっても、あまりおもしろくないなと感じ始めて。だって、お露をその気にさせておいて、幽霊だと分かったら「ぎゃー!」ってお札を貼っちゃうんだから(笑)。ロミオとジュリエットにはなれないなと思ったんですね。
それから、稽古を見ているうちに、柳下くん自身の持っている芯の強さ、我の強さというか、そういう部分が見えてきて、違うイメージも湧いてきたんです。新三郎は浪人だけど、プライドが高くて、それ故の勝手さや臆病さ、ちょっとダメなところやカッコ悪いところがあっても、おもしろいんじゃないかと思えてきたんですね。
――柳下さんご自身の印象から、人物像を再考されたんですね。
森:稽古中に「D-BOYSのメンバーとか周りに気位が高いヤツ、誰かいるだろ。その人をモデルにやってみてよ」って言ったら、すっごく人間味のあるキャラクターになって(笑)。気が強くて、それでいて繊細なところもある新三郎像はちょっと想像していなかったので、そこは今回のとっかかりとして、大きかったですね。いまだに誰をモデルにしたのかは、分からないんですけど(笑)。
柳下:はははは(笑)!
森:そんな風に、今回は『牡丹燈籠』の世界をあまり従来のパターンに陥らずに自分たちなりに探っていきたいと思ったんです。もうちょっと現代劇として蘇らせたいなあと。だから、着物も着ていません。円朝のドラマチックな文体はわりとそのままに残していますが。
柳下:言葉といえば、僕、今回森さんに言われて初めて「ういろう売り」をやってみたんです。役者が通るべき道を、なぜか通らないできてしまっていたので・・・。でも、今までやってこなかったからこそ、これはやった方がいいものだということに気づきましたね。言葉は、知れば知るほどおもしろいなと。
森:「ういろう売り」はリズム感も養えるし、呼吸の勉強にもなると、青山勝さんに薦められて。
人間の怖さが、怪談の本質なのかもしれない
――江戸時代に栄えた怪談は、今もいろんな形で継承されていますよね。概念的な話にはなりますが、怪談はなぜ生まれ、語り継がれてきたと思いますか?
森:僕は以前『四谷怪談』もやったんですが、共通するのは女の幽霊のすさまじさですよね。男の幽霊って怖くないんですよ(笑)。時代もあるのかなって思います。女性が今ほど市民権を得られておらず、発憤できなかったエネルギーが盛り込まれているなと。怪談で怖がるのって、女性じゃなくて男性な気がする。お岩さんという存在も、女性は「怖い」ではなくどちらかというと「悲しく」感じるんじゃないかな。
柳下:僕は・・・おばけ嫌いなんですよ(笑)。というか、幽霊というものをまったく信じていないんです。新三郎も「夢を見てるのかな」と思ったりするから、演じるにあたって、その感覚は似ている気がするんですよね。信じていないからこそ、目で見た実体のあるものを信じ過ぎるというか・・・信じてないからこそ、180度一気に変わることが恐怖につながるというか。
森:原作では、死んでしまった人が誰に殺されたか、曖昧に描かれているような節もあるんだよね。そういう部分がおもしろかったりする。円朝自身、江戸から明治にかけて生きた人だから、おばけを怖いと思いながらもどこか信じていない我々の感覚に近かったりするのかも。怖いは怖いけど、近代人としてはそんなに肯定もできないじゃないですか。だから、気まぐれとしか思えないような矛盾もあったりして、それもこのお話の魅力だなと思います。シェイクスピアもそうですが、傑作って謎があるんですよね。
――「怪談」ってその言葉の持つ湿度の高さがすごく独特ですよね。ホラーとも言えないし、怪談は怪談でしかないような、言い換えが効かない感じがします。そういう部分も意識されましたか?
森:そうですね、例えば幽霊側に怖い演技はさせちゃいけないなと。逆に怖がってくれる人の演技がないと、こういうものって成立しないんですよね。受け身側の人間がどれだけ緊張感を高められるか、そちらを重視したいです。例えば、僕が今、コーヒーを一口飲んだだけで怖がる人がいるかもしれない。一体何に怯えたのか?そういうところを突き詰めたいです。
柳下:おばけは嫌いですけど、このお話は演じていておもしろいし、他の人を見ていても楽しいです。無理に感覚を変えているわけではなくて、新三郎は新三郎のまま、怖がっているんですよね。手のひら返したみたいに。俯瞰で見ると、あんなに好きだったのに!って思うんですけど。
森:ダメな男って、役者は演じていて楽しいでしょ(笑)?「あんなに欲していたくせに、あっという間にこんなにも拒絶するんだ」という人間の怖さが、怪談の本質かもしれないね。
柳下:確かに。それは、今も時代も変わらない感覚ですよね。
――さらに、上演場所がすみだパークスタジオ倉ということで・・・。
森:この作品は、ちょっと「暗闇」にこだわりたくて。暗いとそれだけで怖くなるというか、想像力が広がるんですよね。大きな劇場だと、実はなかなか暗闇を作ることが出来ないんですよ。新国立劇場の中劇場で『四谷怪談』をやった時も、一度暗さの限界に挑戦してみたんですけど、何が行われているのかあまりにわからなくなっちゃって(笑)。でも、ここならかなり極限まで、暗くすることができるなと。
――確かに、見えないからこそ怖い、というのはありますよね。
森:大袈裟に言えば、今回の劇場は真っ暗で何も見えなくても伝わるような空間だと思うんです。そこに人がいるということが、皮膚で伝わるというか。ここでできるということが、僕の中で本当に良かったことです。むしろ、こういう空間でなければ『牡丹燈籠』はやれなかったんじゃないかなと思います。・・・大体この劇場を使うと「火とか水とか使うんでしょ?」と言われるので、絶対に使いません(笑)。
柳下:ははは(笑)。こういう劇場で、視覚だけではなくて、耳とか肌とか、空気の触感とか、匂いとか、そういうことをダイレクトに感じられるのが“生の演劇”の楽しみですよね。稽古でも実際に電気を落として、小さい灯りでやってみたんですが、感覚が研ぎ澄まされる感じがしました。
森:ちょっとしたシーンや、一見馬鹿馬鹿しいシーンにも成りうるようなことが、まっ暗闇でやってみたらすごく恐ろしいシーンになったりね。
柳下:ありましたね。観ている側からしても「なんか、あの辺で動いた」という漠然とした感覚だったり、ちょっとした物音にも敏感になったりというのは、映像では体感できないことじゃないかなって思います。
――演劇の醍醐味がつまっていますね。お二人にとって、演劇の魅力とはなんでしょう?
森:字面では想像出来なかったことが、生身の人間を通すとリアルに立ち上がってくるんですよね。現実ではあまり体験できないことやしたくないこともありますが、それを“演劇”を通してできる。ある意味、人間について、普段生きている時よりも発見できることがある。
それが演劇の魅力であり、いつまでも飽きない点だと思います。
柳下:演劇は、稽古がたくさんできるので、その役についてより追及できるし、自分が納得できるところまで約1カ月創り込むことができますからね。僕は、やっぱり稽古をやっている時間が好きです。いろんな可能性が見つかりますし、演じる人を見ているのも好き。
そこに居合わせた者が、同じ空気を味わえるというのは、演劇でしか味わえないことだと思うので、僕はそこに演劇の魅力を感じますね。
――最後に、公演を楽しみにされている方々へメッセージをお願いいたします。
森:衣装は現代服で、言葉は江戸の言葉。この組み合わせによって、お客さんの頭の中ではこの作品が再構築されるんじゃないかなと思います。演劇のおもしろさって、半分はお客さんの想像力が作ってくれるものなんですよ。そのおもしろさに繋げることができたらいいなと思っています。
柳下:登場人物の個性も豊かだし、怖さはもちろん、人間のおもしろさも感じられると思います。そして、感覚が研ぎ澄まされる劇場なので“どう感じるか”を楽しんでもらいたいです。
森:・・・「腹の底から冷え冷えするような、恐ろしい舞台」って、チラシに書いてしまったのでそうするしかないんですけど(笑)。
柳下:そうですね(笑)!
森:幽霊話というだけでなく、よく言われていることですが“本当に怖いものは人間”ということを感じてほしいですね。
◆ 公演情報
『怪談 牡丹燈籠』
7月14日(金)~7月30日(日) 東京・すみだパークスタジオ倉
【原作】三遊亭円朝
【脚本】フジノサツコ
【演出】森新太郎
【出演】柳下大、山本亨、西尾友樹、太田緑ロランス、松本紀保、青山勝、松金よね子、ほか
(撮影/エンタステージ編集部)