日本舞踊協会3年ぶりの新作、そして新たなシリーズの第1弾公演となる日本舞踊未来座『賽SAI』が、6月15日(木)に東京・国立劇場 小劇場にて開幕した。伝統芸能である「日本舞踊」の普及を目指した十代目坂東三津五郎の遺志を継ぎ、新シリーズ「未来座」を立ち上げた松本錦升(市川染五郎)に、本作に対する思い、日本舞踊のこれからなどを聞いた。
――まもなく、日本舞踊未来座『賽=SAI=』の公演が始まります。今回、テーマに“水”を掲げられていますが、これをテーマに選ばれた理由は?
まず、今回の演目の一つである『水ものがたり』をやろうというところから始まったんですが、水は、過去にも未来にも普遍的に流れ、存在するものですよね。日本舞踊も、古典と呼ばれるものがあり、新作もたくさん誕生しているものです。過去があり、現在があり、未来へつなぐものであります。常に変化し、進化し続けていく。そういうものでありたいという、希望と願いを込めています。
――具体的には、どんなところが今までの日本舞踊と違うものになるのでしょうか?
私も出演する『水ものがたり』は、常磐津の作品になりますが、歌詞に現代語を使います。『当世うき世猫』は、三味線プレイヤーの上妻宏光さんの音楽で、現代の猫を演じる作品です。『女人角田~たゆたふ~』は、以前も上演されたことのある作品ですが、古典的な演出ではない、新しい演出になっています。
このように、「やったことがないもの」という意味だけではない、新たな定義の“新作”になると思います。やったことないことだけとなると、底をつくので(笑)。
――確かに、パンフレットにも「災害」や「移民の受け入れ」など、現代において取りわけ新しいわけではないですが、古典芸能の世界ではあまり見慣れない言葉が使われていますね。
古典といっても、例えば「三番叟」のある部分の歌詞の意味が解明されたのは、ごく最近だったりするんですよ。外国の言葉だったようなんですが。なんだか分からないまま伝わっているものもあるんです(笑)。
そのように「今を生きる人間が作る作品である」ということが新作の意味でもあると思います。自分の体験や今の時代のいろんな出来事が、作品には反映されるので。今回の演目は、それが特に強調されてできるものになると思います。
――これをきっかけに、日舞に初めて触れるというお客様も多くいらっしゃると思います。
歌舞伎をはじめ「初めて観る時は、何をどう見ればいいですか?」とよく聞かれるのですが、今の時代に反して、あえて「何かを探しに来てください」とお伝えしています。何か引っかかるものが絶対にあると思います。
歌舞伎で“芝居を観る”というと、ストーリーを追うことが自然だと思います。でも、歌舞伎の1公演の間には、幕間の休憩が全部合わせて70分くらいあります。ストーリーを追うだけでしたら、70分もの休憩は持て余してしまいますよね。例えば、歌舞伎の十八番の『暫く』という演目は、「暫く~」と言って出てきたというだけの作品なので、ストーリーだけに注目すると物足りないんですよね。でも、そこに色彩を見たり、役者の声も含めた音楽を楽しんだりできるのが歌舞伎です。照明も美術も、技術として見るものがあります。仕掛けもあります。このように、いろんな見方ができるんですよね。日本舞踊も、このような歌舞伎の世界から派生して、今では独立した日本舞踊という世界になっていますので、そこに何かを見つけて、感じていただきたいと思っています。
――感じるものは、人それぞれでいいんですね。
「日本舞踊とは何か」と一言で言うのは、とても難しいものだと思います。あえて言うなら「リズムに合わせて身体を動かす」というのが、日本舞踊の唯一の定義ではないかなと思います。もちろん、作品ごとに、意味や思いがあるものでしょうけれど・・・。
今回、私が演出・振付をする『擽―くすぐり―』という作品は、約20分、ヘトヘトになるまで踊り尽くせば一つの作品になるのではないか、というチャレンジです。「分からないことがおもしろい」というか・・・おもしろければ笑っていただきたいですし、かっこいいと思っていただければありがたいです。同じものを観て、かわいいと思っていただくことも、それもまた正しいと思いますし。
――古典芸能というと、観る側にも知識がないと楽しめないものかと思っていましたが、お話を聞いて考え方が変わりました。
美的感覚は、あまり変わってない気がするんですよ。今、小顔で足が長いスタイルがかっこいいとされていますが、昔も足が長く見えるように帯を上に締めるんです。男の人は帯を下目に締める、なんてことも言われていますが、そんなことはないんです。足が細くて長いのが、今も昔もかっこいいんです(笑)。
歌舞伎の「見得」も、かっこいいと思われたから今も受け継がれている一つの型なので。ですから、新作を作る時も、古典を避けるのではなく勉強し直すことを、徹底していますね。
――斬新さや奇をてらうことが、新しいわけではないんですね。
そういう時代はありましたよ。洋楽を使って、着物を着て踊ったり。今回、上演する『水ものがたり』では常磐津ですし、『女人角田~たゆたふ~』では三味線を使った新しい音楽である俚奏楽を演奏します。『当世うき夜猫』は上妻さんの津軽三味線、『擽―くすぐり―』はドラマーでありパーカッショニストの仙波清彦さんの音楽と、いろんな色合いが入っています。
新作を創る時に思うのは、自分が観たいものを創るということなんですよね。観てくださる方々を巻き込みたい、そういう思いがあります。自分がおもしろいと思うことで、観たことがなければ創るしかないので。ぜひ、いろんな方と共有して楽しんでいただきたいですね。
――自分がおもしろいと思ったことを共有してもらえたら、楽しいですね。
そうなればいいですね。大抵は「変わった人なんだね」と思われて終わりますが(笑)。でも、それも半端でなければ何か残るものになるわけで。少し前に『氷艷』をやりましたが、それこそ「スケートを履いて六方踏んだらかっこいいだろう」と思い続けていたんですよ。言っているだけだったら「何言ってるんだ?」で終わりですが、実現できたので。本気だったと分かっていただけただけでも嬉しいなと思っています。
――『氷艷』もすごくおもしろいアイデアだなと思ったのですが、今お話を聞いていてなるほどと腑に落ちました。
あの公演では、高橋大輔さんに道明寺、二任椀久、石橋、連獅子を強引につなげたメドレーで、前半は日本舞踊、後半はアップテンポにして踊ってもらいました。後半は、歌舞伎の衣裳でスケートを脱いで踊っていただく、というところまで作って、どういう踊りをイメージされるか高橋さんに投げかけたんです。「丸々日本舞踊で踊りたい」と言われるかもしれない・・・などといろいろ考えていたのですが、高橋さんからは「ヒップホップで」と返ってきたんです。その答えは、想像もつかないことで(笑)!
古典の曲をそのように捉えるとは、新しい踊りが誕生するなと思いました。発想もしかり、踊りといい、着物の着こなしといい、日本舞踊を踊ったことがない人とはとても思えないような、すごく特別な才能をお持ちの方でした。おもしろいですよね。
――日本舞踊家とアスリートの方には通じるものがあるのでしょうか。
野球選手やサッカーのトレーナーの方とお会いしてお話をすると「体幹のトレーニングとして日本舞踊はありだね」と言われたりします。日本舞踊は汗をかくものだというイメージがないかもしれませんが、激しい踊りの稽古をすると、階段の昇降ができなくなるくらい筋肉痛になったりします(笑)。「日本舞踊はこれだけ激しく踊るものなんだ」と知っていただけるようなものにしたいですし、そういう思いを込めて踊りたいと思います。
――最後に、公演に向けてお客様へメッセージをお願いいたします。
新たなシリーズの第1弾となりますが、皆さんに知っていただかなければ次はないと思っています。ですから、たくさんの方に来ていただきたいですし、来てくださったすべての方に、私の作品で言えば人間の持つエネルギーや、全員で息を揃えて踊るかっこよさを感じていただきたいです。ぜひ“何か”を見つけ、感じに来てください。お待ちしています。
◆公演情報
第一回日本舞踊未来座『賽=SAI=』
6月15日(木)~6月18日(日) 国立劇場 小劇場
【演目】
『水ものがたり』
『女人角田~たゆたふ~』
『当世うき夜猫』
『擽―くすぐり―』
※高橋大輔の「高」はハシゴ高が正式表記
(インタビュアー/中村昌代)
(編集・撮影/エンタステージ編集部)