2022年4月6日(水)より上演される『象』。本作では、俳優の小林且弥が初演出を手掛ける。小林が、初演出の題材に選んだのは「廃業を余儀なくされたサーカス団の最後の日を描いた会話劇」。
7人の個性豊かな俳優たちが集結し、生きづらさを抱えながら、クラウン(道化師)になりたいと願い、偽りの笑顔で取り繕い続ける青年の悲哀を、サーカス団に取り残された1頭の象「アドナイ」に込めて描く。
「日常」が変わりゆく現代において、本作を上演することに、小林はどんな思いを込めたのか。そして、これまで俳優として共に舞台に立ってきた安西慎太郎と木ノ本嶺浩は、小林の演出をどう見ているのか。3人のファニーな関係性が垣間見えるトークから、真面目な作品観まで、語ってもらった。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)
演出を「今」やることを考えた上で、一番しっくり来たのがこの作品でした
――小林且弥さんが初めて演出をされるという情報が出た時、驚きとともにしっくりきたのですが、もともと演出にご興味はあったのでしょうか?
小林:何年か前から、プロデューサーさんから「演出をやってみないか」という探りがきていたんですよ。最初は「いやいや、できないですよ~」なんてやりとりをしていたのですが、そこから年月が経って、やってみようという気になりました。
実は、2020年の夏に演出をさせていただく話になっていたのですが、コロナ禍でなくなってしまって。脚本もまったく違うものを予定していて、「引きこもりの兄弟の話」をやる予定でした。今回、時期を改めて機会をいただいたことで、「廃業を余儀なくされたサーカス団の最後の日を描いた会話劇」をやることになった、という感じです。
――作品を変えようというのは、小林さんからのお申し出だったんですか?
小林:そうですね。脚本を書いてくださった齋藤孝さんと、再度できると決まった時に「どうしようか?」と話しまして。その時に、コロナ禍で時を経た中で、予定していた作品をそのままやるのは何か違う、違和感がある、という結論に至ったんです。そこで、改めて6つのプロットを作っていただきました。その中にあったのがこの『象』でした。
――この作品のどんなところに惹かれて選んだんですか?
小林:何をやるか決める段階では、まだ触りの部分しか書かれていなかったんですが1本だけ毛色が違ったんですよ。そして、大前提として僕は会話劇をやりたいと思っていたとうこともあります。ほかのプロットも会話劇にできる内容ではあったんですが、「今」やることを考えた上で、一番しっくり来たのがこの作品でした。
あったものが突然失われる、当たり前だったものが次の日になくなる。そんな物語が、今という時代に漂っている空気感にハマる気がして。僕自身サーカスを見たのはだいぶ前のことなんですが、「ちょっと怖い、見てはいけないものを覗き見る」ような感じが、デジタル社会における今と逆行する古き良き感触であり、生の舞台というエンターテインメント性とリンクするのではと思ったのが理由です。今やっておもしろいものになるように、作品を変更する選択をしました。
且弥さんと共演したことがある役者はみんな「やらないと」って言うと思う
――安西さんと木ノ本さんは、小林さんが演出に挑戦されると聞いた時はどう思いましたか?
安西:且弥さんと共演したことがある役者はみんな、きっと「そりゃあ且弥さんは(演出)やらないとなあ」「演出やって見せてもらわないと」って言うと思います。役者として関わっていた時から、且弥さんの脳内ではどんな考えが渦巻いているのだろうかとすごく気になっていたんです。
共演者である時は、一緒にシーンを作ったりはしますが、そこまで自分の考えを細かく共有する機会はあまりないんです。でも、今回は演出家さんと役者という関係なので、且弥さんの考えを細かいところまで知ることができるというのはすごく楽しいですし、且弥さんの人間としての新たな扉を我々で開けていきたいなと思っています。
木ノ本:僕は、出演できると決まった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。且弥さんは、俳優さんとしても、人間としても大好きな方なので。今の回答を聞いていても分かるように、且弥さんは一つの言葉に対して膨大な読み込み方をするんですよね。だから、共に作品作りをしていて本当に楽しいです。
――観ている側としても「小林さんが演出する」ことがしっくりきたのは間違いじゃなかったんですね。
木ノ本:本当に!
安西:そうだと思います。
――では、小林さんが選んだこの『象』という題材については、どう見ていらっしゃいますか?
安西:それぞれ感じる感覚は違うと思うんですけど、僕もこの題材は「今」やるということに対してすごく適していると思いました。
木ノ本:戯曲を読んだ時、掴みどころがない印象を受けました。掴もうとすればするほどすり抜けていく感じ。これを、今回は四方舞台で作りますから、さらにどう見えるんだろう?とすごく興味が湧きました。派手なエンターテインメントです!という提示ではないですが、人の良い側面から悪しき側面まで丁寧に描く、実験的な作品になるなという気がしています。
――文字で読んで掴みどころがない戯曲ほど、舞台になった時の面白みを感じます。
安西:本当にそうだと思います。これ、生感がなくなったらつまらなくなってしまうから、そこは本当に大事にやっていかないといけないなと思っています。
木ノ本:舞台上に乗せると、空気感が張り詰めるんですよね。なくなるサーカス団に残された「象」をどうするのか、その経緯を物語として辿ることで、空気が切り裂かれる瞬間を感じられると思うので、それを一緒に体験してもらえるのではと。
あるのは不文律のみ、あとは壊す作業をしていくだけ
――稽古場に入って、感じ方に変化はありましたか?
安西:変化というよりは、探り探り進めた感じです。キャストさんたちの身体を通して言葉が発せられると、それが新しい情報になるので、情報が足されれば足されるほど「なるほどな」と思うことが増えました。
木ノ本:物語としてのうねりを、みんなで練ってきました。この作品、一人が違う方向を見ているだけで印象が変わると思うんです。毎回の稽古で整理が進むほど、動いていくものがあって。さらに演出の且弥さんが舞台上に一緒に立って探してくれている感じがすごくするので、物語を立体的にしていく作業がすごく楽しいです。
小林:稽古場には、僕が読んだものと全然違うものをみんなには持ってきてもらわないといけないし、そうなることは予測していたので、想定どおりでした。自分がプレーヤーである時もそうなんですが、何かを掴んだ瞬間につまらなくなってしまったり、カテゴライズすることによって違うものに変容してしまう感触が、僕の中にはずっとあって。
たぶん今回も、決して分かりやすいものではないけれど、何かをこうなんだって思った瞬間に全然違うものになってしまう。だからいっそのこと、役者さんたちには芝居なんてできないし、なんでこの状況で台詞をしゃべるんだと、常に疑問を持ってもらっているぐらいでもいいなと思っています。
分からなくてもいい。ただそこに存在する。人間の肉体がある。それが動いて、何かを発する、座る。立つ。歩く。それを観ている。そういうドキュメンタリー性が、こういう作品をやる上では面白いはずで。決められた台詞があっても、その正解って何?って僕は思うんです。
台詞を間違いなく言うこと?アクセントを正しく言うこと?あるのは、基本不文律だけなんです。物語としてその最低限のことができたら、あとは壊す作業をしていくだけです。
――お話を聞いていて・・・お稽古がすごく楽しそうだなと感じました。俳優さんはみな、ご自身の演出家でもありますから、それが小林さん個人から作品全体に広がる瞬間に立ち会っているというのは、すごく羨ましいです。
安西:且弥さん、「もう(演出は)やらねえよ」とか言っているんですよ。それがもし本当だとしたら、我々、プレミアムチケットをもらっている状態ですよ(笑)。
木ノ本:僕ら、演出家・小林且弥を最前列で目を凝らして見ていますから。
小林:いやいや、やるよ。年間30本くらいやるよ。
安西:それは無理がある(笑)。
木ノ本:どこかのテーマパークで、1日4回公演とかならいける(笑)。
小林:やるやるやる。アウトレットの駐車場とかでもやる(笑)。
安西:こんなこと言ってますけど、且弥さんのもとでやるというのは、僕と嶺くんだけでなく、いろんな人が羨ましがっているだろうから、我々も気を引き締めて立たねばと思っています。
小林且弥たっての希望が叶ったキャスティング、のはず・・・?
――今回の座組は、初めてご一緒する方、る・ひまわりさん作品ではお馴染みの方と揃っていますが、キャスティングに関しても小林さんから何かご希望はされたのでしょうか?
小林:はい。希望はお伝えして、すべて叶えていただきました。
――安西さんを主演に据えられたのは?
小林:慎太郎は2020年の段階から主演をやってもらうことは決まっていたので、しょうがなく・・・。
安西・木ノ本:しょうがなく?!
小林:そう、しょうがなく・・・。
木ノ本:でも僕も、2020年の時に且弥さんから「夏に演出をやるんだよね」って聞いた時、「僕も出たいっす!」って言ったら、「安西とお前が出たらもうる・ひまじゃねえかよ」って言われたな(笑)。
小林:ほらだって、お馴染みの方って言われたし。
――安心する、という意味ですよ(笑)!
木ノ本:(笑)。僕としては念願叶った!なんですよ。こう言いながらも、ちゃんとキャスティングしてくれるから、すごいツンデレですよね。
小林:いやいやいや、しょうがなくだから・・・。
安西:・・・主演、しょうがなくってヤバいですよね。
小林:これ、ちゃんと書いておいてくださいね。主演だけ、しょうがなくここにいるんです。
安西・木ノ本:(爆笑)!!
小林:最後までプロデューサーに言ってたんです。「主演、なんとかなりませんか?」って。でも「もう告知しちゃってるからダメです」って。だから「じゃあ、象役はどうです?」って言ったんです。
安西・木ノ本:(さらに爆笑)!!
小林:象は今回、舞台には実際に出てこないんだけど、象役で彼を呼んだらいいんじゃないかって。でも「安西さん、さすがに象役はできないと思います」って言われて、そうか・・・と。で、今に至ります。
木ノ本:それはそれで観たいけど(笑)。
安西:じゃあ、象も僕でイメージしていただいて・・・。
木ノ本:(爆笑)‼
安西:でもまあ、しょうがなかったとしても、結果、僕を主演に据えてくれているわけですから。
小林:そう、結果がすべて。経緯なんてどうでもいいの。
安西:お客さんにも、見てて「この人、しょうがなく主演やってるんだ・・・」って思わせませんから。
小林:そう、でもここで言っちゃったから読んでる人には伝わっちゃうけど。「この人、しょうがなく主演に据えられた上に、こんな役なんだ・・・!」って思いながら見たら、もっと主人公に感情移入できるかもしれない(笑)。
安西:そうそう。「しょうがなく」からスタートするから、すべてが低い位置からスタートするじゃないですか。それを、「この人、しょうがなくこの役やって、こんなにいいんだ・・・!」って思ってもらえるように、がんばりたいと思います。結果がすべて!
全員:(しばし笑いが止まらず)
――冒頭で教えていただいた、「引きこもりの兄弟の話」もいつか、小林さんの演出と安西さんの主演で観てみたいですが、まずは『象』ですね。
安西:且弥さんのイメージが、確実に頭の中にあるんです。それと、我々との間にズレがあるんです。大幅にということではないし、どちらかが間違っているという意味ではないんですが、そのズレを逃しちゃいけない。その上で、僕らがそれぞれがどうその場にいたいのかがすべてだと思います。適当な感じ・・・と言ったら、イメージが悪く伝わってしまうかなあ。
木ノ本:いや、でも「適当」という言葉は、わりと適している気がする。物語を通して、この人たちがどうするのか、その見世物小屋感が大事だと思うし。
小林:僕という人間が適当なので。作品もそうなる(笑)。
安西:(笑)。ルールをしっかり守って、舞台上で適当に過ごすことができたらいいな。
木ノ本:この物語、僕にとっては「ゆるやかな自殺」なんです。
安西・小林:おお~。
木ノ本:象がいなくなって、サーカスがなくなったら、この登場人物たちにとっての行き着く先は「死」に等しいと思うんですよね。僕らにとっての演劇もそう。
小林:人生そのもののような感じだよね。だから、嶺の表現はすごく的確かもしれない。衝動的なものではないことをお見せします。「殺す」って、衝動的な部分が強い行為かもしれないけれど、物理的な意味ではなく緩やかに死んでいく・・・嶺のその言葉、いただき!
木ノ本:やった!マルシー木ノ本でお願いします(笑)!
『象』公演情報
上演スケジュール・チケット
2022年4月6(水)~4月17日(日) KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
<チケット>
イープラス:https://eplus.jp/zou2022/
チケットぴあ:
https://w.pia.jp/t/le-himawari-zo/(Pコード:511-040)
チケットかながわ:https://www.kanagawa-arts.or.jp/tc/
0570-015-415(10:00~18:00)
※おかけの際は番号をお確かめの上、お間違いのないようお願いいたします
カンフェティ:http://confetti-web.com/zou2022
0120-240-540
※通話料無料・オペレーター対応(受付時間 平日10:00~18:00)
スタッフ・キャスト
【脚本】齋藤孝
【演出】小林且弥
【出演】
安西慎太郎、眞嶋秀斗※、鎌滝恵利、伊藤裕一、伊藤修子、木ノ本嶺浩、大堀こういち
※菅原健から眞嶋秀斗に変更
あらすじ
廃業することとなった「びっくりサーカス・ノア」。
解団の日に集った団員は、今後の生活への不安や不満を口にしながら後片付けをしている。
殺伐とした空気を払拭するように、不遇の過去を持つ見習いクラウンがパフォーマンスを披露することになるのだが、サーカス団所有の象が業者に引き取られていないことが判明する。
金を持ち逃げしたオーナーとは連絡がつかず、残された団員で象の処遇を話し合うのだが・・・。