今でもよく覚えている。僕が、ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」と出会ったのは、2015年11月14日のこと。その日は雨で、これが初日は雨という演劇「ハイキュー!!」あるあるの前ぶれになることも知らず、僕は記者席でゲネプロが始まるのを待っていた。
コートを模した舞台。体育館のざわめき。キュッと鳴るシューズの音。初戦の対戦相手として出会った日向翔陽と影山飛雄が、烏野高校の体育館で再会する。その瞬間、床面に円形の光が走り、盆舞台がまわりだす。クラップが賑やかに前奏を紡ぎ、力強いストリングスの音が観客の心を刻む。何かすごいことが始まろうとしている。その興奮に、細胞が震え立つ。
オールキャストが舞台上に結集し、群唱。漫画のイラストと融合した登場人物たちのイントロダクション。キャラクターの動きに合わせてボールが飛んだり、画面が切り替わったり、デジタルアートのような映像クリエイティブに思わず歓声をあげそうになった。そして現れる黒とオレンジのユニフォームを着た日向と影山。その後、何年にもわたって継承されていく演劇「ハイキュー!!」のオープニングが僕の心を撃ち抜いた。きっとそのときの僕は、店頭に置いてあるテレビで、初めて〝小さな巨人〟を目撃した日向と同じ顔をしていたと思う。
「あんなふうになれたら、カッコいいと思った」
その憧れに似た想いが、演劇「ハイキュー!!」を追いかけるきっかけだった。
(文/横川良明、写真/エンタステージ編集部)
コート外の仲間もみんな一緒に戦っている
演劇「ハイキュー!!」の何がそんなに胸を打つのか。
原作者である古舘春一のつくり出すストーリーがすばらしいことは言うまでもない。バレーボールがしたいという想いはありながら、仲間に恵まれず、中学3年間で公式戦に出たのは1度きりという日向と、強豪校に身を置きながら、独善的な振る舞いが災いして孤立してしまった影山。理由は違えど、2人とも“独り”だった。トスを上げてくれる相手がいない日向と、トスを上げる相手がいない影山が出会い、最強のコンビネーションを築いていく。そのメインプロットと、2人を取り囲むチームメイトや好敵手のストーリーに、何度も沸いて、何度も泣いた。
演劇「ハイキュー!!」は、そんな原作のスピリットをしっかり受け継ぎ、ひとつひとつの演出に原作の理念を宿らせたことが美しかった。たとえば、おなじみのリフトを用いたスパイクも、ああやって仲間たちの手によって高く持ち上げられることで、自分だけの力では飛べない、だけど仲間と一緒なら飛べる、つまり「おれ独りでは決して見ることのできない景色/でも独りではないのなら、見えるかもしれない景色」という原作の根幹を鮮やかにビジュアライズした。
試合シーンの緊張感は、まるでコメカミに銃を突き立てられているみたいだった。俳優たちの目の覚めるような高いジャンプ。コークスクリュー、側方宙返りといった高度なアクロバットも試合の華だったけど、僕がそれ以上に好きだったものが2つある。
1つめがダッシュだ。試合中、俳優たちは舞台の端から端までを一直線によくダッシュした。あれだけ走ったら相当体力が削られるはず。だけど、俳優たちはそんなことに躊躇する様子なんてまるで見せず、コート上を駆けるように舞台上をダッシュする。単純な動きだけど、そのダッシュに絶対にこのボールを落とさせはしないという勝利への執念が溢れ出ていた。
そしてもう1つが、コート外の仲間も共に戦う姿だ。演劇「ハイキュー!!」ではブロックやレシーブなどバレーの基本的な動きを取り入れつつ、100%バレーの動きを再現しているわけではない。ダンスをはじめとした演劇らしい動きで試合の流れを象徴化し、エンターテインメントへと転換していた。その中で多く見られたのが、コート上の6人以外、つまりベンチにいる控えの選手や顧問、コーチも一緒に選手とジャンプをする場面だ。というか、コートとベンチを明確に区切らず、スタメンの選手と控えの選手が混ざり合っているミザンスも多かった。
決して写実的とは言えない。でも、演劇というフィクショナルな世界だからこそ、そうした動きも違和感がなかったし、むしろ原作でもたびたび感じられた「コート上にいるプレイヤーだけが戦っているわけではない。補欠も顧問もコーチもマネージャーも一緒になって戦っているんだ」というマインドが、ウォーリー木下の演出からは伝わってきた。演劇「ハイキュー!!」を観るたびに、僕も走りたい、僕も飛びたいと、体から破裂しそうなマグマが噴き出すのは、舞台上にいる全員が本気で戦っている姿に感化されていたからだと思う。そのシンクロ感が増幅装置となって、劇場という空間に今にも爆発しそうな熱の渦を生み出していた。
俳優たちが生きた、もうひとつの青春
どの公演もそれぞれに良かったけど、個人的なベストゲームを挙げるなら、1つ目は〝勝者と敗者″。影山と及川 徹の因縁を軸に据えつつ、各キャラクターの成長が彩り豊かに描かれた。集中攻撃を食らった田中龍之介のセルフビンタ。正セッターのポジションを奪われた菅原孝支の強さと優しさ。そして、初めてウォーミングアップエリアから出てきた山口 忠のピンチサーブ。どれもこれもドラマティックで、日向にも影山にもなれない“凡人”の僕にとっては、涙腺というダムをこっぱみじんにするくらいの破壊力があった。
そして、その対となる〝最強の場所(チーム)″も同じだけの称賛を送りたいベストゲーム。ついに成功した山口のジャンプフローターサーブ。牛島若利の超高校級サーブスを返した西谷 夕のレシーブ。たかが部活と一線を引いていた月島 蛍の渾身のブロック。名場面のたびに涙が溢れ出て、目元が焼けるくらい痛かった。
これだけ〝勝者と敗者″と〝最強の場所(チーム)″が圧倒的な強度を誇っていたのも、物語としての山場ではあることはもちろん、それぞれが卒業回であったことも大きいと思う。〝勝者と敗者″では影山役を演じた木村達成と西谷役を演じた橋本祥平が卒業。〝最強の場所(チーム)″では烏野高校メンバーが一斉卒業となった。もちろん俳優自身のストーリーと物語はあくまで別。それでも、生身のエネルギーを直に浴びる演劇ではそれらが色濃く出るのも自然の理。両公演とも、何か説明しきれないパワーが俳優たちに宿っていて、その刹那性が作品そのものにも特別なエモーションをみなぎらせていた。
あの舞台上で、俳優たちはもうひとつの青春を生きている。そんな俳優とキャラクターが生き写しになるような、ある種のドキュメンタリズムもまた演劇「ハイキュー!!」の大きな魅力だった。
これが僕にとっての“大楽”だ
だからこそ、フィナーレとなる〝頂の景色・2″への期待も大きかった。〝飛翔″から代替わりした烏野高校。最初は新しいキャストを受け入れられるか怖かった。だけど、公演を重ねるごとに、どんどん愛着がわいてきて。まるで本物の部活みたいだ。先輩たちが去り、後輩たちが次の代を継ぐ。後輩たちは後輩たちの個性がありながら、変わらぬ部としての色も残っている。そうやって演劇「ハイキュー!!」を繋いできた全キャストにとってもこれがファイナルステージ。〝勝者と敗者″や〝最強の場所(チーム)″のときに降り立った特別な何かが、きっとこの最後の公演でも見られるはず。そう信じて、いの一番に大千秋楽のチケットを手に入れた。
僕にとっても別格の作品。そのピリオドを見届けた時、どんな気持ちになるのだろう。尽きない想像に胸を膨らませながら、〝頂の景色・2″の大楽を見られることを糧に、煩雑な日常をなんとか乗り切っていた。
けれど、それは叶わぬ夢に終わった。東京凱旋公演は全日程が中止。5年半に及んだ演劇「ハイキュー!!」の旅は、不完全燃焼のようなかたちで終わった。いちばん悔しいのは、間違いなく俳優たちであり、スタッフたち。その上で、観客もまたやりきれない想いのぶつけ先がわからなくて、苦い気持ちのまま紙切れとなったチケットを見つめるしかできなかった。
でも、人生とは、青春とは、そういうものなのだろう。新型コロナウイルスの脅威が世界を覆い尽くして以降、現実の世界でも数多くのイベントが中止となった。3年間部活に懸けてきて、その集大成となるはずの最後の大会が幻となった高校生もたくさんいた。思いがけないトラブルやアクシデントによって、目の前にあったチャンスが一瞬で消えてしまう。そんなことは、コロナに限らず、これからも何度も起きる。夢舞台を奪われた10代は、そう自分に言い聞かせながら、今また前へと進んでいるんだと思う。
演劇「ハイキュー!!」も、思い描いていた最後の場所まで辿り着くことはできなかったのではないだろうか。けれども、それによってこれまで全員で築き上げてきた演劇「ハイキュー!!」の価値が損なわれることは一切ない。つくり手たちは最高のものを常に目指し続けてきたし、観客もまた最高のものを常に追い続けてきた。それはまちがいなく幸せな時間だったと思うし、そう思いたい。
だって「バレーは常に上を向くスポーツだ」から。どんなに苦しいことがあっても下を向くんじゃなくて、上を向く。その大切さを教えてくれたのが、演劇「ハイキュー!!」だった。だから、悔しい気持ちはあるけれど、一個人として、上を向いて別れを告げたい。
6月9日(水)からは、アーカイブ配信が始まる。公演中止により、1度も〝頂の景色・2″を観られなかった人のために、そしてもう1度あの激闘を観たいという人のために、東京公演の映像を特別編集した“スペシャルエディション”が配信される。
最初にイメージしていた大楽とは違う。だけど、これが僕にとっての“大楽”だ。きっとまた頭の奥が痺れるくらい号泣してしまうことだろう。だから、水分と烏野のマフラータオルを用意して、パソコンの前にスタンバイしたい。家の中でひとり配信を楽しむ分には、声を出したって構わないだろう。5年半分の感謝を込めて、思い切り応援しよう。
画面の中の愛すべき選手たちへ。もっと高く高く「飛べ」と。
<6月9日10:00~配信開始>
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝頂の景色・2″
アーカイブ配信 〝スペシャルエディション〟
【配信期間】
2021年6月9日(水)10:00~2021年6月30日(水)23:59
【配信内容】
〝スペシャルエディション〟全景映像版
〝スペシャルエディション〟スイッチング映像版
【特典映像】
1:”頂の景色・2” 出演キャストによるカーテンコール挨拶
2:演劇「ハイキュー!!」スペシャルエンドロール
※特典映像は、5月9日(日)千秋楽無観客公演での生配信中止後に改めて撮影したもの
【視聴料金】
各2,750円(税込)/7日間ストリーミング配信
【チケット発売期間】
2021年6月2日(水)10:00~6月30日(水)23:59
【視聴先】
※各配信サイトの視聴方法や注意事項を必ずお読みの上、ご購入を
※生配信版の東京公演映像を特別編集した映像(公演尺はそのまま)
※どちらのプラットフォームも配信映像は同じ
【公式サイト】https://www.engeki-haikyu.com/
【公式Twitter】@engeki_haikyu
(C)古舘春一/集英社・ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」製作委員会
演劇「ハイキュー!!」の歩み
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」(2015年11月~12月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝頂の景色″(2016年4月~5月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝烏野、復活!″(2016年10月~12月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝勝者と敗者″(2017年3月~5月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝進化の夏″(2017年9月~10月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝はじまりの巨人″(2018年4月~6月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝最強の場所(チーム)″(2018年10月~12月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝東京の陣″(2019年4月~5月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝飛翔″(2019年11月~12月)
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」〝最強の挑戦者(チャレンジャー)″(2020年3月~5月)
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため東京公演を除く全公演が中止に