舞台『BIRTH』から垣間みえた俳優と演出家の本質――章平&千葉哲也のディープな対談

当ページには広告が含まれています

2020年10月10日(土)より21日(水)まで、よみうり大手町ホールにて上演された『BIRTH』は、絶賛の内に千秋楽を迎えた。シライケイタが代表を務める劇団温泉ドラゴンが足掛け5年にわたって上演し、2015年に韓国の密陽演劇祭で戯曲賞を受賞、国内外から高い評価を得た本作。

描かれるのは、詐欺に手を染める4人の男たちの壮絶な人生。出演者にはダイゴ役に梅津瑞樹、前山剛久。ユウジ役に杉江大志、玉城裕規。マモル役に後藤大、佐藤祐吾。オザワ役に陳内将、北園涼、章平と、実力派の若手俳優が揃い、演出は読売演劇大賞で優秀演出家賞を受賞した千葉哲也が手がけた。

あとは配信を残すのみとなっているが、無事に全公演を終えた直後のオザワ役の章平と演出の千葉哲也の対談が実現。芝居とは?俳優とは?を問う刺激的な内容になった。

今作は味わったことのない経験

――公演中から絶賛の嵐を巻き起こした『BIRTH』も10月21日(水)に千秋楽を迎えました。今のお気持ちを聞かせてください。

章平:正直なところ、終わった実感がないんです。稽古の段階からすべてのシーンを通す回数も多くて、ずっと本番をしているような感覚が続いたせいか、今でも気分が高揚しています(笑)。僕にとって大切な作品になったし、いろいろなことに気づかされました。ダブル・トリプルキャストも初めて。相手役も変われば、公演がない日もあり、味わったことのない経験でとても面白かったです。

千葉:コロナ禍で迎える舞台ということもあり本番までの道のりが大変でした。稽古中はマスクをしていたから皆の顔が見えない。しかも髪の毛が顔にかかることもあるから「あいつは誰だ」と(笑)。

章平:確かに(笑)。

千葉:表情が見えないのが大変でした。ともあれ、無事に終わったのでホッとしています。

――コロナ禍でのお芝居は大変なんですね。

章平:普段の舞台であれば、一緒に稽古をしていると俳優同士の距離で演技の雰囲気が分かるんです。千葉さんがおっしゃったように、マスクをしていると他のキャストのお芝居がしっかり見えなくて大変でした。その中でなんとかやり切った感覚もあるし、複雑な感情が入り乱れて・・・やっぱり、まだ実感がわかないですね(笑)。

千葉:終わった気がしないのは分かるな。これまでのように打ち上げもないしね。とはいえ、当たり前のことができない中で無事に公演が終わったから、とりあえずは「めでたし、めでたし」と言いたいよね(笑)。

章平:そうですね(笑)。本番が終わると「お疲れ様でした」とパッと解散していました。そういう意味では、この期間でしか味わえないことかもしれないですね。

章平がいてくれたおかげで、『BIRTH』の基本形が出来上がった

――章平さんと千葉さんが、俳優と演出家としてご一緒するのは舞台『BLUE/ORANGE』(2019)以来になります。

千葉:あの時は俺も俳優として演じていたから大変だったね。

章平:千葉さんはすごく台詞量がありましたから(笑)。僕は『BLUE/ORANGE』でご一緒させていただいた経験があったからこそ、千葉さんの考えていることにスムーズにすり合わせられて、僕が演じるオザワをきちんと体現することができました。同時に、オザワを掴むために、稽古でいろいろな実験をして、千葉さんに「そっちじゃないかな」と退路を絶っていただきながら自分を追い詰めて。どうやってオザワを演じるか稽古で役を固めて本番に臨むことができました。

千葉:章平が稽古の始めからいてくれたおかげで、早い段階から『BIRTH』の基本形ができあがっていました。あとは他のキャストをシーンに当てはめてミザンスをつけていくだけでよかったともいえて。ありがたかったですね。

章平:嬉しい言葉です(笑)。千葉さんの演出は、俳優として怖くもあり、ありがたいことでもあって。僕らに任せてくださる部分が多いので、いつも俳優として試されている気がします。

千葉:芝居を決めてしまうのは簡単だけど、それでは完成形になってしまう。そうすると、何ステージもこなしていくと面白くなくなるという俺の俳優としての自我が芽生え始めて(笑)。演出では、どこかで俳優を放置している部分がありますね。あくまで自分で考えなさいって。

章平:みんなすごく悩んでいましたね。
千葉:それでも、海外の演出家さんとご一緒すると「俳優は表現者なんだから、あなたたちが表現しないと手の出しようがない」と言われる。大切なのは「本人がどう演じるのか」なんですね。そうでないと俳優が存在する意味がないから、自分で悩んで芝居を生み出した方が面白いんですよ。

章平:俳優は、どうしても演じる役の答えに行き着かないといけないから、自分の中で正解か不正解のジャッジをしようとする。千葉さんが求めているお芝居は必ずしもそうではないので、僕たちの思うように自由に演じることができました。

千葉:俳優は雑念がたくさんあったほうがいいと思うんですね。ひとつの正解を求め続けるよりも、今日はこういう新しい発見があったと感じる方が面白い。稽古場で俳優たちから「どうしたらいいですか?」と聞かれたら、できるだけ「さあ?」とおどけて答えるようにしているんです(笑)。

――(笑)。千葉さんが稽古場で実際にお芝居をしてお手本を見せていると聞きました。

千葉:本当は演出家がそれをやってはいけないんです。今回はキャストの変動も激しいし、短期間だったからこそで。なので、意識の中に残像として残してもらうぐらいで、わざと棒読みをするように演じていましたね。

章平:でも、それが見事で、とても上手だってみんなで感心していましたよ(笑)。千葉さんは、何をするんだろうと思わせて観ている側の考えることと違うことをされる。そういったところが、千葉さんの演出の好きなところです。

俳優の芝居の伸びしろで演出をする

――それが今作の素晴らしさに繋がったともいえるわけですね。

千葉:僕は動きを決めて芝居を作るタイプではなくて、ざっくりとした道筋を渡して、あとは彼らの芝居の伸び代で演出をしています。それから、芝居の「間」を作ることも意識しながら演技をつけています。

章平:千葉さんの演出を受けると「間」の大事さを知ることができるというか。本作ではあえて演じない「間」の大切さを勉強させていただきましたね。といっても、客観的になると、あのシーンは演じないといけないのではと思ってしまうんですよね。

千葉:だから芝居の「間」って難しいんだよね。例えば今作だとふたりが着替えながら台詞を交わすシーンがあるよね。俺は「喋らなくていいから、ただ着替えていればいいな」と思うんです。そこにいてくれるだけで「間」が生まれるし、お客様に芝居が分かってもらえると信じているんですね。

――お話を伺っていると、チームごとにあえて違いが生まれたわけではないんですね。

千葉:彼らが自主的に演じていたからチームごとに違いが明確になったと思います。シーンは同じでも、章平が人を憎んで葛藤することと、陳内将、北園涼が人を憎むのでは確実に違います。それでも、それぞれの芝居としての線路が繋がっていれば今作は大丈夫だと思っていました。

――オザワは、本作のキーマンだと思いましたが、演じる上で気をつけていたことはありましたか。

章平:やはり、稽古場でいろいろな失敗を重ねられたのが大きかったです。千葉さんも「稽古の段階で失敗してください」とおっしゃっていたので、とにかくチャレンジしてオザワを作ってもらいましたね。

千葉:最初のオザワの長台詞のシーンなんかは、リモート本読みの時にみんなとても怖い感じで読んでいて。「湯上りしてすぐに冷めてしまう感覚で演じてもらえますか」と伝えました。オザワは怒りが持続しない男だったりするからね。

章平:怒りが続く人間ではないですよね。千葉さんの的確な役への認識があるから、僕は千葉さんがつけられるミザンスさえ守っていれば、なにを演じてもオザワとして成立すると思っていました。

脚本のシライケイタが驚いて感心した演出

――ダブル・トリプルキャストで楽しかったところや難しかったところはありますか。

章平:僕は稽古の最初からいたので、陳内さんと北園さんが稽古場に来た時は新鮮でした。自分の役を外から眺めることはなかなかできないですよね。2人の動きでオザワのことをさらに深く理解できたというか。役を客観的に眺めることができたのは良かったです。でも、同じ役を見つめているとどこかしら役の印象が記憶に残って、僕の中で正解か不正解か迷ったりすることもあって。それは演じる上で難しかったかもしれませんね。

千葉:トリプルキャストであれば、3人にしゃべらないといけないのは大変でした(笑)。もちろん他のキャストもいるから稽古量もあって、かつコロナ禍という、いろいろな制約の中で仕上げなければいけなかった。それから「よみうり大手町ホール」という大きな劇場の空間をどのように活かすか考え続けました。

章平:それを意識されていろいろな斬新な演出を試されたんですね。

千葉:そう。雪が降る演出があったけど、「よみうり大手町ホール」ならではなんだよね。観劇に来た脚本のシライケイタくんが驚いて感心していたから、おそらく成功だよね(笑)。

――チームごとに特色はありましたか。

章平:まったく違いました。梅津(瑞樹)くんたちのチームは、年齢的に若いこともありますが、オザワが優位に立てる空気がありました。若気のいたりで殺人が起きて、思わず呆れてしまう感覚というか。前山(剛久)くんたちのチームは、下手をしたらこっちが殺されそうな緊張感がありましたね。だからと言ってお芝居を変えたわけではないんです。

千葉:ちなみに、どっちのチームが良かったの(笑)?

章平:(笑)。

三者三様のオザワ

――千葉さんはオザワを演じた3人をご覧になっていかがでしたか。

千葉:北園のオザワは、本当にお母さんが亡くなったんじゃないかという気さえ起こる。北園は病的な弱さを感じるんだよね。章平はどちらかというと健康的で、陳内は家で何かの実験をしていそうなクレバーな感じ(笑)。「俳優は声も顔も違うんだから、そんなに心配することはないから俺を信じてください」と言って演出をしたので、三者三様のオザワになっていたし、観ていて楽しかったです。

章平:ちなみに、俳優として千葉さんが演じたい役はありました?

千葉:どれも無理かな(笑)。お母さんぐらいなら大丈夫(笑)?

章平:それ、声の出演じゃないですか(笑)。

――千葉さんからご覧になって章平さんはどのように映りましたか。

千葉:オザワが号泣するシーンがあるのですが、最初の稽古で本気で号泣してくれたんです。その時に「彼なら大丈夫」だと思いました。始めの方の稽古だと照れがある俳優もいるのですが、章平はしっかり演じてくれた。稽古場ではお互いに恥ずかしい経験を共有することが大切だよね。俳優が恥をかいたら、それを受け止めるキャスト・スタッフがいる関係性を座組みで築かなくちゃいけない。ところで、章平っていくつ?

章平:29歳です。

千葉:まだまだいろいろな役ができると思っているでしょ。

章平:多くの役を演じてみたいですね。

千葉:それを叩き潰すのがこちらの役目かな(笑)。いろいろな役にチャレンジすることはもちろん間違いではないけれど、章平だからこそ演じることができる役が出てくるはずだよ。シェイクスピアの『リア王』で、老齢のリア王を80歳ぐらいの俳優が演じると、彼の娘たちの反乱の意味がわかると聞いたことがあって。でも、そんな境地に達した時には、終わりのシーンで末娘を抱きあげる体力がない。そうやって演じることができる役とできない役が分かるようになってくる、って。

章平:なるほど。

千葉:突きつめていけば芝居は、空間で起きていることをお客様が覗き見していることだと思う。お客様が退屈しないで、「なんだこの人?」と、覗いているような感覚になってくれたら最後まで芝居を観ていただける。

――俳優としてのあり方、お芝居の意味を感じますね。

千葉:稽古場で芝居を作って俺に見せたことがあるでしょ。それは章平が自分で作った演技を誰かに説明しているんだよね。そうすると空間が埋まらなくなる。芝居が難しいのはそこだよね。

章平:役がブレないことだけを意識していた気がします。

千葉:それはすごく分かる。たとえば現実世界でデートをしていれば、どこかでプラン通りにいかなくなる。それが面白いんだよね(笑)。芝居は結末がわかっているからプラン通りになってしまう。そうすると、ブレないから人間らしくなくなる。大切なのは、芝居をしている俳優の心が動くかどうかだと思う。それが空間を埋めてお客様を感動させる。だから章平は、上手い俳優にならなくていいと思うし、章平としてありのままの人生を過ごしていけば、演じたい役に巡り合えると思うな。

章平:ありがとうございます。

配信でもお客様に楽しんでいただけたら

――本作はまだ配信で観ることができるので、ぜひお客様に向けてメッセージをお願いします。

章平:今作は、どちらのチームをご覧になっても良さが際立っていて、とても素晴らしい作品だったと思います。ダブル・トリプルキャストでなければ経験できなかったことなので、配信でもお客様に楽しんでいただけたら嬉しいです。

千葉:どの演劇も最善を尽くしてコロナ対策をしているので、劇場に来てもらいたかった想いで一杯ですが(笑)、今作はすでに千秋楽を迎えたので、配信でも楽しんでいただけると幸いです。

(取材・文/竹下力)

公演情報

『BIRTH』
2020年10月10日(土)~21日(水)よみうり大手町ホール

【脚本】シライケイタ
【演出】千葉哲也

【出演】
ダイゴ役:梅津瑞樹、前山剛久
ユウジ役:杉江大志、玉城裕規
マモル役:後藤大、佐藤祐吾
オザワ役:陳内将、北園涼、章平

<10月21日公演アーカイブ配信中>
配信中公演:10月21日(水)12:30/16:30

12:30公演組み合わせ:前山剛久、玉城裕規、佐藤祐吾、陳内将
16:30公演組み合わせ:梅津瑞樹、杉江大志、後藤大、北園涼
※10月28日(水)23:59までアーカイブ配信で視聴可能
詳細:https://eplus.jp/birth-st/

目次

あらすじ

取調室。一人の男が警官から尋問を受けている。男は事件の真相を語り始める・・・。
出所したばかりのユウジは昔の経験を活かして、ある『商売』を始めることを思いつく。
裏社会の商売を助ける仕事をしているオザワの元を訪れ、必要な場所や道具を手に入れたユウジは昔の仲間であったダイゴと、ダイゴの友人であるマモル、オザワと共に「商売」を始めることに。
それぞれの事情を抱えた男たちの選んだ仕事、それは「オレオレ詐欺」。
愛を求め、運命に翻弄される4人の男の物語――。

【公式サイト】http://birth-stage.com
【公式Twitter】@parcostage

<span style=”color: #cccccc; font-size: 8pt;”>(C) シライケイタ/ BIRTH製作委員会</span>

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

エンタステージは、演劇初心者からツウまで、演劇に関する情報、ニュースを提供するサイトです。サイトを訪れたユーザーの皆さんが、情報をさらに周囲に広めたり、気になる作品や人物などを調べたり・・・と、演劇をもっと楽しんでいただける情報を発信していきたいと思います。

目次