2020年7月15日(水)より東京・下北沢「劇」小劇場にて、『グッドディスタンス』―風吹く街の短編集 第一章―が開幕する。本企画は、本多劇場グループのオーナー・本多一夫を父に持つ本多真弓氏が、“少人数かつソーシャルディスタンスを保った空間”で作り手も観客ものびのびと演劇を楽しんでもらいたい、と企画したもの。
少しずつ劇場が再開しているが、以前のように作り手も観客も安心して楽しめるようになるには、まだまだ時間がかかる。そこで、客席は間隔を開け、上演時間は約40~60分。1日を4団体でシェアし、公演を行う。
本多氏の呼びかけに集ったのは、外波山文明(椿組)、オクイシュージと久ヶ沢徹、小松台東(瓜生和成、松本哲也)、小宮孝泰と和泉妃夏、みやなおこ、大谷亮介の6組。みな、「劇場で演劇をやりたい」という強い想いから、それぞれの作品を持ち寄った。
今回、稽古場取材に入ったのはオクイシュージと久ヶ沢徹の演目『箪笥』(作・演出:オクイシュージ)。オクイは、今回のために、14年ほど前に打った公演、コントのような芝居シリーズ『脳内DISCO』第2弾で久ヶ沢と取り組んだ1本をリメイクした。
あることから、箪笥に閉じこもることになった男二人。どうしようもない状況の中、横道に反れたり、斜め上をいったりする内容で、二人は不毛な会話を続けていく。果たして、外の状況は?二人はどうなってしまうのか?
どこまでが台本どおりなのか分からない久ヶ沢の話に、オクイが思いっきり破顔する。それに釣られてこちらも気持ちよく笑う。どこかに飛んでいってしまった話を進めるべく、神の声(プロンプ)が飛ぶことも・・・。
通し稽古では、60分をちょっとだけオーバー。二人は「99%台本どおりにやっている」と言うが、スタッフは「もしかしたら、一度として同じ公演にはならないかもしれないね(笑)」と舞台上で自由に遊ぶ二人を横目につぶやいていた。小さな空間で、手練の俳優二人がこそこそと話をしている。ただそれだけ。ただそれだけなのに、10秒に1回はブハっと笑うのを我慢しきれない。
「内容は、ほぼほぼ“久ヶ沢徹サマーカーニバル”です」というオクイに、「僕は言われたとおりのことをやっているだけです。オクイさんという料理人が上手に調理してくれるんですよ」と答える久ヶ沢。そんなやりとりが、ただただ愛しく感じられる時間と空間だった。
オクイは、コロナ禍で演劇も緊張状態にある今だからこそ「逆に、緊張感のないものにしたかったんです。観てくださる方に肩の力を抜いて笑ってほしいなと、楽しいことを伝えた方がいいなと思ったんです」と語る。出演者は多くても二人まで。自分は一人芝居を書くタイプではないし・・・と思ったオクイの脳裏に、真っ先に浮かんだのが久ヶ沢だった。
打診を受けた久ヶ沢は、何故かゲラゲラ笑っていたという。なんと久ヶ沢は、この時期にオクイが自分とやりたいと思うとしたらこの『箪笥』という作品だろうと予想していたのだ。「俺は孫請だから何を言われても断れない(笑)」と言う久ヶ沢だったが、オクイの作品の中でも印象的だったのだろう。
下北沢「劇」小劇場は、本公演で約3ヶ月ぶりに再開する。日々刻々と変わる新型コロナウイルスの影響がある中で、なかなか積極的に「劇場に来て」とは言えない。配信演劇など新しい形も生まれる中、劇場はどうあるべきなのか。演劇人たちは模索している。
「今、増えてきている配信は怪我の功名のようですが、観ていただける機会を増やすこともできる。遠方の方や今は外に出るのが怖いと思う方も観てくださるかもしれない。だから演劇に触れる一つの手段として、今後も手段として残っていけばいいと思います」とオクイ。久ヶ沢にも、あなたにとっての“劇場”は?と聞いてみると、「激ムズ大喜利だなぁ・・・(笑)」と苦笑いしていると、オクイが「ジムでしょ」とツッコむ。久ヶ沢が「それいいね、俺が言ったことにして(笑)」とらしいやり取りが続いた。
二人の演目は、チケット発売と同時にほとんどチケットがなくなってたそうだ。「(チケットの売行を見て)たくさんの方が、劇場再開を待っていてくださるんだなと感じました」と本多氏。
一方で、コロナの感染拡大状況の影響か少しキャンセルも出ているという。もちろん、観客が選択をするべきことだ。オクイは「きっとしばらくの間は、こういう状況が続くかと思います。劇場は危ないのではと感じていらっしゃる方もいるかもしれませんが、ガイドラインを守って慎重に安全対策を練っているところもたくさんあります。だから、お客さん側も、劇場や制作者を選んで行ってほしいですね。僕らは劇場で待つだけです」と現状に身を委ねる。
久ヶ沢も「我々も万全の対策をとっていきます。劇場に来てくださる皆さんはきっと思い切って決断されたでしょうから、劇場にいる間はなんとか安心して楽しんでいただけるようにがんばりたいと思います。道中気をつけて」と呼びかけた。
短い準備期間だったというが、手練の役者たちは生き生きと舞台に立つ。外波山は上演回数300回を超える一人芝居『四畳半襖の下張り』。小松台東は、なんと「せっかくなので新作をやりたい」と1週間前に『旅立て、小松兄弟』を書き下ろした。小宮と和泉は『パシリとプッツン』と落語~と二人芝居と落語とトークを組み合わせ、みやなおこは『Bridge』『さそりの火』の短編2本で一人芝居に初挑戦。大谷は小説家・原田宗典の『彼女の人生の場合』を劇的人生劇場として上演する。
インタビューの中で、オクイがぽつりと言った。
「僕らのようなベテランは、劇場で、生でお芝居をやること以外やりたいことがないんですよ」
たぶん、観客の中にも同じ気持ちを持っている方がたくさんいるだろう。
本企画は、8月末に小劇場 楽園で第二章、9月末に本多劇場で第三章の開催が予定されている。例え客席を半分以下に減らさざるを得なくとも、同じ時間と空間を共有する劇場でしか生まれない、演劇の醍醐味。約3ヶ月ぶりに開く劇場では、丁寧に、慎重に準備をして、役者と観客の訪れを待っている。
『グッドディスタンス』―風吹く街の短編集 第一章―は、7月15日(水)から7月19日(日)まで東京・下北沢「劇」小劇場にて上演される。
【公演詳細】https://db.enterstage.jp/archives/3936
【公式サイト】https://www.gooddistance.net/
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)