11月2日(水)に、東京・世田谷パブリックシアターにて本公演初日の幕を開けた『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』。イキウメの前川知大が、日本で語り継がれて来た不可思議な物語をモチーフに2009年より上演してきた「奇ッ怪」シリーズの第三弾だ。
今回の原作は民俗学者・柳田国男が遠野盆地から遠野街道にまつわる民話を集め、それらを収録した「遠野物語」。第一弾の『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』では、古典の怪談を現代に置き換え“語る”こと、第二弾の『奇ッ怪 其ノ弐』では、死者から語られる言葉を“聞く”ことがテーマとなっていたが、第三弾となる本作では“物語そのものの成り立ち”に登場人物たちが迫ってゆく。
あるいは“未来”なのか・・・現実から少しずれた架空の“日本”が舞台。ここでは社会の合理化を目指す「標準化政策」により、すべてに「標準」が設定され、逸脱するものは違法とされている。作家のヤナギタは、東北弁で書いた散文集を自費出版したことで任意同行を求められ、彼の著作を法に触れる“迷信”とする当局と、学者・イノウエから取り調べを受ける。そこで語られるいくつかの“物語”。時と場所とが交錯する中、ヤナギタは東北弁の青年・ササキとともに、遠野へ向かい、不思議な体験をすることとなる―。
作家・ヤナギタ役の仲村トオルは、どこか飄々とした佇まいで作品を牽引。当局からの取り調べも、遠野で体験する不可思議な出来事も自然に受け容れ、達観した様子で存在するさまが面白い。幾重にも重なる役の構築をしているからこそ、ラストシーンの台詞がより深く胸に刺さった。
東北弁を喋る青年・ササキを演じる瀬戸康史は、近年テレビドラマで見せた変わり者の明治人や、イマドキの若者、繊細なビジネスマンの姿が嘘のように、東北の地で不思議なことに囲まれて生きてきた村人を好演。線は細いのだが芯が太い人物像を魅力的に立ち上げた。
また、イノウエ役の山内圭哉は、己の良心と学問、良識との狭間で逡巡する学者の姿をリアルに魅せ、ササキの祖母・ノヨ役の銀粉蝶は、抜群のユーモアセンスで場の熱量を上げていく。全員が現実の世界に生きるキャラクターと「遠野物語」で語られる不思議な逸話の登場人物たちを演じ分けるのだが、その切り替えが非常に巧みで物語の世界に引きこまれる。
血が噴出したり、残虐な場面が語られるわけでは全くないのだが、日本の民話特有のぞわっとした怖さと、すべてが「標準化」され、自由な物言いが出来ない世界の恐ろしさとが相まった『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』。ふたつの恐怖と俳優たちが生みだす可笑しみとが混在する不可思議な世界観を、ぜひ劇場で体感して欲しい。
『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』は11月20日(日)まで東京・世田谷パブリックシアターにて上演中。その後、新潟、兵庫、岩手、仙台にて公演あり。
(撮影/細野晋司)
(取材・文/上村由紀子)