東京・自由劇場で上演中の劇団四季『壁抜け男』。『シェルブールの雨傘』などで知られる作曲家、ミシェル・ルグランが楽曲を紡いだフレンチミュージカルだ。
9月27日(火)の初日を前に、同劇場にて行われた公開ゲネプロの模様をレポートしたい。
舞台は1947年のパリ。戦争が終わって平和な日常を取り戻したこの地で、デュティユルは郵政省の苦情処理係として働いている。ある日の夕方、仕事を終えたデュティユルが帰宅すると、いつもと少し様子が違う。なんと彼は、自由に壁を通り抜けられる“壁抜け男”になっていたのだ。
突然“壁抜け男”になってしまったデュティユルは戸惑い、平凡な役人として普通の人生を生きたいと嘆く。が、職場に赴任してきた横暴な上司を“壁抜け男”として撃退したことをきっかけに、彼の心情にある変化が起きる。壁抜けの力を使い、怪盗“ガルー・ガルー”として恵まれない人々にパンや宝石を与えるデュティユルの行動は、パリの街でポジティブな噂となって広まっていく。
デュティユルは、同じ町に住む薄幸の人妻・イザベルへの恋心を募らせているのだが、なかなかその思いが伝わらない。ある日、銀行の貸金庫室に忍び込んだ彼は、捕まえに来た警官達にマスコミを呼ぶように要求するのだが―。
東京での上演は約2年振りとなる『壁抜け男』。自由劇場という濃密で凝縮された空間に、非常にフィットする“大人のミュージカル”だと改めて感じた。
デュティユルを演じる飯田洋輔は、本人の意思とは違うところで“壁抜け男”になってしまった哀愁と、その力を人々のために活かそうと、怪盗“ガルー・ガルー”となって軽やかに活動する心情の変化を巧みに魅せる。2年前に同役を演じた時と比べても、役の造形や細かな表現に明らかな深化が見えるのが頼もしい。
デュティユルが恋する薄幸の人妻・イザベル役の鳥原ゆきみは、美しいソプラノでファンタジックな物語に花を添え、部長や検事等、権力サイドのキャラクターを主に演じる高井治は『オペラ座の怪人』ファントム役でも聞かせた深みのある美声と、どこか可笑しみのある演技とで作品に厚みを与えていた。
また、アルコールに依存する医師や囚人等、コミカルな役柄を担当する明戸信吾は、ちょっとした表情や細かい動きで劇中に笑いをもたらし、長らくこの作品に関わってきた佐和由梨、有賀光一、澁谷智也、そしてベテラン・川原洋一郎らの実力派キャストが、しっかり作品を支える姿も印象的だ。
今回、約2年振りに本作を観劇し、ミシェル・ルグランのスコアの素晴らしさと、その音符に、これ以上ないレベルで的確な日本語をはめた訳詞、そして楽曲に役の人物の感情をきっちり乗せ、音と言葉とを120%のレベルで客席へと届けた俳優陣のポテンシャルに改めて胸打たれた。細かい演技のキャッチボールも小気味良い。
デュティユルが歌う「人生は素敵、人生は最高」に込められたメッセージが、あたたかい音の響きとともに、劇場内に優しく広がるミュージカル『壁抜け男』。人生や普段の生活に、ちょっとした疲れを感じている大人にこそ観て欲しい秀作である。
劇団四季『壁抜け男』は2016年11月13日(日)まで、東京・自由劇場にて上演中。
※文中のキャストは筆者取材時のもの
(取材・文/上村由紀子)