めくるめくオーラを放ち、一世を風靡する人気を誇りながら44歳で引退。その後、50歳でバレエ・ダンサーとして奇跡の復活を遂げたアレッサンドラ・フェリ、そして数々のバレリーナから相手役に望まれて世界的に活躍し、演技を成熟させてきたロベルト・ボッレ。この二人の”レジェンド”を中心に豪華ゲスト9人を加えた『フェリ、ボッレ&フレンズ』が7月31日(水)より東京・文京シビックホールにて上演される。
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同公演にただ一人日本から参加するのは上野水香。日本人女性ダンサーとしてただ一人、ベジャールの「ボレロ」の中央のソロ、“メロディ”を踊ることを許されていることでも知られており、長い手足を優雅にかつはつらつと使って気品があり情感豊かなバレエを見せてくれる、日本を代表する国際的ダンサーの一人だ。今回はそんな上野に、本作への意気込みを聞いた。
――今回の公演ではベジャールではなく、ローラン・プティの「ボレロ」を踊られますね。
はい、この作品は昨年の「ジュエルズ・フロム・ミズカII」で初めて踊りました。いつも慣れ親しんでいる、自分の中でもう身体に入っているベジャールの「ボレロ」とは全く違う趣向の、パ・ド・ドゥつまり男性と女性の2人の踊りで、全く同じ曲に合わせて、たった二人でつくる舞台です。ベジャールの方は1人の踊りだけれど周りがついていますが、2人きりなので非常に大変ですけれども、その中で男女の間の感情の駆け引きとか、ニュアンスとか、二人が影響し合っている感じとか、そういうものがすごく表現されていて、プティらしいちょっとおしゃれな感じとか、いろんな要素があるんです。最終的にルイジ(・ボニーノ、プティ作品の指導者)が言うのは、最後は男女の愛が昇華するんだ、ということです。だからあれは愛の表現だということを意識して踊れれば、素敵な作品になるのかなと思います。
――昨年は東京バレエ団の柄本弾さんと踊られて、今回はマルセロ・ゴメスさんと踊られますね。
そうですね、ゴメスさんはラテンの方なので非常に情熱的な演技をされます。それでこちらも触発されるというか、すごく色っぽくて。去年とはまた違うものになると思うので、すごく楽しみです。
ローラン・プティの振付けはすごく若い頃から踊っていて、私に振付けていただいた作品もあります。皆さんにプティ作品はすごく向いていると言われます。水を得た魚のようになれるというか、のびのびと自分らしく、自然体で踊れると思います。「ボレロ」も、ベジャール版はもう自分の身体に入っていて、すごく完成度の高い芸術作品だと思うのでとても大切なのですが、それとはまた別のプティだけにある感性とか、とても素敵な作品なので、ずっとプティ作品を長年踊ってきてそのスタイルなどは自分の中に入っているので、それを生かして踊ることができるのがいいですね。
去年プティの「ボレロ」を踊ったきっかけは、長い間踊りたいと思っていたのですが、というのはプティさん本人が私に踊らせると言っていたのに、実現せずに亡くなられてしまったんです。それで去年自分のガラ公演をする時にルイジに聞いてみたら、とても良い案だと言ってくれて。初演の二人が踊って以来誰も踊っていないので、またやるといいってすごく喜んでくれました。
ゴメスさんとの共演は去年が初めてで今回が2回目なんですが、素晴らしいパートナーで、どんな女性もみんな彼と組みたい、彼は素晴らしいパートナーだと言います。非常にサポートもうまいし、良い意味で女性をたててくれる。ご自身すごく魅力的で、能力も高いダンサーなのに、惜しげもなく女性をたててくれるという、器量ですね。素晴らしい方です。
今回の公演で踊るもう1つの作品、「リベルタンゴ」は2012年頃の初演の時にすごく喜ばれて、またやって欲しいと言われて。2014年の「ジュエルズ・フロム・ミズカ」をやったのは、この「リベルタンゴ」を見た舞台監督が「ミズカバレエをやって、またこの作品をやろう」と言ってくださったのがきっかけだったんです。
最終的に2014年の「ジュエルズ」では「リベルタンゴ」はやらなかったんですが、昨年の「ジュエルズII」ではやはりきっかけとなったこの作品でしめたいなと思って、ゴメスさんなら絶対似合う!と思ってお願いしたら、やっぱりすごく似合いました(笑)!すごくかっこ良かったです。それで今回はまた客層が違うので、違った方々にまた見ていただきたいと思っています。ちょっと他の作品とはかなり趣向が違う感じですけど、喜んで頂ければいいなと思います。
――この公演に出ることになったきっかけは?
ボッレさんとは何度か一緒に仕事をしていて、イタリアでの「ボッレ&フレンズ」に呼んでいただいて踊ったこともありますので。
――本公演のみどころを教えて下さい。
今回の公演では特に、フェリさんが舞台に立ってくれることが非常に嬉しいです。私が初めて海外のガラ公演に呼ばれてゲストで出た時にフェリさんがトリで「カルメン」を踊られて。
「ローラン・プティ・グラン・ガラ」という、全てプティの作品だったのでプティ版の「カルメン」だったのですが、非常に感動的で、その時からファンなんです。私はまだ19歳ぐらいだったんですが、すごくアドバイスをして下さったり、フェリさんの稽古場で一緒に練習させていただいたり、いろいろお世話になりました。彼女も憶えてくれているし、単純にファンなんです。だから彼女が出てくれることが非常に嬉しいですし、あれだけのアーティストはいないって今でも言い切れるぐらい、偉大だと思います。そういう方の舞台を見られる。「マルグリットとアルマン」などは大役なのでたっぷり見られます。
Bプロの方はノイマイヤー作品が中心ですが、ノイマイヤーは本当に偉大な振付家で、彼の作品をいろいろ見られることは非常に価値があると思うので、それぞれのプログラムに見どころがあると思います。
――上野さんがバレエを始められたきっかけは?
5歳の時に幼稚園の学芸会を見た近所のおばさんが母に「絶対向いているから」と言ったのがきっかけで、母が私をバレエに連れて行ったのが始まりでした。そんなふうに何気なく始めたんですが、すぐに脚がすごく上がって先生がびっくりして、母に前にもどこかでやっていたのか聞いて、初めてだと言うとさらに驚かれたそうです。その瞬間に母は「これは才能がある」と思って、私のバレエのために本当に一生懸命やってくれました。
自分ではその頃のことは全然憶えていないのですが、小学校に上がってからは学校よりバレエの方が好きだと思うぐらい楽しかったです。踊ることも、舞台に上がることも好きでした。特にバレリーナになりたいと思うわけではなく、ただ楽しいからやっていたのですが、ただローザンヌのコンクールだけはすごく憧れていて。毎年テレビでやる決勝を見ながら、ボーリュ劇場で踊ってみたいな、ローザンヌに出るのは15歳からだから、中学3年生になったら先生に頼んでみようと思っていたら、ちょうどそのタイミングで先生が出なさいと勧めて下さったので、「出ます!」って。
でもその1ヶ月前ぐらいに膝をケガして、どうしようかと思ったのですが何とかなりそうだったので、行ったんです。だから調子もあまりよくないし、様子を見てもしだめなら来年また来ればいいやって思いながら行ったんですが、ローザンヌのコンクールはその時点で素晴らしいかどうかではなくて将来を、この人に将来性はあるのか、というところを見るコンクールなので、将来性があると思っていただけたのかなと思います。それまではただ楽しくてやっていたバレエだったのですが、あまり調子も良くない状態で行ったローザンヌでスカラシップ賞をいただいて、自分は将来バレリーナになれるのかな、じゃあがんばろうと、その時初めて目指したというか、意識しました。
それでモナコに留学したのですが、ローザンヌの奨学金はもともと1年なんです。でも2年目に入るときに校長先生が、もう1年残るなら奨学金を出すからと言ってくれて、もう1年いれば卒業できたので、残って卒業しました。その後日本に帰って牧阿佐美バレエ団に入ったのですが、日本に帰る直前にモンテカルロ・バレエ団の芸術監督マイヨーが、まだこれからカンパニーを育てていこうという頃だったのですが、進級試験の審査員をしていて、すごく気に入って下さったんです。
それで試験が終わったあと私の楽屋に来てくれて、君は絶対に僕がスターにするからうちのカンパニーに来てくれとすごく熱烈に言われたんですが、私の夢は東京で踊ることだったので、自分は日本人で、日本のお客さんに好きになってもらって、日本のお客さんに日本のバレエっていいなと思ってもらいたい、という気持ちがあって。
森下洋子さんに憧れていて、森下さんは日本であれだけ皆にバレエの良さを広めたじゃないですか。それでいて自分自身のレベルは世界級で、世界に呼ばれて行って踊っているという、あれが憧れだったので。「海外へ行ったきりはさびしい」と森下さんがインタビューで言ってたなって思って、それがすごくあったので私は日本を選んで、モンテカルロ・バレエには行きませんでした。
でもその後も海外から呼んでいただいたり、恵まれていますね。プティさんが最初に、世界のガラやスカラ座のゲスト出演を叶えて下さったんです。プティさんとは牧阿佐美バレエ団が「ノートルダム・ド・パリ」を買った時に振付指導に来られて出会いました。その頃からフェリさんとも知り合いなので、長いですね。こうしてまたここで一緒になれるというのも本当に不思議です。
――上野さんのプロデュース公演は、続けられるんですね?
「ジュエルズIII」も実現の方向で行きたいと主催の方もおっしゃっているので、いつになるかはわかりませんがなるべく近いうちにできるように、プッシュしています(笑)。次も見たいと言ってくださるお客様がすごく多くて、1回目をやった時も早く次をやって欲しいとすごく言われて、2回目もまた言われたので、これはもう本当にシリーズ化しなきゃいけないなと。求めてもらっているし、私自身プロデュースが非常に楽しいので、またやりたい、実現したいと思います。
私自身今回の公演や、「マラーホフ・アンド・フレンズ」、「ルグリと仲間たち」などいろんな方の名前を冠したガラに出演させていただいているので、それを見て自分もいつかやりたいなと思っていましたね。夢を育ててもらっています。
――上野さんはクラシックもモダンも、とても幅広く踊られるのですが、どういうものは合っていて、どういうものは苦労するとかあるのでしょうか。
どんな作品も良さもあれば難しさもあるので、一つ一つ全力でまっすぐ取り組んでいくことが一番大切だと思います。本番までに納得できることもあればそうでないこともあるんですが、再演を重ねるうちに納得したり、良くなってくるものもありますし、やはりいろんなことを経験するということが大切なので。もちろん自分にぴったりの苦労なく入っていける作品もあれば、時間がかかるものもあります。
ベジャールの「ボレロ」などは非常に私に合っているんですが、ジョルジュ・ドンやシルヴィ・ギエムが踊っているのですごく皆さんの理想が高かったり、だからちょっと自分に合っている、ぐらいではやはり大変なんです。でも上演を重ねているうちに、その人たちのどの良さとも違うものがだんだん自分でわかってくるし、それが出せるようになってくる。だから踊り込む意味というのも非常にあると思います。一つの作品を大切に踊り込んでいくことで、自分自身の成長につながると思うし、どんなに難題でも挑戦していくことは大事だと思います。
コンテンポラリーの振付の方は、指定とか望みが非常に濃くあるので、たまに自分というより振付家の道具のように感じてしまうこともあって非常に難しいところなのですが、でもその中でやはり自分にしかできない表現が見つかることもあるので、やはり挑戦していくことは大事ですね。
これからもいろんな作品をやっていきたいです。これまでやってきた作品も大切に繰り返し踊りたいと思うと同時に、新しいことに挑戦もしたい。あとは自分のプロデュース公演をやってみて非常に私自身手応えを感じて、こういう仕事もいいなと思って。舞台づくりとか、皆で一緒につくっていくのに携わる、踊りながら携わるということが非常に私には合っているというか、楽しかったので、そういうことも増やしていきたいですね。
――最後に、今回の公演に向けてのメッセージをいただけますか。
この「ボレロ」に関しては新しいパートナーで、全然違う自分を引き出してもらっているような気がするので、前に「ジュエルズ」を見た方も、またベジャールの「ボレロ」を見た方も、同じ曲なのに全然違う私が見られると思うので、それをすごく見て欲しいなと思います。公演自体もちろん素晴らしいと思うので、見どころいっぱいですし、Bプロの方もタンゴを楽しんで踊って、その楽しんでいる様子がお客様に伝わって、皆にもひとときちょっと楽しい気分になっていただければと思って踊りますので、ぜひいらしていただければと思います。
『フェリ、ボッレ&フレンズ』は7月31日(水)から8月4日(日)まで東京・文京シビックホール 大ホールにて上演される。演目はプログラムごとに異なる。詳細は公式サイトにてご確認を。ロベルト・ボッレのインタビューはこちら。
◆公演情報
Aプロ「マルグリットとアルマン」ほか
7月31日(水)19:00 8月1日(木)19:00 8月3日(土)13:00
Bプロ「フラトレス」ほか
8月3日(土)18:00 8月4日(日)15:00
【公式サイト】https://www.nbs.or.jp/stages/2019/ferri-bolle/
(取材・文/月島ゆみ、写真/Kiyonori Hasegawa 提供神奈川県民ホール、NBS)