2019年8月、新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演される舞台『人形の家PART2』(以下、『PART2』)。これは、ノルウェーの作家イプセンの名作『人形の家』の15年後の“続編”として、アメリカの劇作家ルーカス・ナスが打ち出した大胆な作品だ。2017年に発表されると、同年のトニー賞で8部門にノミネートされ、注目を浴びた。
元となった『人形の家』は1879年に発表され、ノラという女性を主人公に「女性の自立」を描き、その結末は社会に大きな衝撃を与えた。この“続編”では、ノラやトルヴァル、また『人形の家』には登場しなかった二人の娘の一人エミーを対峙させ、「女性の自立」のその先をさまざまな価値観にアプローチしている。今回、トルヴァル役を演じる山崎一に本作の魅力や、栗山民也の演出に対する期待を聞いた。
夫婦、家族、そして「人間」が描かれている
――イプセンの名作『人形の家』の15年後を描く、という大胆な発想の作品が、日本で初上演されます。
『人形の家』は、主人公のノラが“自立する女”に目覚めるまでの経過を、ものすごくスリリングにおもしろく描いた作品でした。僕自身は、10年前にノラの夫トルヴァルに恨みを抱えてノラを脅す男クロクスタ役を演じたことがあります。その時に演出を手掛けていたデヴィッド・ルヴォーさんが「現代の日本女性にも通じるところがある」とおっしゃっていて、自分も芝居をすることによってそれを痛感したことをよく覚えてます。
とはいえ『PART2』は独立した作品なので、『人形の家』を知らなくても楽しめますよ。まあ、知っていた方が登場人物たちの行動や考えの深さが感じられるので、あらすじだけでもご存知だと、より楽しんでいただけるのではないかと思います。
――『PART2』のどんなところにおもしろさを感じましたか?
まず、15年後という設定がおもしろい。『人形の家』は、籠の中の小鳥ちゃん・・・いわゆる“人形”だったノラが自立心に目覚めていく物語です。それが『PART2』では、15年後に完璧に自立した強い女として登場するんですよ!登場人物たちの対話バトルが繰り広げられ、意外な展開をみせていく。「そういうことになるの!?」と驚きました。
それから、トルヴァルとノラの娘・エミーの存在がすごくおもしろいんですよね。『人形の家』では語られることのなかった娘が、成長してノラと対峙する構図は魅力的です。同じ女性だけれど世代のギャップも垣間見られますし、これを書いた作家ルーカス・ナスの発想はめちゃくちゃすごい。現代的な物語ですね。
――乳母のアンネ・マリーも含め、女性3世代のジェネレーションギャップが浮き彫りになっていきますね。
そうそう。アンネ・マリーは乳母だけれどずっとノラの母親代わりだったし、ノラの子どもたちも育てあげてきました。ある意味で家族的だった3世代の対話が魅力ですね。物語の中心としてはノラとトルヴァルの夫婦の話なんですが、全体を通して家族が描かれている。それが最終的には「人間対人間」の話なんだということにとても魅力を感じて、ぜひやりたいと思いました。
――登場人物の価値観がそれぞれ絶妙に違うので、会話が刺激的です。山崎さんはどなたの考えに共感できますか?
トルヴァルですね。同じ男として彼の気持ちはすごく分かります。『人形の家』では「ノラはもうちょっとトルヴァルと対話してもいいんじゃないの?」と思っていたので、ノラが自立したことでトルヴァルがとても打ちひしがれただろうと想像していました。
それが、『PART2』を読むと、「やっぱりトルヴァルはその傷を15年も引きずっていたんだな」と実感するんですよね。『人形の家』でのトルヴァルは嫌な感じの人でしたが、もしや悪いやつではないんじゃないか?と思えてくる。台本を読みながら「トルヴァルは今もノラが恋しいのかな?」なんて考えていたんですが、読み進めるごとに「あ、そういう背景があるのね!」と分かっていくのもサスペンス的な要素があってスリリングです。
――—登場人物の会話の中で、互いの考えや関係性が見えたり、変化したり、物語を“言葉”で表現するのも「会話劇」のおもしろさですね。
それぞれが喋る自分なりの理屈を、いかにお客さんに言葉で届けるか。台詞と言葉の下に隠れた感情が違うこともある。それを同時に伝えることが大切ですね。演じる上では難しい部分でもありますが。
――夫婦のやりとりが中心なので、ご夫婦での観劇も楽しめそうです。
そうですね。観劇後の会話が生まれると思います。「もっとお互いに話をしようか」となるかもしれないし、バトルになるかもしれないけれど(笑)。また夫婦でなくとも、なにより家族の物語なので、いろんな人のいろんな部分にも刺さると思います。
良い観客は、役者だけではたどり着けないところに連れていってくれる
――共演者の方々も魅力的ですね。
すごく楽しみです。ノラ役の永作博美さんとは12年前に舞台『ドラクル GOD FEARING DRACUL』で共演して以来です。乳母アンネ・マリー役の梅沢昌代さんとは4、5本の舞台で共演していて、互いに栗山さん演出の舞台では常連なので、よく分かっています。娘・エミー役の那須(凜)さんとは初めてですが、彼女のお母さん(那須佐代子さん)とは親しくしているので、勝手に親戚のおじさんみたいな気持ちですね(笑)。エミーはとてもおもしろい役ですから、那須さんがどう演じるのか、とても期待しています。
――稽古で楽しみなことは?
栗山(民也)さんの演出ですね。この舞台は基本的に一対一の対話劇だから、演出はすごく難しい。実際に始まったら「そうか!」と思う発見がいっぱい出てくるだろうから。僕の想像では・・・去年、栗山さんが『チルドレン』という舞台を演出したでしょう?
――『チルドレン』は原発事故後の世界を描いた3人芝居でしたね。世田谷パブリックシアターほか全国で上演されました。
あれも対話劇でしたが、対話の中に微妙な気持ちの揺れがある。するとお客さんも緊張感を保ったまま、2時間の上演があっという間に過ぎてしまう。今回も同じ対話劇として栗山さんがどう演出するのか、すごく興味があります。たぶん無理難題をいっぱい言ってくるはず(笑)。「こうしてくれ」と言われたことをいかに役者が立体化させるのか・・・役者として楽しみですね。
――栗山さんとは何度も作品作りを共にされていますが、栗山さんの演出の魅力は?
「こういう発想をするのか」と毎回ハッとさせられることが多くて、勉強になっています。僕にとって栗山さんは信頼するTHE・演出家。僕という役者の半分以上は栗山さんの膨大なダメ出しで成り立っているんですよ。今回、栗山さんがこの作品をどういうふうに調理するかとワクワクしています。
――栗山さんのダメ出しで、今までで印象的だった言葉は?
それがね、思い出せないんですよ。栗山さんの演出はものすごく細くて、たとえば「舞台のここまで歩いて、で、笑って」みたいな感じなんです。上演時間3時間の芝居の場合、2時間ぐらいダメ出ししますからね(笑)。1回通してダメ出ししたら、その日の稽古が終わっちゃう(笑)。それほどいろんなところを見ている方です。いつもダメ出しされながら「あ、そういう手があるんだ」と発見しています。
――今回は4人だけの会話劇ですから、紀伊國屋サザンシアターでどう見せるのか、気になります。
栗山さんは、劇場の形態を考えつつ演出しているんです。「この芝居は大きい劇場でも小さい劇場でも観やすく作ってある」とか「この芝居はこれ以上大きな劇場でやるのはダメだ」と考えて作っている。劇場によって、合う表現、合わない表現があるんです。やっぱりプロの演出家はすごいですね。
――昨年、山崎さんも初めて舞台演出をされましたが、自分で演出をしてみて演出家に対する思いは変わりましたか?
演出家って本当に大変だなと実感しました・・・。「もっとちゃんと演出家の言うことを聞こう」と思いましたよ(笑)。今までは役者として自分のことだけを考えていればよかったんですが、演出家は決定していかなければいけないから、いろんな方面に触手を伸ばさなきゃいけない。ふと「栗山さんだったらどうするだろう」と思う時もありましたね。
――役づくりについては、栗山さんからの指示も多いのでしょうか?
いえ、栗山さんはサクサク稽古を進めていくんです。動いている時は「こうやって」「ああやって」とどんどん指示があるのでそれをこなしていくのですが、止まってダメ出しを聞いている時には「この二人の今の心情ではこういうことがあるんだから・・・」といろいろ言ってくる。でも同時に「決して強制じゃないからね」とも言うんですよ。
――説明してくれるけど、受け入れるかどうかは強制じゃないと・・・。どう捉えたらいいのか迷いそうです。
でしょ(笑)。だから役者の自主性が問われるんです。役者として、どう理解して役を作っていくかを稽古で提示して、それを見た栗山さんがまた「そうするなら、こういうふうにしよう」と演出していく。そんな役者と演出家のキャッチボールがおもしろいですね。役者は演出家の言うことを単に聞いているだけだとダメなんですよ。
――それに対して、山崎さんはどうやって役づくりをされるんですか?
事前に自分でいろいろと考えて稽古場に行き、稽古場で「違う!」と言われて、家に帰ってまた新たに考える。その繰り返しですね。自分の頭で考えていると、演出家に違うと言われた時にその場で「じゃあ、これはどうですか?」といろんな手が出せる。必ず稽古までにある程度練っていって、ぶつけています。
――とても地道で大変な作業ですが、山崎さんにとって、役者という仕事の何が魅力ですか?
何でしょう・・・演じたことが観客に気持ち良く伝えられた時が快感なんですよね。観客と共感できた時が楽しいです。舞台上にいると、観客の空気をものすごく感じるんですよ。「こちらに観客が集中しているな。あ、今引いていった」と全部分かるんです。みんなが集中していると感じる時は、本当に快感ですね。気持ちいいけれど、怖くもあります。
――怖い、というと?
演劇ってやっぱりお客さんありき。舞台上で共演者と対話している時も、同時に、自分と共演者とお客さんの三角関係ができています。役者同士は、ライバルでありながら共謀者なんです。中には良いお客さんがいて、役者を乗せてくるんですよ。芝居を観慣れているお客さんほど楽しみ方が分かっていて、お互いの相乗効果が高まると、とんでもないところまでスーッと昇天していく高揚感がある。劇場にいるみんなで芝居を創っているんですね。そこが演劇のたまらない魅力なんだなぁ。
◆公演情報
PARCOプロデュース 2019『人形の家 Part2』
【東京公演】8月9日(金)~9月1日(日) 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
【北九州公演】9月6日(金)・9月7日(土) 北九州芸術劇場 中劇場
【富山公演】9月11日(水) 富山県民会館ホール
【京都公演】9月14日(土)~9月16日(月・祝) ロームシアター京都サウスホール
【宮崎公演】9月20日(金) メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)・演劇ホール
【愛知公演】9月23日(月・祝)穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホール
【仙台公演】9月26日(木)電力ホール
【作】ルーカス・ナス
【翻訳】常田景子
【演出】栗山民也
【出演】永作博美、山崎 一、那須凜、梅沢昌代