つかこうへい幻の作品『引退屋リリー』開幕直前インタビュー!「俳優・馬場徹がいなければ、上演されることはなかった」

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つかこうへい幻の未発表作、と言われる『引退屋リリー』が、つかの七回忌にあたる今年、初めて上演される。作品の存在が明らかにされてから27年、演じられる人間が見つからず上演できなかったという難役に、つかこうへい最後の愛弟子・馬場徹が挑む。

『引退屋リリー』インタビュー

その馬場に加え、アメリカの人気テレビドラマシリーズ『HEROES(ヒーローズ・リボーン)』に、日本人としてただ一人レギュラー出演し、本作で初舞台を踏む祐真(すけざね)キキ、長年つかとタッグを組んで来た演出家・プロデューサーの岡村俊一の3人に話を伺った。

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――長年上演されなかったつかこうへいの未発表作品の上演として期待されていますね。

『引退屋リリー』インタビュー_3

岡村:未発表とはありますが、1989年に『引退屋リリー』の存在が発表されてから今までの間に、実はいろんな形で皆さんの目に触れているんですよ。似たモチーフのものが小説やドラマの断片になっているんです。つか作品って、「これって『蒲田行進曲』のなかにあった話だよね」「『熱海殺人事件』に出てくるシーンだよね」というのが別のエッセイに入っていることがよくある。今回の『引退屋リリー』も、小説やエッセイなどに紛れ込んでいったものを集約して、つかさんの考え方に乗っ取り、ひとつにまとめていったものになっています。でもまぁ、最初はどうなるんだろうなあって思ったよね。

馬場:それが率直な感想ですよね。僕も最初、どうなるんだろうと思いました。つかさんの作風は少なからず経験している中で、どう創っていけばいいのかなと模索しました。初めて上演する作品ですし、ずっとこれでいいのかなと不安はありました。でも初演ということで、今後再演する際の軸となれる作品にしたいです。「あの初演はすごかったなあ~」って言ってもらえるようにと。

キキ:初演で失敗したら恥ずかしいですよね・・・。

馬場:「あの人たち凄かったなあ~」って思ってもらいたいですよね。単純にエネルギッシュだったとか、物理的なものでいいんです。パワーを伝えないといけないという使命感みたいなものはありますね。つかさんの芝居って感情の振り幅が激しくて、一公演終わるとみんなげっそりするから・・・。

岡村:毎日、燃え尽きた灰みたいになるよね。

『引退屋リリー』インタビュー_5

馬場:毎回「明日のジョー」みたいになるんですよね(笑)。舞台上で常に気を張っていないと、その環境に置いていかれちゃうんですよ。作品を一番ちゃんと観てくれているのはお客さんなので、舞台上で一瞬でも気を抜くと見透かされちゃう。常に敏感に、発信し続けていないといけないから、すごく消耗するんですよね。

キキ:確かに・・・やってて、目の下の隈がどんどん濃くなってきた気がする(笑)。

――キキさんにとっては初舞台なんですよね。

キキ:そうなんです。映像の経験しかなかったので、舞台ってこんなに毎日稽古するんだ!というのも驚きです。やってみると、映像も舞台も演技の軸になるものは変わらないんですけど。舞台は2時間集中していなきゃいけないから疲れますけど、役者としては楽しいなって思います。今はまだ不安やプレッシャーは感じてないんですが、本番でどうなるかはわからないですね・・・。まだ舞台に立つ実感がないので、実際にお客さんの前で演じられるのが楽しみです。

――今作は「演じられる役者見つからない」と長年上演されてこなかったんですよね?

岡村:上演するなら亡くなった方への大きなイベントである七回忌しかないなと思いました。今回上演に踏み切ったのは、主人公である二階堂刑事を馬場が演じるという前提ありきです。馬場がいなかったら、上演を決断をしていないかもしれない。それは馬場の役者としての能力でもあるし、今まで一緒に作品を作ってきた信頼もあるから実現できたんです。

――岡村さんから見て、お二人の役者としての魅力はどんなところでしょう?

岡村:馬場については、こういう人ってなかなかいないんですよ!彼の凄さは、顔がいいなんて話ではなく、言葉をどのニュアンスにも曲げられるというところです。言葉の意味は一つと思っている人が多いけれど、台詞という言葉は、あらゆる方角に曲げられる立体的なものなんです。それを操る術を持つ20代の役者は日本には数少なくて、馬場がその一人であることは間違いない。そうでないとつか作品の大量のセリフを噛まずに言えないよ!馬場には、つかこうへいを租借する能力があるんですよね。ずーっと喋ってるのに2時間で1回くらいしか噛まないですから。

『引退屋リリー』インタビュー_4

キキ:私は昨日は10回噛みました(笑)。

岡村:最初はそうなるよね(笑)。お客さんって役者の頭の中を見ているんですよ。脳の中にどのくらい許容量があり、忍耐力があるかを見抜く力を一番持っているのはお客さんなんです。お客さんは基本的なミスに敏感だから、稽古でもわざと噛む噛まないをすごくチェックするんです。すると噛まないように一生懸命喋らなくちゃいけなくなる。その状態の俳優って、脳を立体的に動かしていく中で言葉が出ている・・・みたいな状態だと思うんです。その「脳力」を持つ俳優という意味で、馬場はやっぱり凄いですね。これが30代になったら別の可能性も増えるかもしれないし、40代だったらもっと老練な奥行きも出るかもしれないね。

――その「脳力」は訓練で身に付くんでしょうか?

岡村:そうだねえ・・・これは予想なんだけど、たぶん馬場は子どもの頃、部屋にこもってゲームするより、童話や大人のドラマが好きな子どもだったんじゃないかって思う。最近の子はゲームばかりやっている子が多くて、戦って敵を倒してクリアして・・・みたいなシンプルなもので遊んでるんです。そこで、この子の脳内はどうなってるんだろうと考えると、脳の中にドラマがないんですよ。でも馬場の脳にはストーリーや情景が湧いていると思うんだけど・・・合ってる?

キキ:めっちゃ探ってる(笑)。

馬場:ポケモンやったり、外で遊んだりも普通にしていましたよ(笑)。でも、まだ小さくて漢字もあまり読めないのに字幕映画をよく見ていましたね。

『引退屋リリー』インタビュー_2

岡村:字幕を読んでたのか!それは関係あるのかも・・・字幕って実は脳にいいんだよなあ。

馬場:吹き替えをあまり見たことがないんですよね。セリフが分からないなりに、一生懸命俳優の演技を見ていましたね。水木金土日は映画の日って決めてましたから。水曜洋画劇場、木曜映画劇場、金曜ロードショー、ゴールデン洋画劇場、日曜洋画劇場・・・。映画のない月曜と火曜は母にビデオを借りてきてもらって。毎日深夜まで洋画を観ていましたね。地上派のドラマもよく見てました。

キキ:へえ~!

『引退屋リリー』インタビュー_6

――役者としてのキキさんはどうですか?

岡村:気が強い!

馬場:(笑)。

キキ:気は強いかも・・・でも気が強くないと役者はできないですよ!

岡村:負けず嫌いというかね。罵り合うシーンでも、言い負けないですからね。でもそれは非常に重要。動けて、気風がよくて、決断力が早くて、能動的な「やります!」がないととキツい。リリーという役は難しいと思いますが、キキちゃんは会ってその日にキャスティングを決めました。

キキ:もう挑戦でしかないです。自分のスキルを上げるタイミングだなと思っています。

馬場:相手役の僕としては、少しでもやりやすい環境をつくってあげたいなと。彼女はしっかり考えている人なので、その考えを信じつつ、縁の下の力持ちのような存在でいてあげられたらいいなあ。キキちゃんがリリーを演じることは、すごく面白いと思うんですよ。彼女の口からそれが出るか!っていうものが出たり。

岡村:あるね(笑)。

馬場:台詞は決まってるんだけど、その瞬間に感じたことをリアルに表現した時に、彼女の内面からにじみ出てくるものは相当おもしろいですよ。

目次

『引退屋リリー』とは?そして、つかこうへいの作品とは……?

『引退屋リリー』インタビュー_7

――『引退屋リリー』はどんな作品なのでしょう?

馬場:リリーが父親を殺したのか?という事件が発端ではありますね。それを僕が演じる二階堂刑事が追っていくんですけど・・・でも、事件の内容って正直そんなに重要じゃない(笑)。事件に関しては、ただ「そんなことがあったんだ」くらいの感じで。

キキ:それよりも、人間関係がすごく深いことが重要ですよね。それぞれのキャラクターの関係性であったり、歴史が見えてくるとすごく面白い。

――ストーリーというより、人間を描いてる・・・と。

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岡村:単純に、笑えたり泣けたりする要素は盛り込まれてはいるんですよ。でも、つかこうへいって、単純に「喜劇です」「悲劇です」とくくられることを最も嫌がった人なんです。だから作品を通して観た時に、「これは家に帰ってゆっくり考えなきゃいけないな」「これって私の人生においてどうなんだろう?」ということをお客さんが持ち帰れることが一番重要かなと思っています。

馬場:つかさんの作品って、観客として観ていても、演出を受けていても、ドキッとすることがあるんですよ。自分の奥の方にあるちょっとしたものを抉られる感覚なんです。「確かにそうだよな」と、一瞬立ち止まって考えないといけない気がする瞬間があるんですよね。

岡村:そうそう、なんか身に覚えがあるような気がするんだよな。

馬場:みんな根本的には善良な人間なのに、ちょっとしたことで違う方に行ってしまっただけだったりして考えさせられるんです。「そんな環境にいたらそうなっちゃうよな・・・」という痛みや弱みは、どの作品でも感じますね。

岡村:これはよくつかさんから聞かされてた話なんだけど・・・飲み屋に行くと「お前たち、文化ってものはなんだと思う?」って必ず口癖のように言われたんだよ。飲み屋に灰皿と茶碗があるでしょう。つかさんはそれを指して「お前らね、この灰皿はお店のおばちゃんが“灰皿”って言うから灰皿だけど、この茶碗と灰皿、あんまり変わらないだろ?」と。「人は“灰皿”って名前がつくとそこに煙草の吸い殻を捨てられるんだよ。だけど、茶碗だと捨てられないだろ。これが文化だ」って説明をしてくれたんです。

『引退屋リリー』インタビュー_7

キキ:へえ~!

岡村:例えば「少年犯罪」だったら、少年犯罪を犯した「少年A」のことを「あいつ少年Aだぜ」と呼んで罵るけども、その子の本質は誰も分かっていないんです。名前がつくことで、本質を誰も見極めようとしなくなる。それが、どのつか作品もテーマにしていることなんですよね。本質を見極めない大衆に対して「見極めないのか、おまえら?」と問うんです。

馬場:『引退屋リリー』もまさにそんな作品ですね。

岡村:そうだね。人間っていうのは完全に一人になった時に、どこまで純粋でいられるか。どこまで悪質なのかということを問うのが、つかさんのやり方だったと思うんです。今回の作品も、実にそういう話ですね。

――『引退屋リリー』を作るにあたっては、実際につかさんが演出されていたらこうしただろうな・・・と意識されているのでしょうか?

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岡村:これは説明が難しいんだけど・・・つかさんが持っていたのは、演出論というより文学論と、人間を指導する力だと思うんです。稽古をつけるにも、人間自体の考え方や「脳」を演出している感じ。俳優の脳のなかを見抜いて「今お前はこういうふうに考えてるんじゃないか?」というのを彼が勝手に文章化する。それがつかさんの「口立て(稽古場で口頭でセリフを作っていく)」という方法だったんです。

彼の脳の中には「こういう事はしちゃいかん」「こういう風に見ちゃいかん」という基礎哲学があって、それを表現するためにはどんなに悪い言葉も使っていいし、悪い場面も作っていい。悪い部分もきちんと描かないとお客さんに伝わらないものがあるという理由でシーンを作っているだけなんですよ。そこを踏まえつつ、『引退屋リリー』は「つかこうへい」の6文字を名乗る者が考える舞台になっています。

――「つかこうへい」を身近に知る方々のつか作品、楽しみです。では最後に、観に来られる方へのメッセージをお願いします。

岡村:はい。新春のつかこうへい事務所公演は、もう40年近く新宿・紀伊國屋ホールの恒例になっているものです。そして今回は、七回忌にふさわしく華やかに作品を作り上げますので、ぜひ足をお運びください。

馬場:華やかさって大事ですね。とにかく華やかで、派手で、祐真キキが可愛く見られるような作品です!

『引退屋リリー』インタビュー_11

キキ:リリーって、可愛く見えますかね(笑)。

馬場:「いい女優だな」と思われればね。キキちゃんを観に来る方たちにも、初めてつかこうへいという文化に触れて「こんな面白い世界観もあるんだな」と楽しんでもらえるように一生懸命演じたいと思います。自分も頑張ってよかったなって思える作品にしたいです。紀伊國屋ホールで3週間、みんなで梅干しみたいにシワシワになりながら頑張るので、応援してもらえたらありがたいです。

キキ:梅干し・・・毎日なりそう(笑)!そんなとてつもなくエネルギッシュな舞台を、楽しんでいただけたら嬉しいです。

◆馬場徹(ばばとおる)
1988年生まれ、東京都出身。小学6年生の時、劇団ひまわりに入団。2006年『ミュージカルテニスの王子様』で初舞台。その後自ら門を叩き、2010年の舞台『飛龍伝2010ラストプリンセス』のオーディションでつかこうへいに見いだされ起用される。ストレートプレイに留まらず、帝国劇場開場100周年公演『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(ヘルベルト役)、ミュージカル『ザ・ビューティフル・ゲーム』(主演)など。

◆祐真キキ(すけざねきき)
1989年生まれ、京都府出身。21歳の時、アメリカ・ロサンゼルスの『UPsアカデミー(アップスアカデミー)』で演技を学ぶ。2006年放送スタートの大ヒットテレビシリーズ『HEROES/ヒーローズ』に出演。新章『HEROES Reborn/ヒーローズ・リボーン』はHuluで配信中。『引退屋リリー』が初舞台となる。

◆岡村俊一(おかむらしゅんいち)
1962年生まれ、広島市出身。演出家、演劇プロデューサー、映画監督。セゾン劇場プロデューサーを経て、1991年演劇制作会社「R・U・P」設立に参加。以降、つかこうへい作品『蒲田行進曲』『つかこうへいダブルス』などを演出。つかこうへい演出の『リングリングリング』には出演もしている。ほか、『東亜悲恋』、『あずみ』、『何日君再来』、劇団EXILE公演など。

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この記事を書いた人

高知出身。大学の演劇コースを卒業後、雑誌編集者・インタビューライター・シナリオライターとして活動。

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