演劇界の金字塔ともいわれる名作『熱海殺人事件』が、33年の時を経て、風間杜夫、平田満の名コンビで復活する。さらに今回は、つかこうへいの愛娘、愛原実花と、若手実力派俳優・中尾明慶の出演も決定し、奇跡的なキャストが集結した。演出は、つか演劇に多大な影響を受けたと言う劇団☆新感線のいのうえひでのり。多方面から注目が集まる中、稽古が始まったばかりだというキャストと演出家から話を聞いた。
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――今回はまさに奇跡的な再演ですが、稽古が始まった今のご心境はいかがでしょうか?
風間:実現した今でも驚いています。平田君とのコンビ復活、つかさんの忘れ形見である愛原さんとの共演。こんな機会は二度とない。新たなキャストである中尾君もあわせて、みんなであの熱気を再現できたらと思います。新しく何かをするのではなく、あの頃僕らが追いかけていた熱い舞台をもう一度作りたいです。この30数年で僕も平田君も経験を重ねてきたけれど、そんなテクニックなんか通用する芝居ではない。挑戦したいですね。
――平田さんはいかがでしょうか? 風間さんとの実に33年ぶりのコンビですが…。
平田:まさかこんなことがやれるわけがない!と思っていました。でも稽古に入ると、つかさんはどう思って今の光景を見てるのだろうと思ったり…(笑)。半端なことはできないって思いますね。当時の熱狂とは違って当たり前だとは思いますが、僕らが感じた熱気や面白さを伝えられたらと思います。年月を経たからこそ、やっとわかるということもあるので。でも、今観るお客さんには、素直に今の見方をしてもらいたいですね。僕たちは、この作品は時代を超えて生きている芝居だと思っていますが、観る人はどう受け取るのか。僕らはリトマス試験紙のようなものです。
――愛原さんは、こうしてお父さまの作品に参加されてみていかがでしょうか?
愛原:素晴らしいキャストと演出家に恵まれ、幸せに思います。父がちょうど、この作品を書いたのと同じくらいの年齢に私もなりました。稽古をしていると、「父は私の歳で、こんな言葉を生み出していたのか」と感慨深い気持ちになります。子どもの頃に、家で父が殺人事件などについて話していた何気ない風景や当時の面影を思い出して、父を身近に感じる幸せな時間を過ごしています。みなさんと一緒に一生懸命がんばります。
――中尾さんは最年少で歴史的作品に臨まれますが、ご心境は?
中尾:僕はもうとにかく、とんでもないところに放り込まれたな、と思っています(笑)。僕だけが、つかさんとお会いしたことがなく、接点がない。もう、いのうえさんについていくしかありません。「つかさんは人間性を全てさらけ出すことを求める人だった」と風間さんから聞いて、ケツの穴まで見せる覚悟で稽古に臨んでいます(笑)。
風間:それは全く見たくないよ!!
一同爆笑
――いのうえさんは、ご自身の劇団☆新感線の旗揚げ公演も『熱海殺人事件』だったとか…。演出をされる上で影響を受けている部分もありますか?
いのうえ:当時の新感線はバリバリのコピー劇団でした。つかさんの演劇は、いわゆる僕が演劇少年だった頃からずっと観てきたもの。当時はラジカセを持ち込んで録音とかして…(笑)。そういう時代に観たものからの影響は大きいし、思い入れも深いです。少し前から演劇関係者と『熱海殺人事件』をやりたいという話はしていたのですが、まさか稽古でラジカセを聞いていたのと同じ声が聞けるとは! 演出も、基本的につかさんの色を大事にしながら、クラシックス、ヴィンテージという感じで、80年代に一斉を風靡したあの『熱海殺人事件』をやりたいと思っています。
――風間さんと平田さんに伺います! 33年ぶりの稽古は実際どうですか? やはりその年月は実感されますか?
風間:正直33年ぶりでも違和感がないですね。平田君は、つかさんの台詞が血肉になっている人だから、どんどん台詞が出てきて…。それを聞いていると、自分もどんどん思い出してきて。すぐにあの頃の感じに戻れました。
平田:僕も時間がかかるかと思ったんですけど、稽古が始まると、スッとつかさんの世界に入れました。何年も前から身体に染みついているものがあるんだなって。ただ、やっぱり歳はとりましたね!(笑)
――愛原さんと中尾さんにお聞きします。日々この作品に触れる中で、現代を生きる若者世代の目線から見えるものや、感じることはありますか?
中尾:正直、僕はこの作品が一斉を風靡していた時代を知りません。けれど、物語において「ここがわからない」と思うところは、一つもありません。改めて色褪せない名作なんだなって痛感します。だからこそ、台本を読んで感じ取ったことを大事にしながら、今は着地点を探っているところ。日々、訓練ですね。
愛原:父は時代や、俳優さんの個性や持ち味などに合わせて、その時その時の『熱海殺人事件』を書いてきました。当時は理解できていなかったことが多いと思いますが、原本である本作の稽古を通して、理解を深めていけたらいいなと思います。
――では最後に、今回は台本がありますが、つか作品の大きな特徴である「口立て」の手法で稽古を進められているんですか?
いのうえ:普段は自分で台詞を言って、動いてみせるタイプですが、風間さん、平田さんは、元々口立てで鍛えられた方なので、どんどん台詞が出てきますし、元々この台詞は、風間さん、平田さんの肉体を通して作られたものですから、あまり僕がやる必要はありません。若者たちには、ちょっと口立てっぽい演出をつけています。
平田:いのうえ流の演出を受けてみて、30年前はガキだったなと思います(苦笑)。考えることなんてほとんどせずに、つかさんに言われるがままで、辛い体勢でも、台詞が言いにくくても、その通りにやっていました。いのうえさんは、辛そうだなと思うと動きを変えてくれます。でも、昔の癖が残っているのか、辛い苦しい状態でないと、台詞が出て来なかったりするんですよ。不思議ですね(笑)
中尾:僕は一言、一言に演出をつけてもらうことが新しい体験で、稽古はすごく新鮮で楽しいです。いのうえさんが作ってくれる道を、きちんと歩いていきたいです。
――少年時代からつか演劇に親しんで来られたいのうえさんの演出、楽しみにしています。
いのうえ:つかさんの作品には大きな魅力があります。それは、一人ひとりの人間を深く描いているところ。決して一辺倒ではない人間の多面性を描きだしている。つかさんは本当にすごい芝居を作ったと、改めて思う日々です。基本的には、つかさんの演出をそのままに、隙間があれば僕のアイディアも入れたい。オールドファンを楽しませつつ、知らない世代も面白いと感じるものを作りたいですね。
『熱海殺人事件』
日時:2015年12月8日(火)~2015年12月26日(土)
会場:紀伊國屋ホール (東京都)
作:つかこうへい
演出:いのうえひでのり
出演:風間杜夫 平田満 愛原実花 中尾明慶
<あらすじ>
「熱海で工員の大山金太郎が女工を絞め殺したという」取るに足らない事件を刑事たちがそれぞれの美学を犯人に押しつけ、何とか「捜査のし甲斐のある」「哲学的な意味のある」事件に育て上げようとする物語。木村伝兵衛とハナ子。熊田と富山の女性。そして、大山とアイ子との愛。三者三様の愛憎劇が複雑に絡みあい、哀切な人間ドラマを展開してゆく。
<プロフィール>
風間杜夫
1949年東京都生まれ。早大演劇科、俳小附属養成所を経て、1971年「劇団表現劇場」を結成。1977年以降、つかこうへい事務所『熱海殺人事件』『蒲田行進曲』などに出演。特に『蒲田行進曲』は映画化され日本アカデミー賞最優秀助演男優賞など多数受賞。舞台、映画、TVドラマ、ナレーションなどマルチに活躍するだけでなく、落語にも取り組み独演会を開くなど、実力派俳優として常に第一線を走り続けている。最近では、NHK連続テレビ小説『マッサン』森野熊虎役が印象に深い。出演作品として『正義の味方』(水谷龍二)『ジュリエット通り』(岩松了)、『国民の映画』(三谷幸喜)、『マクベス』(長塚圭史)、『今ひとたびの修羅』(いのうえひでのり)、『バカのカベ』(鵜山仁)、『しみじみ日本・乃木大将』(蜷川幸雄)など。2003年文化庁芸術祭賞演劇部門大賞、2004年読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。2010年紫綬褒章受章。
平田満
1953年愛知県生まれ。つかこうへい事務所旗揚げに参加。82年の解散まで、ほとんどの作品に参加。82年、映画「蒲田行進曲」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、01年、「こんにちは、母さん」(新国立劇場)、「ART」(松竹)で読売演劇大賞最優秀男優賞受賞。06年に、井上加奈子と共にユニット「アル☆カンパニー」を立ち上げ、定期的に公演を行っている。14年、「失望のむこうがわ」(アル☆カンパニー)と、「海をゆく者」(パルコ)で第49回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。最近の主な出演作に、映画「悼む人」(東映)、TV「デート~恋とはどんなものかしら~」(CX)、「闇の伴走者」(WOWOW)、「しんがり~山一證券 最後の聖戦~」(WOWOW)、「ドラマ10 愛おしくて」(NHK/16年1月12日よりOA)、舞台「ART」(松竹)、「父よ」(アル☆カンパニー)など。
愛原実花
東京都出身。2004 年宝塚歌劇団に入団。『スサノオ/タカラヅカ・グローリー!』で初舞台を踏み、同年、雪組に配属される。09 年、『ロシアン・ブルー ―魔女への鉄槌―/RIO DE BRAVO!!』より水夏希の相手役として雪組トップ娘役に就任。演技派娘役として人気を博す。10 年9 月、雪組東京宝塚劇場公演『ロジェ/ロック・オン!』で宝塚歌劇団を退団。退団後の出演作として、ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』(山田和也演出)、ミュージカル『私のダーリン』(玉野和紀演出)、舞台『巴御前-女武者伝説-』(岡村俊一演出)、ミュージカル『スクルージ~クリスマスキャロル~』(井上尊晶演出)、舞台『ザ・オダサク 愛と青春のデカダンス』(錦織一清演出)、映像ではNHK 連続テレビ小説「マッサン」、NHK 大河ドラマ「平清盛」等。
中尾明慶
1988年東京都生まれ。2000年にドラマ『ママまっしぐら』で俳優デビュー。翌年『3年B組金八先生』に出演し、注目を集める。現在は実力派俳優として映画、ドラマ、舞台等の作品で活躍中。代表作ドラマ、「GOOD LUCK!!」、「WATER BOYS2」、「ドラゴン桜」、「ROOKIESなど。「奇跡の人」(鈴木裕美演出)、「ライチ☆光クラブ」(江本純子演出)「七人ぐらいの兵士」(水田伸生演出)等。
いのうえひでのり
演出家。劇団☆新感線主宰。1980年の劇団☆新感線を旗揚げ以来、劇画・マンガ的世界にコンサートばりのド派手な照明と音響を用いた構成で、演劇ファンのみならず音楽ファンをも虜にする。生バンドが舞台上で演奏する音楽を前面に出した≪Rシリーズ≫、笑いに特化した活劇《ネタもの》、また、時代活劇《いのうえ歌舞伎》ではアクションとケレン味を効かせた演出にドラマのうねりをのせた独特の手法で、新しいエンターテインメントの形として“新感線”というジャンルを確立。最近の外部演出作は、新橋演舞場7月公演の歌舞伎「阿弖流為」(15年)、「鉈切り丸」(13年)、「今ひとたびの修羅」(13年)など。