つかこうへいの七回忌を迎える今年。幻の未発表作と言われる『引退屋リリー』が、2016年2月18日(木)紀伊国屋ホールで幕を開けた。1989年から作品の存在は明らかにされたものの、「演じられる役者がいない」と27年間上演されることのなかった作品だ。つか作品を長年支えてきた、演出家・プロデューサーの岡村俊一により、毎年恒例の紀伊国屋つか公演の最新作として3月7日(月)まで上演されている。
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舞台上はなにもない、黒い平面の舞台。時は1964年。マッカーサーが統治する日本の、自殺島「犬島」。犬島に渡って生きて帰ってきたものはいない・・・。しかしただ一人、リリーという女だけが島から帰ってきた。刑事・二階堂は、リリーの謎を追い始める。
主人公・二階堂刑事を演じるのは、『つかこうへい最後の愛弟子』と言われる馬場徹。つかこうへいならではの長まわしのセリフを、よどみなく、真っ直ぐに発する。「事件より、リリー、お前のことが知りたい」。リリーを追う他のキャストが大きな動きでギャグシーンなどを演じるなか、長身の馬場の体軸がブレない存在感は、ただ立っていても目が吸い寄せられる。
二階堂刑事と惹かれあうヒロイン・リリーを演じるのは、初舞台の祐真キキ。山崎銀之丞演じる映画監督に誘われ、銀幕スターとして映画のヒロインを務めることになる。しかし、犬島を守る島守人・しんのすけ(町田慎吾)や、犬島の秘密を自分のものにしようとするヤクザ・カメダ(鈴木裕樹)などに「お前がスターになどなれるわけはない」と映画の撮影を邪魔され続ける。
岡村が事前インタビューでしきりに「キキは気が強い」と言うように、祐真キキの演じるリリーもとても気が強い。言いたいことはハッキリと主張し、客席の向こう一点を睨む。心惹かれる刑事・二階堂への愛も、てらうことなく真っ直ぐに口にする。アクションシーンでは、海外ドラマ『HEROES』で「刀ガール」と呼ばれた経験を存分に発揮し、紅一点ながら迫力ある殺陣シーンを演じた。153cmの小柄な体が機敏に動き、ストレートヘアがくるりと舞う様は、まるで映画のワンシーンのようだ。
リリーを慕う幼馴染のマコト(宮崎秋人)が思いを吐露するシーンが、胸に迫る。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大好きなリリーへの気持ちを訴え続ける。
上演2時間。2016年に世間を賑わせている時事ネタを揶揄するような、軽快なギャグが飛び交う。しかし徐々にシーンは、マッカーサー、アメリカ、ベトコン、戦争、核・・・人間の生きる尊厳へと迫っていく。セットのない平坦な舞台と、たった7人の役者。その向こうに、過去に失われた多くの命が見えてくるようだ。
1991年からつかこうへいの舞台に立ち続けた山崎は「僕と吉田智則はサポートメンバーです。若い人たちが今、つか芝居をやるとこうなるんだというのを見せたい。そして、お客さんに“つか”と口にしてもらえるのが嬉しい」と、生前のつか舞台を担ってきた一人として、つか作品を上演し続けられる喜びを語った。
演出の岡村に「彼がいなかったら『引退屋リリー』は上演していない」と言わしめた馬場は「つかさんとの出会いで人生を変えていただいたので、少ないかもしれないですが、恩返ししたい。天国にいるつかさんに一言でも“お前、よくやったな”と言ってもらえたら」と述べた。
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登場人物7名それぞれの生きてきた歴史や、大切にしているものが丁寧に描かれる。彼らの人生を知るほどに、何が悪で、何が正なのかわからなくなる。
「今見えているものの本質は、何だと思う?」観終わったあと、そう、つかに問われているような気がする。
つかこうへい七回忌特別公演 新作未発表戯曲『引退屋リリー』は、2016年2月18日(木)から3月7日(月)まで東京・紀伊國屋ホールにて上演。