座付作者井上ひさしに関する作品を専門に上演するこまつ座。代表作ともいえる『父と暮せば』は、2015年7月8日(水)の公演で500公演目を迎える。6年前、井上作品を後世に受け継ぐべく社長に就任した井上ひさしの三女、井上麻矢。日本が誇る劇作家の戯曲が所狭しと並ぶ貴重な空間で、こまつ座の歴史と今の想いについて話を伺った。
――『父と暮せば』は今回の東京公演で通算500公演目を迎えるそうですが、麻矢さんのこの作品にまつわる思い入れやエピソードはありますか?
『父と暮せば』はこまつ座として21年間という年月をかけて何度もやっている作品で、いわゆる劇団の顔と言われる、ライフワークのような作品です。私自身も初演から全公演観ています。父とはあんまりべったりした関係ではなかったですが、こまつ座のファンではあったので、父が劇場にいない時に観に行ったりしていましたね(笑)。私がまだOLだった時に、父と父の作品の話になったことがあったんです。普段はそんな話は滅多にしないんですけど、「この作品を書くことによって、自分がなぜ物書きになったのか分かった」ってその時父が言っていたんですね。それだけ井上ひさしの核となる大きな作品だったんだなって思います。そんな父の言葉から井上作品の1つのターニングポイントの作品だと認識しています。
――21年で500回ってものすごい数ですよね。長く上演されているからこそ感じられる魅力ってありますか?
役者さんっていうのは生きてきた年月の中で滲み出るものが舞台にも現れるので、毎回それぞれの美津江と竹造が存在することになるんですね。このお芝居はとくにそれが強いので、何回やっても違った『父と暮せば』に出会えるんです。役者さんの色が顕著に表れる作品といっても過言じゃないですね。ある役者さんにとってはサラリと言われる台詞をある役者さんは力を入れて言われたり…。演出の鵜山仁さんも役者さんの意見をすごく尊重される方なので、そこは面白い部分だと思います。
――同じ作品でも、上演される時代や役者さんによって毎回新たな発見があるんですね。
そうなんです。作品ってね、ひとつひとつ性格があるんですよ。人格みたいに。生み出されるまではすごく手がかかるんだけど、出来上がったらみんなをすごく喜ばせてくれる子とか、最初から出来のいい子でコンスタントにみんなを楽しませる子とか、色んな子がいるんですね。『父と暮せば』は、出来たばかりの時は本当に小さな小さな赤ちゃんでした。長い年月をかけてみなさんに観て頂く中で、たくさん愛されて大きく育ててもらったような部分がありますね。愛されキャラですね(笑)
――なるほど! 今のお話を聞くと麻矢さんが作品をとても愛されているのが伝わります。こまつ座社長にご就任されてから新たに見えてきたお父さまの一面や初めて知る井上作品の魅力はありましたか?
今でこそ見えることがたくさんありますね。親子だけの関係の時はお芝居について語り合うようなことは本当になかったんですよ。自分が育っていく中で劇団が出来上がってきたので、劇場や稽古場っていうのも馴染みはありましたけど。私が中学の時にこまつ座を作る基盤が出来て、高校生の時に立ち上がってきたので、お魚屋さんの娘がお魚について人よりちょっと詳しいみたいな感覚でお芝居を肌で感じて育ってきたっていう部分はありました。でも、父の戯曲をあんまり深くは読んだことってなかったんですよ。芝居って観るほうが楽しいから。
――こまつ座に入ってからはやはり戯曲への見方も変わられましたか?
そうですね、社長になってはじめて作品は自分が扱わなきゃいけない大切な商品のようになって、ひとつひとつを深く読んで知るようになりました。その時に改めてすごい作家だったんだなって思いましたね。父は座付作家であると同時に先代の社長でもあったので、こまつ座にかける想いがとても強いものだったんだなって。そんな父から教わることは多くありましたし、自分自身でもだいぶ勉強もしました。
――そうだったんですね。麻矢さんご自身がとくにこれはお気に入りっていう作品もあったりするんでしょうか?
私は『表裏源内蛙合戦』が一番好きです! 劇団としては今年のラインナップを言った方がいいかもしれないんですけど(笑)。辛いことがあった時やこの仕事もう無理だってなった時には必ず読むようにしていて…。何かに躓いてこの戯曲の“美しい明日をお前は持っているか”という言葉を読み返すと、またがんばってみようって思えるんですね。ベッドの脇に置いてあります。
――特別な一冊なんですね。
そうなんですよ。このお仕事についてから、父が生きていたら聞きたいっていうことがたくさんあって。まさに『父と暮せば』だね、ってよく言われるんですけど。直接聞けばよかったなって思うことが出てくる度に父の戯曲を読むっていうのはこの6年ずっと続けてきたことです。そこから答えをもらってきました。だけど同時に、勉強してもしても足りないような気持ちにもなりますね。父はあれだけ勉強してたくさんの本を読んで75歳で亡くなったわけですけど、それくらい年月をかけないと理解できない部分はあるって今でも思っています。
――時を越えてそんな形でお父さまからのメッセージが隠れているんですね。以前麻矢さんが“演劇は人の栄養になるもの”って仰っていたのがとても印象的だったんですけど、井上作品を上演するにあたって、今のこまつ座が思う演劇の在り方はありますか?
演劇っていうのは時代を取り込んでこそのものだと思うんですね。とくに井上作品はそれが強いと思います。今年は戦後70年。「世界平和」とか「反原発」とかちょっと構えてしまうような傾向はあるかもしれませんが、戦争で亡くなった人だけじゃなく、これだけ人災天災が多くなる中で、大切な人を失った人たちは本当にたくさんいますよね。
――たしかにそうですよね。
そんな中で何にも巻き込まれることなく生き残っている私たちが、未来のために何ができるのか考えようよってことが私たちの戦後70年だと思うんです。それだったら全員の人が考えることができる。あんまり構えて観るんじゃなく、そんな一年間になればいいなって願いも込めた“井上ひさし戦後70年”なんですね。
――今回上演される『父と暮せば』も原爆のお話であり、父と娘の絆の話でもありますね。大切な人を想って生きているのはどの時代も同じですよね。
お芝居って観なくても生きていけちゃうので、「あれは観たからもういいや」「知ってるからいいや」ってなりがちなんですけど、今の時代に今を生きてる人が、その後を生きる大事な人たちに何を残していけるのかってことを想像するきっかけになればいいって思うんです。そして井上作品を次の世代の人にもやって頂けるために、私たちこまつ座の今がある。演劇ってやっぱりやらないと。戯曲だけでは意味がないですから。
――新しい世代に受け継いでいくということですね。
今、こまつ座はそんな未来のために井上ひさしの型を作っているところなんです。シェイクスピアもそうですけど、しっかりとした型が作られていれば、その型を崩していくことは次の世代の方々が必ずやられると思うんです。『父と暮せば』ってオーソドックスにはこういうお芝居だったよね、じゃあ今度自分たちの時代にはこういう風にやってみようっていうのが当たり前だと思うんですね。芝居って生き物だから。
――上演し続けることもそこに通じているんですね。では、最後にこまつ座のこれからの展望をお聞かせいただけますか?
様々な作品を上演する中でいつも思うのは、新作も既存の作品も人に観てもらえて初めて新しい命がもらえるということです。お芝居というのは最後はお客さんが作って下さるもので、観る人の力なしで100%成立しているお芝居は在り得ません。そして、演劇は上演し続けることがなによりの意義。これからどんな時代が来ても、そういう心持ちで井上作品を上演し続けること。それこそがこまつ座の使命じゃないかなと思っています。
★こまつ座 2015年今後の上演スケジュール
『父と暮せば』
2015年7月6日(月)~20日(月・祝) 新宿南口・紀伊國屋サザンシアターにて
作:井上ひさし 演出:鵜山仁
出演:辻萬長 栗田桃子
『國語元年』
2015年9月1日(火)~23日(水・祝) 新宿南口・紀伊國屋サザンシアターにて
作:井上ひさし 演出:栗山民也
出演:八嶋智人 朝海ひかる 他
『十一ぴきのネコ』
2015年10月1日(木)~17日(土) 新宿南口・紀伊國屋サザンシアターにて
作:井上ひさし 演出:長塚圭史
出演:北村有起哉 中村まこと 山内圭哉 他
『マンザナ、わが町』
10月3日(土)~25日(日) 新宿東口・紀伊國屋ホールにて
作:井上ひさし 演出:鵜山仁
出演:土居裕子 熊谷真実 伊勢佳世 笹本玲奈 吉沢梨絵
お問合せ:こまつ座 TEL03-3862-5941 公式ホームページはこちら