南の島に立つガジュマルの木。敵の銃弾を避けてその木に登ったふたりの兵士は、いつしか木の上で暮らすようになる。本土からやってきた“上官”と、島で牛飼いをしていた“新兵”・・・・・・ふたりは何を思い、木の上で二年という時を過ごしたのかー。
劇作家・井上ひさし氏の原案を基に、蓬莱竜太が書き下ろした『木の上の軍隊』が三年振りに上演される。初演に続いて上官を演じる山西惇と、新兵として初めて本作に参加する松下洸平に話を聞いた。
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――山西さんは三年振りの上官役ですが、再演のお話を聞いた時にどう思われましたか。
山西:初演ではシアターコクーンの舞台に4人で立つというプレッシャーもありましたし、壮大なプロジェクトに参加しているという感覚をずっと持って上官役を演じていました。稽古の時からとにかく無我夢中で作品や役と向き合っていましたので、いつか再演があるなら新たな気持ちで挑戦してみたいと思っていたところ、今回のお話をうかがったんです。今ならまだ体力的にも行けそうですし(笑)、今回は、上官としてもう一歩深く踏み込んだところまで演じてみたい思いつつ、稽古に励んでいる状態です。
――松下さんは新兵役として初参加です。劇中ではほぼふたりの会話が続きますが、山西さんとはどんなお話を?
山西:だいぶ話したよね。
松下:そうですね。この作品のこともたくさんお話しましたし、他の舞台の話や「お家に帰ったら何してるんですか?」みたいなこと、あとは「昨日の“相棒”めちゃめちゃ面白かったです!」ってお伝えしたり(笑)。舞台上では緊張感があるシーンも続きますので、オフで雑談的なことが出来てすごく嬉しかったです。今回、初めて共演させていただくにあたって、山西さんに僕のことを少しでも知っていただきたいという気持ちも強かったですね。
――もしかして松下さん、関西出身ですか?イントネーションが。
松下:いや、僕自身は東京生まれなんですけど、家族全員が関西出身なんです。だから(関西出身の)山西さんとお話してると、完全にそっちのDNAスイッチが入っちゃうんですよ(笑)。
二時間弱の上演時間で“二年”を生き抜く
――お稽古は通しに入っていると伺っています。
松下:・・・・・・ねえ(笑)どうですか?
山西:今日、三分の二はいけたかな。
松下:そうですね。実際にやってみてまず驚いたのが、芝居の流れの中で水を飲む箇所が決まっていたことです。幕が開いたら僕たちは出ずっぱりなので、舞台袖で水が飲めないんですよ。劇中、10秒だけふたりが木の穴の中にもぐる場面があるんですが、そこが唯一の水飲みチャンス(笑)。その10秒で帽子を取り、カバンを下ろしてって作業をしながら、演出部の人がストロー付きで差し出してくれる水を飲むんです。いきなり闇からにゅっとストローが出て来たんで最初はビックリしました(笑)。
山西:そうそう(笑)あそこで飲まないともう無理だからね。ちょうど作品的にも時間がびゅんと飛ぶシーンで、演じる側としても前の場面を一旦断ち切りたいから、僕の中ではそのきっかけとしての水でもあるんだよ。今日、全体の三分の二を通してみて、思いのほか自分の身体が楽だったのが逆に衝撃だった。上官の身体的な状態が、あの時点でこんなに楽なはずはないのに、って。
――山西さん演じる上官は、木の上で過ごす二年の間に価値観が大きく変わり、松下さん演じる新兵は、芯の部分は変わらず、たくましく生きようとする人物だと感じました。お稽古が進む中で、新たな気付きはありましたか。
山西:今回、松下くんと組むことになって、初演の(藤原)竜也くんの時より自分の中ではさらに“上官モード”が強くなっている気はします。それは「俺は経験積んでんねんぞ、お前はほんま、ぺえぺえやからな」って、あくまで役柄の上での話ですけど(笑)。
松下:おおっ(爆笑)!
山西:そういう意味では『木の上の軍隊』という作品の構造が、自分の中でさらにしっくりきているという実感もありますね。上官が新兵と出会い、ともに木の上で過ごすうちに、いろいろなことが変わっていくダイナミズムも今回はさらに深めていけるのではないかと。
松下:それは嬉しいお言葉です!自分にしかできないことを探すのが、俳優にとっての旅ですから。今回、新兵をやらせていただくにあたって、松下洸平にしか出せないものは何なのか・・・・・・若さなのか、無垢なところなのか・・・・・・そのあたりも稽古の中でまだ模索している状態なんですが、山西さんが毎回それを受け止めてくださるのがありがたいです。
――以前のインタビューで、松下さんは演出の栗山(民也)さんのことを“クマさんのように優しい”とおっしゃっていました。まだ“クマさん”のままですか?
松下:栗兄(くりにい)はすごく優しいです。
――栗山さんのことを栗兄、って呼んでいらっしゃる俳優さんは初めてです(笑)。
山西:それ、凄いよね(笑)。栗山さん、優しいですよ。稽古場も常にノンストレスな状態ですし。
松下:まだ“鬼演出家”の怖い顔は拝見してないですね・・・・・・このまま逃げ切りたいです(笑)。ある日突然「なんか・・・・・・思ってたのと違う」とか言われたら泣きますよ(笑)。
山西:それならもっと早く言うてや!時間あったやろ!みたいな(笑)。
松下:考えただけで怖いです(笑)。僕は栗山さんとこれまでも何作かお仕事させていただいているんですが、今回も作品をより深めよう、突き詰めようとなさっていると身を以て実感していますね。だからなんとか、その思いに応えていきたいと強く思います。あさってから、本格的なセットが組まれて、全編の通しに入るんですが、そうなるとまたいろいろ見えるような気もします。
山西:ダメ出しが多い時の方が芝居の出来が良かったりするんだよね。
――具体的に指摘されない時の方が怖いですよね。
山西:そうなんですよ!例えば「うん、ここで2ヶ月の経過を・・・・・・見せたいんだよ」みたいな、ざっくりした言葉の方がその重さが、ずしっとね(笑)。
松下:ありますね(笑)。
沖縄・伊江島でもらった宝物
――山西さんはこまつ座『きらめく星座』でも、劇中で大きく価値観が変わる役を演じられています。
山西:『きらめく星座』の源次郎は、(戦争が終わって)周囲や自分が変わることに気持ちがついていけず、その点で苦悩する人だったんですが『木の上の軍隊』の上官は、自身の価値観や考え方の変化に自覚がないんです。そこがこの人物の肝のひとつでもありますね。本人は自分が変わった自覚がまったくないのに、周囲から見たら全然前と違う、みたいな。そういうことって、実は僕たちの普段の生活の中でも起こりうることなんじゃないかと思うんです。
――そう考えると蓬莱(竜太)さんのお書きになった台詞は凄まじいですね。
松下:本当に緻密で深いと思います。台詞台詞した表現ではない分、それがリアルなやり取りとして成立すると、逆にすごく演劇的になるんです。
――松下さんはお稽古前に作品の舞台となった沖縄・伊江島に行かれていますが、本格的なお稽古に入って、その時の感覚が甦ることは多いですか?
松下:それはありますね。特に通し稽古に入ってからは、実際にモデルとなったおふたりが過ごした木に登ったり、島の空気を吸った経験が自分の中に息づいているのを感じます。そうやって、貴重な経験をさせていただけて良かったと心から思っているんですが、実は新兵を演じる上で一番役に立っているのは「伊江島が大好きだ!」という気持ちを持てたことなんです。島の方たちは良い人ばかりでしたし、滞在中はただ楽しくて、いつの間にか島を“故郷”と思えるようにもなりました。その思いがあるからこそ、自分が大好きな”故郷“があんなふうになってしまったらどうしよう、という危機感にも繋がっていくんです。優しいおじいやおばあが大変な目に遭っている、って考えると、今でも胸が苦しくなって自然と涙が出てきます。
新兵には「島を守ってください」という台詞がいくつかあるんですが、その“島”という一言にさまざまな思いを込めて語るようにしています。
――山西さん、沖縄には?
山西:僕は初演と今回の再演の間に、完全なプライベートで一度伺いました。と言っても、伊江島は本島から眺めて「ああ、あれが伊江島か」と見入った感じなんですけど。松下くんの話を聞いて、伊江島に渡ってみたい気持ちは強まりましたが、上官はもともと本土の人間なので、今の距離感がちょうど良いのかもしれません。上官の心の中には「なぜ、俺はここに来たのだ」という思いが強くあるわけですし。
松下:上官のモデルになった方も、木を降りて故郷に戻ってからは、伊江島を訪れたり、そのことを語ることもなかったそうなんです。
――なるほど、あまり伊江島を好きになり過ぎると“上官”とはモードが違ってくるのかもしれませんね。では最後に、お互いの“大好きなところ”をうかがえますか。
山西・松下:ええーっ(笑)。
松下:いや、もういっぱいありますよ!山西さんはとても優しい方ですし、僕の話をいつも聞いてくださるんです。あと、演劇の世界ってちょっと難しい先輩もいらっしゃるじゃないですか。お酒を飲んだりすると、熱い演技論を語っちゃうタイプの方とか。
山西:(笑)。
松下:山西さんは、言葉で語らなくとも、一緒に稽古場にいさせていただくだけで、色んなことが伝わってくるんです。それが一緒に芝居をするとさらに深く伝わり・・・・・・しみますね。
山西:ありがとう(笑)。松下くんはとにかく素直だと思う。それは本当に大事なことだし、芝居をする時に“嘘を吐きたくない”って思いながらその場にいるのがちゃんと分かる。一緒にやってて信頼できるよね。
松下:ありがとうございます!なかなかお酒を飲む時間もままならないですが、ゆっくりご一緒したいです。僕、この前久しぶりに同世代の友だちと飲みに行ったんですが、芝居のことが頭から離れないのか、新兵モードが抜けてないのか、若いノリについていけませんでした(笑)。
山西:このチームだと1回しか飲めてないしね。っていうか、夕方5時から食事して、夜7時には解散、みたいな感じだったし(笑)。
松下:それ、演劇人としてどうなんでしょうか(笑)。
山西:千秋楽には解き放たれたモードで思いっきり飲みたいね(笑)!
稽古場に組まれたガジュマルの木の仮セット。傾斜がついた板には至る所に布が巻かれ、演者が怪我をしないよう要所要所に養生がしてある。そこにスタッフの愛情と強い思いとを感じた。
三年前の『木の上の軍隊』初演・初日。舞台中央に建てられた“木”の上で交わされる約二時間の会話劇・・・軽妙でありながら、大きな課題を私たちに突きつけるその物語に、胸が震えたことを今でも思い出す。
ドラマ『相棒』の通称“ヒマ課長”役で見せる飄々とした雰囲気とは一味違うモードで「上官」を演じる山西惇と、近年ストレートプレイやミュージカルで鮮やかな存在感を魅せる「新兵」役の松下洸平のふたりが、ガジュマルの木の上でどんな化学反応を見せてくれるのか・・・舞台上に伊江島の風が吹く様を、客席で見届けたいと思う。
平成28年度文化庁芸術祭参加公演・沖縄タイムス社後援
◆こまつ座『木の上の軍隊』
2016年11月10日(木)~11月27日(日)
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(新宿)
※出演者トークショー、伊江島写真来場者プレゼント等の企画あり