ビートたけしが自身の子供時代のエピソードを書いた小説『菊次郎とさき』。2001年にスペシャルドラマ化、連続ドラマが第3シリーズまで作られた人情喜劇の大人気作。東京の下町の長屋を舞台に、愛情とユーモアたっぷりの人々が繰り広げる心暖まる物語。この人気を受け、テレビドラマの菊次郎(陣内孝則)とさき(室井滋)のキャストをそのままに2012年に舞台化、今年1月には最新舞台が上演されたばかりだ。この最新作『菊次郎とさき~北野家の“逆転!?”金メダル狂騒曲!~』が衛星放送で初放送される。初ドラマからビートたけしの父・菊次郎を演じ続けている陣内孝則に、作品について、共演者とのエピソードを披露してもらった。
――今回、今年1、2月に上演された『菊次郎とさき~北野家の“逆転!?”金メダル狂騒曲!~』が初放送されます。公演当時を振り返ると、どんなお気持ちですか?
勝手知ったる共演者の皆さんとの舞台でしたから、やりやすかったですし、楽しんでやれましたね。この作品は、お客さんが盛り上げてくれる作品なんですよね。今回も前回同様、北千住から幕を開けたこともよかったと思いますね。お客さんが乗せてくれていいお芝居になりました。
――全国15か所で公演されたんですよね。
地方公演では、東京公演以上に昭和の風景を知っているみなさんが観に来てくださって、大いに笑ってくださいました。会場ごとの「熱」を感じることができましたね。
――公演前に行われた製作会見では、「ご当地ネタを取り入れたい」ということをおっしゃっていましたが、実際に取り入れたんですか?
なんかやったと思う!でも、もう覚えてない(笑)。会場のある地域にちなんだ食べ物や有名な人物の名前であるとか…。そういう土地ならではの名詞が出ると皆さん笑ってしまうんですよね。不思議なもんでね。
――ドラマ、舞台で菊次郎を演じ続けて10年になりますね。役柄、作品への思いは変わってきましたか?
もともと最初から、自分にとって遠い作品ではなかったですよね。僕も職人の家に生まれ育った、ドメスティック・バイオレンス満載の(笑)、家庭だったものですから。いま僕は50代半ばなんですが、この作品で描いているような、昭和を良く知る最後の世代だと思うんです。だからそれを語り継いでいかないといけないっていう「使命感」みたいなのは芽生えて来ましたね。
――そんな使命感のなか、菊次郎という人物をどのように演じようと思っていますか。
基本的には、「こういうオヤジいたよ」っていうような、キャラクターとして演じられたらと。僕が演じている菊次郎のモデルになっているのは、僕の親父であり、伯父さんで、それに加えて、たけしさんから伝え聞いた話であるとか、小説の中から想像力をふくらまして作ったキャラクターを取り入れていって、それが合わさった形が菊次郎になってるのかな。すごい純粋な、俗っぽい“ゼニカネ”では動かない人というかね。宵越しの金は持たないっていう、いわゆる職人気質の人。ある種のコンプレックスを感じてもいるんだけど、だからといって屈折していない人だね。
――ドラマと舞台、演じ方の違いはあるんですか?
役作りに変化はないけど、ドラマはワンシーンだったり、ワンカットだったりするから、やっぱり瞬発力勝負のところがあるかな。舞台はマラソンと同じで2時間15分演じ続ける。だからそのペース配分というか。それは身体で覚えていくしかないけどね。さらに自分が楽しむっていうのが基本。テレビでも考えていないわけじゃないけど、舞台では特に意識してる。自分が楽しめてたら、お客さんも楽しめる。こっちが楽しんでいない芝居を、お客さんが楽しめるわけがないと思うんですよ。高尚なことをやろうとは思っていないし、演劇的にどうこうってこと言われると困っちゃう。もともと僕はバンドマンだしね。大衆演劇っていうか、かっこつければフランスの「ブールバール」に近いような演劇にしたいなと思ってるんですよ。(制作の)東宝さんは、国民的、国民演劇というのを目指したいって言ってましたしね。菊田一夫先生の思いを受け継いでいくというか。僕もそういうお芝居に育てばいいなと思ってやっています。
――最新作では、子役くんたちが初舞台ということで、とても初々しい感じで。
ダブルキャストだったんですよ。どっちも魅力があってね。一人はすごく達者で、チャーミング。もう一人はね、ちょっと個性派でした。子どもって面白いよね、はじめは分かっていないんだけど、どんどん成長していくのが。そうそう、子役といえば、高校生の…中学生にしか見えない、吉田翔(かける)っていうのがいたんですけどね、あいつが妙に達者だったな(笑)。ちょっと間ができると、自分のセリフで埋めようとするの。公演中、濱田マリさんがアドリブで、「あ、来た来た……違った、タヌキだった」って言ったときがあったんだけど、そこにいた翔が、「えーっ、タヌキなんて珍しいね」って言ったんですよ。
――濱田さんのアドリブに、アドリブでこたえたわけですよね。特に問題はなさそうですが。
そうなんだけどね、僕にしたら、アドリブ言うんだったら、いっそのこと、「タヌキ?捕まえて鍋にして食べたいね」くらいのことを求めたくなるんですよ(笑)。ま、それはともかく、僕、一度手ぬぐいを床に落としちゃって、それを拾おうとしたら、足をとられちゃって、次のスローモーション動きのきっかけが遅れちゃったことがあって。お客さんは気付かないくらいの遅れなんだけどね。だけど、その日の公演後のトイレで、「あれはなんで遅れたんですか?」って聞いてきたんだよ、なんと吉田翔が!「いやぁちょっとさ、手ぬぐい落として足がとられちゃったんだよ」って説明したら、「そうですか、大丈夫!気にしないで」って言うの(笑)。それには「こいつ~!!」って思っちゃったよ。
――吉田くんは、なかなかの大物ですね(笑)。これから注目したくなります。逆に、この作品は菊次郎の奥さんのさきさん役の室井滋さんをはじめ、ドラマ版から続けて長く共演されている方々も多く信頼関係ができている感じがします。
そうだね。やっぱり芝居はキャッチボールだし、「この人とこの人が芝居したらどういうハレーションが生まれるか」ってことが、お芝居の醍醐味であって。ある意味、僕の菊次郎さんを育ててくれたのは室井滋さんかもしれないし、室井滋さんのさきを作ったのは僕かもしれない。そういうことで成り立っているんじゃないかと思いますね。室井さんには感謝しています。
――長年やっていると、先ほど話に出たようなアドリブも多くなったり?
もともとアドリブをしようということではないけど、舞台ですから、ちょっとしたハプニングが起こることはあります。その時はつなぐしかないですよね。お客さんがそれを楽しんでるのを見て、いつの間にかそれが正式の芝居になっちゃうこともあるしね。ハプニングといえば、室井さんがちょっとしたことでも吹いちゃう「ゲラ」なんだけど、さきさんのセリフって、立て板に水のように言っていかないといけないのね。なのに、ちょっとカンじゃったりすると「あはははは…」って笑いだしちゃってさ、セリフを言い切れてないのにそのまま笑ってごまかしちゃうの。僕が、「おい、ここは笑うとこじゃないだろ」ってアドリブ入れると、それを見てお客さんがどんと笑うという。これはよくある(笑)。
――今回の放送でも、その場面があるかも!? 最後に、ご覧になる皆さまへメッセージをお願いします。
とにかく、楽な喜劇だと思って大笑いしながら見てもらいたい。そして、「昭和にあって今ないもの」をそこに見つけてもらえたら嬉しいなと。夫婦の有り様であったり、家族の絆であったり、人とのつながりであったり…。非常に貧乏でものはない時代であり、家であったわけですけど、そのなかで見えて来る「豊かさ」みたいなのを感じてもらえれば嬉しいです。若い方々は、昭和の時代はなかなか身近ではないとは思いますけど、逆に、新鮮な「時代劇」だと思って見てもらえればいいんじゃないかと思うんですよ。映画『三丁目の夕日』もありましたけど、こっちはもっと泥臭くてリアリティのある家族劇だと思います。それを楽しんでもらえたらいいですね。
◇陣内孝則(じんない・たかのり)プロフィール◇
1958年8月12日、福岡県出身。ロックバンド「ザ・ロッカーズ」のヴォーカリストとして、1980デビュー。82年、映画『爆裂都市 BURST CITY』より俳優活動を開始。87年映画『ちょうちん』でブルーリボン賞主演男優賞など数々の賞を受賞。最近の主な出演作に、ミュージカル『ウィズ~オズの魔法使い~』、ドラマ『獣医さん、事件ですよ』『松本清張 黒い画集-草-』、映画『超高速!参勤交代』。映画監督作に『ロッカーズ』、『スマイル~聖夜の奇跡~』がある。
撮影:カキモトジュンコ ヘアメイク:たむら小春(マービィ)
衛星劇場
「菊次郎とさき~
北野家の“逆転!?”金メダル狂騒曲!~」
6月14日(日)16:00~/
6月26日(金)7:30~
演出:石橋冠、寺﨑秀臣 脚本:輿水泰弘
原作:ビートたけし
出演:陣内孝則、室井滋、音無美紀子、梨本謙次郎、濱田マリ、鶴田忍、風間トオル ほか
東京の下町、足立区梅島の長屋を舞台に、破天荒な父・菊次郎と、異常なほどに教育熱心な母・さき。この2人から生まれた天才ビートたけしの子供時代をユーモアたっぷりに描く。
1964年、東京オリンピックが決まり、町が活気にあふれるなか、北野家に金メダル級のニュースが舞い込む。このニュースをめぐって、北野家と長屋の面々は大騒ぎ!
(C)「菊次郎とさき」ビートたけし・テレビ朝日・5年D組