江戸三座のひとつ、中村座で1825年に初演された四世鶴屋南北の代表作『東海道四谷怪談』。2015年6月10日からの新国立劇場での上演を前に、出演の小野武彦さんにお話を伺った。言わずと知れた、伊右衛門とその女房・お岩の怪談劇に見る人間のリアル、その見どころとは?
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――現在の稽古場のムードはどうですか?
(インタビュー時)一応最後まではいったけど、これからっていうところですね。まだまだやることはたくさんあると思います。
――主演の内野さんは同じ文学座のご出身ですが、何か近しい雰囲気はあったりするのでしょうか?
共通の知り合いはいますけど、僕がいた40年以上前の頃とは時代も年代も違うからね。前に映像でご一緒したこともあるしお芝居も拝見した事があるけど、文学座の後輩っていう風に彼をみたことはなかったかな。でも、何年か前にNHKのドラマで新国劇の島田正吾さんという大御所が高齢で主役をやっていて、僕も出たことがある。この前何の気なしにDVDを見たら、若い内野くんが出ていた。この頃、一緒にやったんだ、って懐かしかった。
――舞台でご一緒されてみてどうですか?本作の軸となるお岩と伊右衛門のやりとりだったり・・・。
内野くんは、稽古で、やりにくさや引っかかりを感じたら決してないがしろにしない人。演出の森(新太郎)さんもそれをすごくよく見ていて、役者がやりにくそうだな、無理をしているな、って感じたら、丁寧に関わりあってくれる。
――台詞や行動がなんかしっくりこないなぁという感覚なのでしょうか?
うーん、大きく言えば劇の方向性、それによる立ち位置や台詞の解釈とかね。例えば、自分にとってはここのポジションの方が気持ちいいのに、何で違う立ち位置なんだろう?とか。そういう役者の感じる気持ち悪さってお客さんにも見えちゃうから。細かい部分の一つ一つをお二人ともすごく大切にしますね。ま、よりよい選択をしていくのが“稽古”なんだけどね。
――なるほど!小野さんもそういうご経験ありますか?
俺なんか結構イージーなところがあるから、演出家がそう言うならそこに立とうって思っちゃう(笑)。でも、それが腑に落ちているからだけどね。役って個人的なものだけじゃないから、自分にとっての立ち位置や他の事に多少違和感があっても、芝居全体を考えた場合にそこにいなきゃいけない場合もある。そこにいる意味がわかれば、納得できるという事。
――個人の感覚的な部分と全体のバランスということですか?
そう、主旋律はどこにあるのかの判断かな。そういうことを探りながらやっていくことが稽古だから。立ってみたり座ってみたり、目線上げたり伏せたり、どれがしっくり来て劇的に効果があるか、それを探す時間だね。お芝居って一つ一つが意味を持つから。例えば今こうやって取材で話していても、俺がずっと横を向いていたら、貴女は、「私嫌われているのかな?」とか「この人嫌な感じだな」って思うでしょ?(笑)。それと同じだよ。
――目が合ってよかったです(笑)演出家の森さんがそういったバランスを指示されるんですよね?
演出家にもいろいろなタイプがあると思う。指揮者でいうと、最初から正確なリズムを刻んで譜面通りに、というタイプとか、それも勿論大事だけど、初めは多少乱れても、まず感じた事の表現を優先するタイプとかね。森さんは多分後者かな。役者の感性を大事にしてくれて探る時間を与えてくれる。だけど、何時までも違っていたら、誰に対してもズバッと言うし、最後は自分の指揮を信じてください!!と譲らない人だろうな。でも、言っていることがすごく良くわかるし、共感するから皆、信頼して稽古に励める。
――今回小野さんが演じられる喜兵衛という役どころはどうですか?共感できる部分や違和感を覚える部分などありますか?
共感なんかできるわけないよ!(笑) 。でも、喜兵衛は極端だけど、こういう人っていると思う。子や孫可愛さにわがままを許して甘やかし過ぎてしまうみたいなね。この喜兵衛の孫のお梅も、奥さんある人のお嫁になりたいっていうわがままを言って、それを叶えるために喜兵衛は恐ろしいことをする。まぁ、便乗して「伊藤家」を守ろうという思いが根底にあるんだろうけど、本当にとんでもないやつばかりだよ。
――そういう場合は、どうやって役に入るんでしょうか?
自分が演じる喜兵衛の存在は、伊右衛門やお岩の運命を揺るがす大きなきっかけになっていると思う。喜兵衛達の悪巧みの延長にお岩の悲惨な結末があるしね。そこの部分をお客さんにしっかり渡しておかないと後が成立しないと思うんだよね。そのためには人物のリアリティも大事だから、歪んだ愛情ではあるけど、孫が可愛くてしょうがないっていう所はキチンと表現したい。共感はできないけど、喜兵衛の情愛の部分と恐ろしい悪巧みを考えている部分が共存していると思う。
――どちらもリアルな人間の姿なんですね。
まあ、そのリアリティのためには、とりあえず孫娘お梅役の有薗(芳記)くんを愛さないとね(笑)。
――可愛い孫娘役、まさかの男性ですし!
でもね、意外に違和感ない。不思議なものだね。実は秋山(菜津子)さん以外は男が演じることも始めは知らなくて、テレビの仕事で乳母役の木村(靖司)くんと一緒になって「今度、一緒なのでよろしく」なんて言われて、何役やるのか聞いたら、「乳母です。今回秋山さん以外は全員男ですよ」って言われて。それで、「え、じゃあ孫は誰?」って聞いたら、有薗くんだっていうからさ、ひっくり返ったよ(笑)。まぁ、今更言ってもしょうがないけど、「男でいいからせめてもうちょっと可愛いのにしてよ」とか冗談を言っているよ・・・(笑)
――そこも含めて楽しみにしてます! では、最後に見どころをお聞かせ下さい。
内野くんも何かで言っていたけど、南北に触れて、「日本にもシェイクスピアがいた」って。こじんまりしてないよね。全てがダイナミック。昔に比べて、今の時代は文明が発達している分だけ人間関係も間接的な関わり方の比重が多くなっているけど、当時は人と人とが触れざるをえなかった時代だと思う。戦うにしても刀で斬り合うとかね、人と人とが至近距離にならざるを得ない。その分血肉が濃いというか、情愛も忠義も恨みも悪事も濃い。そういう違いとダイナミックさを是非感じて頂けたらと思います。
◆小野武彦(おの たけひこ) プロフィール
1942年8月1日生まれ。東京都出身。俳優座養成所を卒業後、文学座に入る。長きにわたり、舞台をはじめテレビドラマや時代劇、映画など多方面で様々な役柄を好演。映像では『踊る大捜査線』シリーズ、『DOCTORS 最強の名医』シリーズ、『GTO』『神谷玄次郎捕物控2』など、舞台では『紙屋町さくらホテル』『おどくみ』『トロイラスとクレシダ』『かもめ』『抜け目のない未亡人』などに出演。