お笑い芸人たちが人生を懸けて挑む賞レース。その華やかな舞台の袖で、誰よりも胃を痛め、誰よりもタレントの成功を祈っている者たちがいる――「マネージャー」だ。
劇作家・保坂萌(ムシラセ)が手掛ける新作舞台『PROPS!』は、そんな“裏方”たちにスポットライトを当てたバックステージ・コメディ。M-1グランプリを彷彿とさせる賞レースの準決勝当日、突如として「相方が来ない」という絶体絶命のトラブルに見舞われたコンビと、彼らを支えるマネージャーたちの悲喜こもごもを描く。
今回、本番を間近に控えた稽古場に潜入。粗通し前のほどよい緊張感と、笑いの絶えない現場の様子をレポートする。

吉本興業とオフィスPSCがタッグを組んだ「モチモチプロジェクト」

本作『PROPS!』は、吉本興業とオフィスPSCがタッグを組み立ち上げた俳優育成プロジェクト「モチモチプロジェクト」の記念すべき第一弾公演。
「餅は餅屋」ということわざを由来にオフィスPSCの会長が命名したこのプロジェクトは、吉本興業の「俳優部」と、オフィスPSCの「クリエイター(演出家・劇作家)」が、それぞれの専門分野(=餅)を最大限に活かし、互いに高め合いながら「シンデレラのように階段を駆け上がり、共に大きな劇場を目指す」ことを目的としている。
これまでも保坂と吉本俳優陣の間ではワークショップが行われてきたが、今回満を持して、外部へ向けた大きな公演として上演されることとなった。
「取材対象が目の前にいた!」意外な着想と綿密な取材

そんなプロジェクトの第一弾として、なぜ「芸人のマネージャー」の物語が選ばれたのか。
保坂は、「何を書きたいですか?」と問われた時、目の前にマネージャー陣がずらっと並んでいるのを見て「おもしろい取材対象が目の前にいるじゃないか!」とひらめいたという。
そこから、2024年のM-1グランプリや、吉本興業のベテラン芸人・マネージャーへの徹底的な取材がスタート。話を聞いていくと、「師匠に屋根が吹き飛ぶぐらい怒られた」「担当が遅刻して土下座した」といった衝撃的なエピソードが続々と飛び出した。「この人たちは、なんでこんなに大変なのに続けていけるんだろう?」と感じるほど。

しかし、同時に見えてきたのは、どんなに大変でも「あなたのおかげだよ」と言われる瞬間の喜びが彼らを支えている、という事実だった。「1割の喜びで、あとの9割の大変さをどうにかしている」――そんなマネージャーという職業の独特な熱量をお仕事ドラマとして魅せたい。そんな保坂の想いが、本作の根底には流れている。
宛て書きが生んだリアルと、配役の「ねじれ」の妙
本作の軸となるのは、神山班の若手マネージャー・浦寺(高本学)と、彼が担当するお笑いコンビ「ポッツォ」のツッコミ・大我(北乃颯希)の二人だ。物語は、準決勝の入り時間を過ぎてもボケ担当の後藤が現れないところから加速する。
稽古場では、台詞を語る速さや立ち位置、相手との距離感をミリ単位で調整していく姿が見られた。コメディだからこそ、その「間」が命となる。特に印象的だったのは、高本演じる浦寺と、北乃演じる大我のバランスの良さだ。それもそのはず、この二人の役は完全な「あて書き」だという。
高本演じる浦寺は、契約社員3年目で正社員査定を控えているが、どこか天然で憎めないマネージャー。一方の大我は、才能はあるが尖っており、遅刻した後藤に対して「代わりはいくらでもいる」と強がる不器用な男だ。この「天然マネージャー」と「尖った芸人」の噛み合わない会話が、何度も笑いを巻き起こす。稽古の合間、二人で「言葉を受け取るため」のテンポ感などを何度も確認していた。
保坂は「高本くんからは、初めてお会いした時からポツポツしゃべる姿から、天然感や人の良さが滲み出ていたので、そのまま『超天然マネージャー』として書きました」と語る。

一方の北乃については、「お会いした時に、『もし相方が来なかったらどうする?』と聞いたら、『マネージャーに一回やらせますね』という返事が飛び出したんです。『めっちゃおもしろいじゃん!』と思って、そのアイデアをそのまま脚本に取り入れさせていただきました」と明かす。劇中で大我が放つ「マネージャーに代役をやらせる」という無茶振りは、北乃本人の発案から生まれたものだったのだ。
また、姿を見せない相方・後藤の存在感が、役者たちの芝居によって色濃く浮かび上がってくるのも見事だ。いないはずの相方への愛憎が、大我の苛立ちや浦寺の必死さから痛いほど伝わってくる。

本作では、高本や北乃に加え、個性豊かなキャスト陣が脇を固める。5年目のベテランで「オカン」のように振る舞うマネージャー・紫苑(樋口みどりこ)、中途採用の新人・坊園(福冨タカラ)、そしてライバル芸人「ぷるタブ」担当の“出る系”マネージャー・綾羅木(高野渚)。女性陣も、それぞれ異なるスタンスでタレントを支える姿がたくましく、魅力的だ。
デスク担当のベテランスタッフ・寒川(菊池美里)や、大我と仲が良い舞台監督・別所(有薗芳記)の、マネージャーとは別角度から芸人たちを支える姿からも愛を感じる。

さらに本作のキャスティングには、演劇ファンならずともニヤリとしてしまう仕掛けがある。それは、「俳優が芸人を演じ、本職の芸人がマネージャーを演じる」という構造だ。松田大輔(東京ダイナマイト)や九条ジョーといった本物の芸人が、あえて“支える側”のマネージャー役を演じている。保坂自身「意地悪だなあと思いながら(笑)。皮肉も込めて構成しました」と語るこの“ねじれ”が、作品に独特のリアリティとユーモアをもたらしている。

稽古中、高本の台詞を言うタイミングと、それを受ける松田の絶妙な表情がマッチし、共演者もスタッフもしばらく笑いが止まらなくなってしまう一幕があった。保坂は、こうした「偶然生まれた面白さ」を見逃さない。その場ですぐに演出に取り入れ、作品の熱量へと変えていく柔軟さが、リアルな笑いを生む強さだと感じた。
「仕事って何なんですか?」――お笑いファン以外にも響く普遍性

タイトルの『PROPS!』には、舞台用語の「小道具」と、スラングの「Props to you(尊敬する、よくやった)」という意味が掛けられている。「M-1を通った芸人さんに、マネージャーが『本当によくやってくれました』と言いたい気持ちを込めました。長い時間の果てにある言葉のような気がして」と保坂。
先日、本職の芸人たちがオープニングアクトを務めることも発表された。まさに、賞レースの現場にいるようなテンションで始まることで、幕が開いた瞬間から観客は『PROPS!』の世界に引き込まれることだろう。

しかし、本作は決してお笑いファンだけのための作品ではない。「稽古場では『M-1を全人類が見ているわけではないことを忘れずに』と繰り返し言っています。お笑いが詳しくない方でも『仕事って何なんですか?』というテーマで書いているので、自分ごととして見ていただけるはずです」
タイトル『PROPS!』に込められた二つの意味
タレントを輝かせるために黒子に徹し、理不尽な要求にも頭を下げるマネージャーたちは、「家族でもないし、恋人でもないし、友達でもないのに、四六時中一緒にいる」存在。そんな特殊な関係性の中で、彼らを突き動かすのは「自分の担当タレントが一番面白い」という純粋な似た想いだ。
タイトルの『PROPS!』には、二つの意味が込められているという。一つは舞台用語の「小道具」。そしてもう一つは、ヒップホップなどのスラングで使われる「Props to you(尊敬する、よくやった)」という意味。
脚本・演出の保坂は、「『よくやってくれた』『本当におめでとう』という、M-1で勝ち上がった芸人さんに、マネージャーが言いたい気持ちに近いのではないかなと。長い時間の果てに出てくる言葉として、タイトルしました」と明かす。

トラブル続きの準決勝、果たして「ポッツォ」は舞台に立つことができるのか? そして、浦寺は無事に正社員になれるのか?
笑って、ハラハラして、最後には働くすべての人への「PROPS(尊敬)」が胸に残る。そんな熱いバックステージ・ストーリーを、ぜひ劇場で目撃してほしい。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)
舞台『PROPS!』公演情報
| 公演情報 | |
|---|---|
| タイトル | 舞台『PROPS!』 |
| 公演期間・会場 | 2025年12月4日(木)~12月8日(月) 吉祥寺シアター |
| スタッフ | 脚本・演出:保坂萌(ムシラセ) |
| キャスト | 高本学 北乃颯希 九条ジョー /松田大輔/ 樋口みどりこ 菊池美里 福冨タカラ 高野渚 /有薗芳記 |
| チケット情報 | 【取り扱い】 FANYチケット・チケットぴあ・ローソンチケット・カンフェティ <オープニング出演芸人> 12月4日(木) 19:00開演 トータルテンボス 12月5日(金) 19:00開演 ガクテンソク 12月6日(土) 13:00開演 EXIT 12月6日(土)18:00開演 ナイチンゲールダンス 12月7日(日) 13:00開演 からし蓮根 12月7日(日)18:00開演 ケビンス 12月8日(月) 14:00開演 ロングコートダディ★アフタートーク 12月6日(土) 18:00公演 高本学・松田大輔・菊池美里・保坂萌 12月7日(日) 18:00公演 北乃颯希・九条ジョー・福冨タカラ・高野渚・保坂萌 <大阪公演> ★アフタートーク |
| 公式サイト | https://live.yoshimoto.co.jp/live/live-22569/ http://props-stage.com/ |
| 公式SNS | 公式X:https://x.com/props_stage 公式Instagram:https://x.com/props_stage |







