ヘルマン・ヘッセの傑作小説を原作に、作・長田育恵、演出・白井晃、音楽・三宅純、そして主演・草彅剛という強力な布陣で立ち上げる舞台『シッダールタ』が、2025年11月15日(土)に東京・世田谷パブリックシアターにて開幕した。
共演には杉野遥亮、瀧内公美、鈴木仁、中沢元紀、松澤一之、有川マコト、ノゾエ征爾ら豪華キャストが集結。開幕にあたり、初日前に行われた取材会と公開ゲネプロの模様をレポートする。

公演レポート~自己の探究、人生の遍歴を描く壮大な物語~

原作はヘルマン・ヘッセの傑作小説。叙事詩的/哲学的な力強い言葉、時空を超えて古代インドに誘われるような音楽、美術・照明・音響さまざまな要素が有機的につながる劇空間――。一人の男の魂の遍歴を描いた壮大な物語が鮮やかに立ち上がった、最終舞台稽古のレポートを送る。

古代インドに生まれたシッダールタは、最上位であるバラモン(司祭階級)の子としての生活に疑問を抱き、より深い叡智を求めて家を飛び出す。着いてきたのは彼に魅了されている青年ゴーヴィンダただ一人。しかし二人は袂を分かち、シッダールタは俗世に下野する。やがて高級娼婦カマラー、そして商人カーマスワーミと出会い、贅沢な快楽生活を知る。しかしシッダールタは、それでもなお満たされない心の渇きを覚え・・・。

シッダールタが出会いと別れを繰り返しながら旅を続ける物語は、驚くほどにシンプルである。劇場に入ってまず目に入るのは、天井から突き出して光を放つLED照明、大きな穴の中で展開するような舞台美術だろう。役者たちは上段から滑り台のように下段に降りてきたり、一挙に駆け上がったりしながら、自在に舞台を駆け巡りながら演技をする。

美術は時にスクリーンとなり、投射される映像に合わせてダンサーたちがしなやかな動物となって駆け抜けていく躍動的な美しさ!モダンな舞台空間に沙羅双樹の森、野生的な生命が宿っていくようだった。床に敷かれた砂が役者たちの動きによって散らされ、刻々と表情を変化させていく様も面白い。

この舞台では、無機質で殺伐とした空間で悩む男を据えた “現代”の場面が随所にインサートされ、古代インドの物語が今の世界の様相と接続されていく。この“現代パート”では、世界の経済、紛争、ニュースの音声、スポーツの熱狂、ロケットの発射音、空港のざわめきなど、混沌とした音のコラージュが鳴り響く。彼に静かに話しかける青年の名前はデーミアン・・・このパートには同じくヘッセの小説「デーミアン」が重ねられ、ヘッセが同じ頃に執筆した両作が融合していくのも面白い趣向。

シッダールタという名前は、「シッドハ=成就したもの」と「アールトハ=目的」が結びついた言葉だという。真理を求める探究心、己に向きあい続ける強さ・・・膨大な台詞を操りながら青年から老年まで演じきった草彅は、シッダールタの内面で起こるドラマを純度高く、かつ集中力高く演じる。影のような存在であるゴーウィンダを演じたのは、杉野遥亮。この役が持つピュアな哀しさは胸に迫るものがあった。

妖艶なカマラーを鮮やかに立ち上げた瀧内公美は、この女が街を離れる決心をした時の表情が忘れ難い。松澤一之演じる父、有川マコト演じる商人カーマスワーミ、ノゾエ征爾演じる渡し守ヴァスデーヴァと、シッダールタに影響を与える人々の、人間味あふれる存在も印象に残った。インドの街の雑踏、欲望渦巻く賭場や娼館・・・目まぐるしく変化する場面を一瞬で見せていく、役者たちのチームワークといった、舞台人たちの筋力にも驚かされる。

『シッダールタ』が舞台化されるのは初めて観たが、立体化されると、民話をもとにしたイプセンの劇詩『ペール・ギュント』のような構造でもあると初めて気づかせてもらった。一人の人間が旅をしながら自らを発見する物語は、いつの時代もわたしたちの心を惹きつける。
悟りの境地にたどり着いた時、シッダールタの見た景色とは――ここはぜひ、観客一人ひとりの目と心で確認していただきたい。
(文/川添史子、撮影/細野晋司)
あらすじ

ひとりの男(草彅剛)が、世界の混沌の中で自身を見失い佇んでいる。友人のデーミアン (鈴木仁) は行動を促すが、彼は歩き出す道を見出せない。同僚のエヴァ(瀧内公美)の支えを受けながら思索の森に足を踏み入れ、やがて彼はシッダールタとなる。
古代インドに生まれたシッダールタ(草彅剛)は、最高位のバラモン階級の子として生きている。その生活に疑問を抱き、より深い叡智を求めて、家を飛び出す。シッダールタについてきたのは、彼に魅了されている青年ゴーヴィンダ(杉野遥亮)ただひとりだった。
しかしシッダールタは、修行の意味に疑問を抱き、修行の道を突き進むゴーヴィンダとも袂を分かち、俗世に下野する。やがてシッダールタは、美貌と知性と教養で確固たる地位を築いた高級娼婦・カマラー(瀧内公美)と出会い、性愛による快楽を体験する。さらには商売で富を得ることで、所有欲を満たす経験を覚えるが、それでも本質が満たされることはなく苦悩する。
やがて彼は川で渡し守のヴァスデーヴァ(ノゾエ征爾)と出会い、彼の世界観に導かれていく。川の流れの中、シッダールタは別れたカマラー、自らの息子(中沢元紀)、かつて袂を分かったゴーヴィンダらと再会を果たし、自らにさらに深く問いかける。
出会いと別れを繰り返し、この世界に絶望し、人生に迷っていたシッダールタが、悟りの境地にたどり着いた時に見えた景色とは、その音とは――。
開幕コメント
演出:白井晃
100年前のヘルマン・ヘッセの小説「シッダールタ」を現代社会を投影した作品にしたいと言う思いでここまで創作してきました。
主人公・シッダールタは、今を生きる私たちの姿そのものだと思います。草彅さんの驚異的な集中力から生まれる表現は、私たちの心を捉えて離さない力強さに満ちています。この作品に関わったすべての俳優、ダンサーの献身的な努力により、想像力をかき立てる舞台芸術ならではの作品になったと確信しています。この混沌とした世界の中で私たちはどう生きていけば良いのか。草彅さん演じるシッダールタの静かなる叫びに耳をすませていただけると幸いです。
作:長田育恵
ヘルマン・ヘッセの原作と向き合い、白井晃さんから炎を受け取り、作劇に挑みました。舞台『シッダールタ』、いよいよ開幕いたします。100年前に書かれたこの物語は、人間の普遍的な悩みに満ち、現代の苦悩をも内包しています。だからこそ今、シッダールタが語るひとつひとつの言葉が、私たちの心を照らすのです。
演劇が果たすべき究極の役目は、人が生きていく上で核心となるような、シンプルで、強く、美しいものを手渡すこと。本作は、最高の座組で、その至高に挑みます。
草彅さん演じるシッダールタの旅その果てを、共に見つめていただきたいです。
草彅剛
未知なる世界の扉が今まさに僕の心で開こうとしています。
皆様が劇場に来てくれた瞬間にコンプリートされると思います。
この何にも変えられない感覚だけど、もともと私たちが持っていて知っている感覚。
是非皆さんと一緒に深く感じ合いましょう。
あとは楽しむだけです!
杉野遥亮
遂に初日を迎えるのだな。と、感慨深い気持ちです。
ほんとうに素敵な芸術になっていると思うので、期待してほしいですし、僕自身も期待しています。
舞台シッダールタ!よろしくお願いします!
瀧内公美
無事、初日を迎えられることを嬉しく思っております。
“自我の旅”という壮大なテーマを掲げたこの作品が手元に届いたとき、未知の旅路を歩み始めようとしていた私にとって、希望の光のように感じたことを覚えています。
白井さんにとって、創作の原点となるこの作品に携わり、共に重ねてきた創作の時間は、何にも代えがたい経験でした。
素晴らしいスタッフ・キャストの皆さま、そして愛に満ちた日々を与えてくださった白井さんとともに、今日から新たな一歩を踏み出します。
皆さまの心に残るひとときをお届けできるよう、心を込めて演じてまいります。
鈴木仁
濃密で贅沢な稽古期間を経て、いよいよ初日を迎えます。
舞台に立つという久しぶりの感覚。
どのように声が響いているのかなど、舞台特有の不安もありますが、自分を落ち着かせて、迎えたいです。
世田谷パブリックシアターに立つのは初めましてですが、この素晴らしい劇場でどのような雰囲気になるのか、非常に楽しみです。
デーミアンは一人生きる時代が違うのですが、パワーは持ちつつ毛色の違う熱量を出していけたらと思います。
シッダールタ、男の道筋をしっかりと作り、見届け、この物語を深く、そして広い世界と結びつける役割を観てくださる方に受け取ってもらえるよう挑みます。
役一人一人の登場する意味を感じながら、シッダールタの導く先を一緒に見届けてもらえたらと思います。
中沢元紀
本番初日が近づき、いよいよ始まるのか、始まってしまうのかと楽しみと緊張が入り混じっています。
初めて立つ舞台。お客様が入った劇場の景色や熱気、呼吸全てを全身で感じお芝居で応えたい気持ちです。
シッダールタが古代インドの世界を旅し、悟りの境地に到達するまでの中で現代にも通ずるものがあるとおもいます。
皆様もシッダールタと共に旅をしながら、何か感じるものがあれば嬉しいです。
シッダールタの世界にぜひ没入してください。
松澤一之
世界が不安定な今こそ観て欲しい舞台です。
劇場でお待ちしております。
有川マコト
『シッダールタ』というお芝居は『出会いの物語』だと思っています。
人と人との出会い、そして別れ。私達の日々はその繰り返しです。このカンパニーとの出会いに感謝し、このカンパニーでお客様と出会えることを、何より幸せに思います。
ノゾエ征爾
これだけグルグルと幾重にもトライを重ねたのだから、厚み、深みはもうかなりのものかと思いきや、劇場のセットに入って、いやまだまだ無限でした。ここにいられることの幸せを噛み締めつつも、ああ、客席から観たかった・・・!是非でございます。
舞台『シッダールタ』公演情報
| 公演情報 | |
|---|---|
| タイトル | 舞台『シッダールタ』 |
| 公演期間・会場 | 【東京公演】 2025年11月15日(土)~12月27日(土) 世田谷パブリックシアター【兵庫公演】 2026年1月10日(土)~1月18日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール |
| スタッフ | 【原作】ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」「デーミアン」(光文社古典新訳文庫 酒寄進一訳) 【作】長田育恵 【演出】白井晃 【音楽】三宅純 |
| キャスト | 草彅剛、杉野遥亮、瀧内公美 鈴木仁、中沢元紀、池岡亮介、山本直寛、斉藤悠、ワタナベケイスケ、中山義紘 柴一平、東海林靖志、鈴木明倫、渡辺はるか、仁田晶凱、林田海里、タマラ、河村アズリ 松澤一之、有川マコト、ノゾエ征爾 |
| チケット情報 | 【東京公演】S席(1・2階席)12,000円/A席(3階席)9,000円(全席指定・税込) 【兵庫公演】12,000円(全席指定・税込) |
| 公式サイト | https://setagaya-pt.jp/stage/25224/ |











