2024年2月から3月にかけて東京・大阪で本公演が上演されるミュージカル「伝説のリトルバスケットボール団」。韓国での人気青春ミュージカルの日本初上演となる本作は「1日限りのプレビュー公演」を行うという、異例の上演スタイルを取った。
本作のプロデューサーで、演劇制作会社FAB代表取締役の深澤耕輔は、舞台を上演する上で、ずっとジレンマを抱えていたという。それは「演劇は知ってもらうのが難しい」ということ。
通常、プレビュー公演をやる際は初日の数日前に行われることがほとんどだが、今回は約半年前。その発想に至った経緯には、深澤の作品、観客、それぞれに対する深い愛情が込められていた。
――公演のお話の前に、深澤さんのバックボーンをお聞きしたいのですが、演劇との出会いから伺ってもよろしいですか?
もともと僕は、映像の仕事をしていたんです。転機は2009年ぐらいかな。当時はアニメ会社の中の実写部門みたいなところで働いていたんですが、当時の上司の一人が「舞台の会社を作る」と辞めていったんですね。その人から「プロデューサーがいないからちょっと手伝ってほしい」と声をかけられまして。その時は「演劇」というものを観たのは数本程度で、どちらかというと映画に夢中だったので、舞台のことは全然分からなかったんですが、出向のような形でお手伝いすることになりました。それが、ミュージカル「忍たま乱太郎」の立ち上げでした。
――そこから、演劇に心惹かれたきっかけはあったんでしょうか?
最初は、映画と舞台は似たようなものだろうと思っていたんですが、やっぱり全然違いました。作法やスピード感が全然違って。辛くて辛くて、もう辞めようと思ったぐらいだったんです。でも、ミュージカル「忍たま乱太郎」初演のカーテンコールで、涙が出てくるぐらいお客さんの反応が嬉しくて。今でも、その日のことをよく覚えています。
最初は全然お客さん入ってなかったんですよ。でも、幕が開いてからチケットが沢山売れたんです。毎日、公演終わるとチケット売り場に列ができて、それが数十人から百人にどんどん長くなっていったんです。その熱感は今まで味わったことのないもので達成感を感じました。
――そこから舞台プロデューサーの道に?
いや、その時は出向だったので、ミュージカル「忍たま乱太郎」初演が終わったあとは元の会社に戻ったんです。その後、しばらくはまた映像やアニメ仕事をしていたんですが、「また舞台やりたいな」という想いが再燃し、この道に進むことにしました。やっぱり、お客さんの熱量が忘れられないというのが大きかった。
僕がいたのが企画部のような部署で、『ヘタリア』のミュージカル化をフロンティアワークスさんに提案しに行ったことがありました。当時の会社に在籍中は実現できなかったんですが、その後、会社辞めた数年後に、僕のことを覚えていてくれたフロンティアワークスさんから「『ヘタリア』のミュージカルを、一緒にやりましょう」と声をかけてくださって、少しずつ形になっていきました。
――深澤さんは、現在株式会社FABの代表取締役を務められていますが、ポリゴンマジック(FABは、ポリゴンマジック内の舞台・映像制作を行ってきた部署が、2022年7月に新会社として独立した会社)に入られたのは?
アニメ会社を辞めたあと、いろいろあって仕掛けていた企画をもって、ポリゴンマジックにチームごと受け入れてもらった感じで入りました。僕らが参画したことで、映像・舞台の制作部門「ロビースタジオ」が立ち上がり、そこで初めて上演したのがミュージカル「AMNESIA」でした。
――ポリゴンマジックさん、FABさんは2.5次元作品を多く手掛けられているので、今回、韓国ミュージカルであるの本作、ミュージカル「伝説のリトルバスケットボール団」を上演されると聞いて意外に思いました。
そういう印象が強いと思うんですが、実は、うちの会社でやっている2.5次元作品の割合って、全体の半分くらいなんです。例えば、2020年にやった『BIRTH』とか、舞台『カレイドスコープ -私を殺した人は無罪のまま-』とか。お話したとおり、僕はもともと演劇畑の人間ではないですが、演劇に魅了されて、こうして演劇の仕事をしています。だからこそ、演劇に触れたことのない人に、演劇のいろんな魅力を伝えたい。知ってもらえたら、もっと好きになってもらえるんじゃないかという気持ちが根底にあります。
漫画やアニメの 2.5次元舞台化で演劇に興味を知ってくれた方に、また違う演劇の側面を見せたい。そうすることで、より深く演劇を好きになってもらいたいから、2.5次元で舞台を知った方が興味を持って楽しめるような、演劇作品も定期的にやろうと思っていて。今回も、2.5次元ミュージカルを知った方がまた違うミュージカルの魅力に触れられるようなものができたらいいなと思った結果、韓国ミュージカルに挑戦することになりました。
――海外作品も、日頃からリサーチされているんですか?
それが、全然していなくて・・・むしろ疎い方だと思います。今回は、知人の演劇ジャーナリストでフリーのプロデューサーをやっている田窪桜子さんが情報交換の中で「韓国でこんなあたたかくて泣ける青春ミュージカルがあるよ」と教えてくれて知りました。何年も前のことなんですけど。
話を知って、いいなと思って、どう 仕立てたら上演できるかと模索していたんですが、コロナ禍に突入してしまってタイミングを逸してしまって・・・。でも、一昨年やっと韓国に行くことができて実際に現地に観に行くことができました。映像では観ていたんですが、やっぱり生で観ると一層魅力的でした。そこで、制作会社の方にお会いして、上演に動き出すことになりました。
コロナ禍でタイミングを逸している間も、いろんなところからオファーがあったそうなんですが、僕らが一番最初に手を挙げたということで、僕らを選んでくれました。海外ミュージカルの上演実績がなかったので不安に思うこともあったようなので、後悔させないよう、いいものにしなければと気合が入りましたね。
韓国の制作会社さんは、7~8年ぐらい、定期的にこの作品をブラッシュアップしながら上演されて大切に育てていらっしゃるんですね。日本での上演が決まった際にも、日本にこの作品が根付いてほしいとおっしゃっていました。だから、今回単発でやって、上手くいった!終わり!ではなく「根付く」という意味で、どうお客さんに届けていくか、ずっと考えていました。
――それで、本公演の前にプレビュー公演が実現したんですね。
そうですね。ずっと、ジレンマがあったんです。2.5次元作品は、事前に原作の知名度があるので、お客さんへの伝える手段としてやりようはあるんですが、オリジナルの舞台や、知名度は高くないけれどすごくいい作品って、「知ってもらう」ことがすごく難しくて。
何でもそうなんですが、舞台って「知ってもらう」ことが最上級に難しい。だって、作っている側の僕らですら、初日の幕が開けないと全貌がはっきり分からないんです。だから、宣伝とかも「こうなるだろう」という想像でやっていくわけじゃないですか。その状況で、お客さんに1万円超えのチケットを買ってもらうっていうのは、お客さんに対してもなかなか難しいことを強いてるということは、ずっと思っていることで。
映画だと、予告編があるじゃないですか。だから映画は宣伝しやすい。試写で観てもらうことで口コミを広げてもらったりもできるけど、演劇は始まって「いい!」と思ってくれた人の声が届く頃には、終わっちゃってる。だから「演劇で予告編を作るにはどうしたらいいか」という考えから、ちょっと前に稽古すればいいんだ!と思ったんです。
最初はプレビュー公演をやることまでは考えていなかったんですけど、せっかく稽古するんだったら、プレビュー公演をやったら「予告編」が作れるぞ?!と思った次第です。
――「よく分からないもの、目にしたことのないもの」に対する期待って、賭けのようでもありますよね。
やっぱり、1万円を出すって勇気がいることだと思うんですよ。どこの視点から物事を見るかで変わるんですけど。もちろん、作り手としてはその価値があると思って作っていますが、客観的にはどうなのか。その動機が「好きな俳優さんが出ているから」だけになってしまうと、1万円の価値が広がらないし、そこに僕らが頼り切ってはいけないと、常々思っているんです。
いろんなエンタメコンテンツが乱立しているから、昔に比べて、お客さんたちも「ある程度分かったものにお金を払いたい」んじゃないかと思います。僕自身もそうなんですけど、やっぱりお金の使い道を間違えたくない。一方で、作る側としても、演劇に魅了された身としても、観劇って「何にも代えがたい贅沢な時間」だと思うんです。だから、そこに価値を感じてもらえたら、1万円の価値がすっと腑に落ちるはず。賭けを期待にしてもらえるように、「知ってもらう」ことを我々はもっと考えていかないといけないと思っています。
――今回は、その課題解消に挑戦された形なんですね。
そうですね。韓国で時間をかけて育てられて愛されてきた作品なので中身は間違いない。あとはもう、これをどう日本で届けるか、そして日本版らしく作れるか。目的はとてもシンプルだったので、実現に動きやすかったのだと思います。
――実際、プレビュー公演をやってみた手応えはいかがでしたか?
初日、僕はお客さんと一緒に観ていました。反応が気になって・・・(笑)。そもそも半年前の、しかも1日限りのプレビュー公演なんてやったことはなかったですし、これをどう 本公演に繋げるか、悩んでいました。プレビュー公演の前にはあまり情報を出していなかったので、客席にも「何を見せられるんだろう」という独特の緊張感があって。でも、それがすごく良かった。新鮮なリアクションで、想定外のとこで反応があって驚いたり。
とにかく、拍手のタイミングや大きさで感じられる、お客さんの熱量がなんかスペシャルな感じがしました。ちゃんとお客さんに届いたんだ・・・って。もちろん、いい作品だと思ってやってきたけれど、不安がなかったと言えば嘘になります。だから、終わって最初の拍手の音が聞こえた瞬間に、プレビューやってよかった!という確信が持てました。
――キャスティングの妙も光り、とてもいい座組で本公演への期待が増しました。
この作品は、 1人で何役も演じながら6人だけで成立させるミュージカルです。だから、より1人1人のカラーが出やすいんですよね。僕が韓国で観た時は、Wキャストでやっていたんです。両方拝見したんですが、やっぱり全然違って。少人数だからこそ、個性の積み重ねで本当に作品のトーンがガラッと変わるんだなあと。
僕らがキャストさんを決める時には、韓国に引っ張られすぎず、かつ、リスペクトを持ちながら、役の解釈を深める議論を重ねて、その解釈に合う人にお願いをしていきました。あとは、やはり「この人とこの人がこういう感じでやるとワクワクするよね」っていう、自分たちが感じるワクワク感も結構大事にしました。
主演の橋本祥平くんは、僕が本格的にプロデューサーとして動き始めた最初の頃、歌劇『明治東亰恋伽』からのご縁で、そこから定期的に一緒にお仕事をさせてもらっていて、よく知る俳優さんの一人なんですが。僕はもう・・・本当に橋本くんが大好きなんです。機会があれば常に一緒にやりたい(笑)。繊細なお芝居がぴったりでした。梅津くんの役作りはとてもクリエイティブで、大胆なんだけどストーリーに添っていて、沢山本を読んで沢山妄想してきた人なんだろうなぁと思う。彼にしか出来ないアプローチに毎度感心しています。
糸川くんはバスケも歌も上手で、この企画において糸川くん以外あり得ないベストキャスティングで、彼がいることで成立しています。太田くんの役は韓国版と一番違うかもですが、韓国チームが絶賛するほど魅力的に作ってくれて、お芝居好きなんだなって思います。平野くんは、大信頼の俳優で、平野くんがジョンウやってくれるってなって、自分自身がそれは見たい!って思いましたね。今回、吉高志音くんだけはじめましてでした。うちのスタッフから「すごくいい若手の俳優さんがいる」と教えてもらったのが彼だったんですが、確かに熱があってすごく良かった!
6人が揃った瞬間、「あ、もう大丈夫だ」と思えました。みんな、本当に真面目で・・・芝居バカなんですよ(笑)。個性はそれぞれ違うけれど、6人揃った時のグループ感がすごく良くて、いいバランスで組み上がったと思います。僕らが感じたワクワク感を、お客さんに持ってもらえるだろうと心強く思いました。
――本公演でのパワーアップにも、期待しております。
何百、何千とステージを作っていると、 作品がいいだけではダメで、色んな噛み合いで客席とステージが一体となって、お客さんからの熱量の波が押し寄せるような瞬間が時々あるんです。このプレビュー公演の熱を、いい形で本公演に繋げて、この作品の良さを知ってもらえたらと思います。ご期待ください。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部1号)
ミュージカル『伝説のリトルバスケットボール団』
上演スケジュール
【東京公演】2024年2月15日(木)~2月25日(日) 草月ホール
【大阪公演】2024年3月2日(土)・3月3日(日) 松下IMPホール
チケット
【料金】10,800円(税込/全席指定)
スタッフ・キャスト
【キャスト】
スヒョン役 橋本祥平、ダイン役 梅津瑞樹、スンウ役 糸川耀士郎、ジフン役 吉高志音
サンテ役 太田将熙 ・ ジョンウ役 平野良
<バンドメンバー>
キーボードコンダクター:田中葵、ギター:朝田英之、ベース:澤田将弘、ドラム:足立浩
【スタッフ】
作 :パク・ヘリム
作曲:ファン・イェスル
オリジナル・プロダクション:アンサン文化財団、IM Culture
演出・振付:TETSUHARU
日本語上演台本・訳詞:私オム
協賛:スポルディング・ジャパン株式会社
企画・制作:株式会社FAB
主催:株式会社FAB、サンライズプロモーション大阪
公式サイト
【公演サイト】http://littlebasketball.jp/
【公式X(Twitter)】@_littlebasket(ハッシュタグ:#リトルバスケ)
【公演に関するお問い合わせ】info@fabinc.co.jp
(C)リトルバスケットボール団 製作委員会