2022年3月末、無料総合編成チャンネルとして、BS松竹東急が開局した。「伝統から革新まで映画のすべてを見せる」「歌舞伎や劇場文化を誰もが楽しめて親しみやすいものに」「多彩な作り手とコラボレーションする挑戦的なオリジナルドラマづくり」を編成コンセプトに掲げ、幅広いエンターテインメントをテレビを通して広めることを目指している。そんな局の今後について、今回、BS松竹東急の演劇放送プロデューサー湯浅敦士氏に話を聞いた。
3本柱のひとつとして演劇文化を発信する
――BS松竹東急という新しいお取り組みについて、教えてください。
弊社は、松竹グループと東急グループという100年以上の歴史を持つ2つのグループが手を取り合い立ち上げた無料のBS放送局になります。松竹の持つ日本を代表する映画や歌舞伎をはじめとする演劇作品と、渋谷の文化村といった東急の持つ文化発信地としての取り組み、その両者が掛け合わさることで、これまでにはない驚きや感動を届ける放送局になればいいなと思っております。
――演劇の放送に力を入れて取り組むことになった経緯は?
演劇は松竹にとっても東急にとっても欠かせないものである、というのが一番の理由です。
開局の3本柱として立てた編成コンセプトの一つにも、演劇を柱として位置付けています。無料の放送局ということで、他の有料チャンネルと違って演劇を見たことがない人も見る可能性のあることを意識して、誰もが見て楽しめて、親しみを持てるように、歌舞伎や劇場文化を届けたいと思っています。
演劇初心者の「入口」に
――開局当初の歌舞伎ラインナップには『渋谷・コクーン歌舞伎 東海道四谷怪談 北番』といった歌舞伎のことを全く知らなくても1度は耳にしたことのあるようなタイトルが並びました。BS松竹東急として、演劇ファンにとってどのような存在を目指していますか?
個人的な思いとしては、演劇に触れたことがない人にも観ていただいて、演劇ってすごいんだなぁ、劇場に足を運んでみようと思ってもらいたいです。演劇に触れる人が増えていけば、演劇がもっと盛り上がるし、演劇をまだ見たことがない方々にも演劇の魅力が届くはずだから。
そのためには、すでに演劇が好きだという演劇ファンの方々に「BS松竹東急がやっている演劇を見たら間違いないよ」と言っていただけるような、演劇ファンの方々に支持される放送局を目指すことが大切だと思っています。そうすることで、演劇に興味を持ち始めた初心者の方々も弊社のファンになっていただけると思うので。演劇ファンの方々が楽しんでいただけるものを放送していきたいなと思っています。
――歌舞伎だけでなく、「週末ミライシアター」のような小劇場演劇、ブロードウェイミュージカルまで、幅広いジャンルの作品をラインナップされていますが、作品選びの基準としては、どういうことを大切にされていますか?
まずは、『ロミオとジュリエット』のような、演劇を見たことがない人でもタイトルは知っている作品を選ぼうと思いました。シェイクスピアの名前は知っている、『ロミオとジュリエット』というタイトルは聞いたことがある、でもどういう演劇なのか観たことはない、そういう方もまだ多いと思うんです。
日本の劇作家さんでも、例えば井上ひさしさんの名前は知っているけれど、実際に舞台は見たことがない、といったような。演劇への入り口になるためには、知らない方々にも「おっ」と思えるようなものを編成していきたいという狙いを念頭に置いています。
――初心者にも親しみやすいように、歌舞伎の解説番組も制作されていますね。
歌舞伎って「難しい、分からない」と感じている方もいらっしゃると思うんです。
「分からない」で終わらないために、古典芸能解説者の葛西聖司さんに放送の前と後に出演していただき、放送前にはおおまかな概要と見所の解説、見終わった後に演目を補足するような豆知識を話していただくようにして、単純に「見て終わり」ではなく、歌舞伎の知識も得られる作りを目指しました。
――今後、BS松竹東急さんとしてはどういう展望を描いていらっしゃいますか?
歌舞伎の話をたくさんしたので、歌舞伎しかやらないのではと思われるといけないのですが(笑)。歌舞伎は基本的に月1本程度で考えていて、それ以外に現代劇やミュージカル、「こんなものまで?」というような、演劇と名のつくあらゆるものを取り扱っていきたいと考えています。
今は、すでに収録しているものを放送していますが、ゆくゆくは自社で収録した舞台作品も放送できるようになりたいですね。そしてもう1つ、演劇に関連する番組も作っていきたいです。単純な思いとしては、劇場にいる方々や、演劇を伝える方々にフォーカスを当てたような番組を作りたい。劇場をただひたすら褒めちぎる番組とか(笑)。そして、いつか
「週末ミライシアター」から派生した小劇場の演劇祭みたいなことも実現できたら・・・。絵空事ですけど、いつか叶えたい夢です。
自分を救ってくれた小劇場文化を盛り上げたい
――お話を伺っていて「演劇を広めたい」というお気持ちを強く感じるんですが、湯浅さんが演劇のテレビ放送に力を入れたいと考え始めたきっかけについても伺えますか?
実は、学生時代に劇団を主宰して、脚本と演出をやっていたんです。その後、出身地でもある岡山の放送局に就職したんですが、やっぱり演劇を続けたくて公演をプロデュースして東京や大阪で上演していたんですね。仕事で辛いこともたくさんあったんですけど、演劇を続けていることで救われていたんです。
BS松竹東急の立ち上げに関わることになって、放送業界でやってきた仕事とプライベートでやってきた演劇の道が交わる機会が巡ってきました。これまで放送業界で培ってきたキャリアを活かしつつ、感謝の気持ちを持って、演劇がもっと盛り上がっていけばいいなという思いを持って演劇と仕事に向き合っています。
――いろいろな劇場文化をテレビ番組として放送していくことで、湯浅さんご自身はどんな効果を期待していますか?
逆説的な話になってしまうんですが、僕はやっぱり、生で演劇を観るのが好きでして。編成をすることになって、俳優の友人に「テレビで演劇を放送するって、生で見るべし!と思っている人間からすると、本当に演劇の面白さが伝えられるのか不安なんだよね」という話をしたことがあって。そうしたら「例えば、好きなアーティストを音楽番組で観たことはあるけれど、ライブに行ったことがない人もいるよね。野球やサッカーといったスポーツの試合も、テレビで絶対に見るけど試合を見に行ったことがない人も多いと思うんだよ。それって、生は生、中継は中継の面白さと楽しみ方があるってことなんじゃないかな。演劇も演劇で、放送で観れるから面白い、劇場で見るから面白いってなっていかないと。演劇をもっと身近なものとして盛り上げるためには、演劇をテレビでも楽しめるのが当たり前になることが大切だと思うよ」って言われまして。いいこと言うなぁと(笑)。
それを聞いて、気軽に観られるという意味で放送や配信がある意義は大きいんだなと思いました。まずは観て、「面白い」と思った視聴者の方々が劇場に足を運ぶきっかけが作れたらなと。劇場文化がより盛り上がることに、少しでも貢献できたら嬉しいと思っています。
――最後に、プロデューサーとして視聴者や演劇ファンに向けたメッセージがあればお伺いしたいです。
今、いろんな作品がガンガン配信されていますが、配信って「自分で選択」して、観たいから選んで観ているんですよね。配信と放送の大きな違いは、観ようとしてないものも目にする機会があるか、だと思うんです。もちろん、「この番組が観たい」と意志を持って観ているものもあれば、ただテレビで流れていてなんとなく目にしているものもある。チャンネルを変えている時に、たまたまBS松竹東急で演劇が流れているのを見て、演劇に興味を持って、演劇って面白いなと思ってもらえたら。これだけ配信が浸透してきた今、自分の選択ではたどり着けないきっかけを作って、生活の幅や可能性を拡げるのが、テレビの大きな役割なんじゃないかなと思うんです。まだ演劇を知らない人の生活の選択肢に演劇が芽生えるための「種」になれたら嬉しいです。
毎週劇場に行くのは金銭的にも辛いけれども、今日はBS松竹東急で演劇を楽しもうみたいな。日常に演劇をそっと添えられるような存在になれたらと思いつつ。パブリックビューイングのように、放送に合わせて視聴者みんなで語り合いながら観ようといったことも、BSで無料だからこそできる気がするんです。そういった「テレビだから」こその楽しみ方を考えていけたらいいです。
(取材・執筆/演劇ライター講座第3期生)
週末ミライシアター7月は劇団鹿殺しを特集!
7月2日・16日(土)深夜0:30~
ストロングスタイル歌劇『俺の骨をあげる』
7月9日・23日(土)深夜0:30~
『キルミーアゲイン’21』
<全国無料放送>夏の特別企画!BS松竹東急で2週連続「超歌舞伎」の放送が決定
BS松竹東急(BS260ch)の「土曜ゴールデンシアター」(毎週土曜18:30~)の夏の特別企画として、8月に歌舞伎俳優・中村獅童×バーチャルシンガー・初音ミクが主演する「超歌舞伎」の2週連続放送が決定。
超歌舞伎とは
2016年の「ニコニコ超会議」で誕生した、歌舞伎とバーチャルシンガー初音ミク、そしてNTTの最新技術の融合による、全く新しい未来型の歌舞伎公演。以来、松竹、NTT、ドワンゴの3社のコラボレーションで多くの作品を生み出し、日本の伝統芸能を代表する“歌舞伎”と、NTTが研究開発を進めてきた超高臨場感通信技術「Kirari!」をはじめとする、最新テクノロジーが融合し、エンターテインメントの限りない可能性を切り拓いてきた。
放送予定
8月13日(土):『當世流歌舞伎踊』『今昔饗宴千本桜』
8月20日(土):『都染戯場彩』『御伽草紙戀姿絵』
※すべてノーカット放送
【局公式サイト】https://www.shochiku-tokyu.co.jp
【局公式Twitter】@BS260_official
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