「歌舞伎に触れてほしい」「もっと気軽に足を運んで楽しんでいただきたい」との思いで市川海老蔵が企画する自主公演『ABKAI』の第五回「ABKAI 2019~第一章 FINAL~『SANEMORI』」が、2019年11月5日(月)に東京・Bunkamura シアターコクーンで開幕した。
出演者には、歌舞伎界から中村児太郎、中村梅花、大谷廣松、市川九團次、市川右團次のほか、滝沢歌舞伎を受け継ぐSnow Man(ジャニーズJr.)から宮舘涼太と阿部亮平が集った。歌舞伎とジャニーズ・・・それぞれの配役に、海老蔵の“伝統の歌舞伎を新時代に繋いでいく”という願いがあり、それに対して歌舞伎界ではない二人が誠実に向き合ったと感じる上演だった。
古典歌舞伎「源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)」は、全五段の時代浄瑠璃「平家物語」・「源平盛衰記」のうち、二段目「義賢最期」と三段目「実盛物語」を素材としている。語られるのは、平安末期の武将・斎藤実盛を描いたもの。実盛は、敵方の遺児・駒王丸の殺害を命じられるが、赤子を殺すに忍びなく密かに逃がす。成長した赤子は“木曽義仲”として源平の合戦に臨み、そこで実盛は、義仲の家来・手塚光盛に討たれて最期を遂げる・・・。
このエピソードを基にした「源平布引滝」の三段目「実盛物語」は、赤子を助けた若き実盛が、将来、光盛に討たれるだろうと予見させて終わる。これらを下敷きにした企画をあたためていた海老蔵が、ついに今回『SANEMORI』として古典を生まれ変わらせる。
台詞回しや演出など、歌舞伎の作法を知らなければ慣れないところもあるかもしれない。けれど、物語はシンプルかつ、人間の厚い情や信念、生き様が、歌舞伎の様式でダイナミックに描かれている。もし歌舞伎を普段観ないなら(ご覧になる方も!)、『源平布引滝~義賢最期・実盛物語』のあらすじをざっとでも頭に入れて、台詞回しや音楽、殺陣、布や身体や音楽や美術をふんだんに使った演出効果などをじっくりと楽しむのが一つのおすすめだ。
『SANEMOR』の冒頭は、木曽義仲(=源義仲/宮舘涼太)とその家来・手塚太郎光盛(てづかのたろうみつもり/阿部亮平)が過去を語るところから始まる・・・。何年も昔のこと。かつて源義朝は裏切りにあい、源氏の守りである「白旗」を敵の平清盛に奪われてしまった。しかしそこに義朝の霊(市川海老蔵/3役)が現れ、「白旗」を取り返す。
「白旗」は義賢(市川海老蔵/3役)手に渡るが、義賢は謀反の疑いで軍兵に襲われてしまう。ここでの大立ち回りが大きな見どころだ。入り乱れる兵士との斬り合い。刀を握っての殺陣や、兵士たちが持ち上げる畳の上に立って見得を切る場面など、歌舞伎の形と美を十分に堪能できる。義賢は何度斬られても立ち上がり、大勢の討手相手に奮戦する。崩れるように階段を落ち、力尽きるまで死闘を繰り広げる様に見惚れてしまう。
さらに「白旗」は居合わせた娘・小まん(中村児太郎)に託される。びわ湖に飛び込んで逃げた小まんを救ったのが、船の上で月を眺めていた武将・齋藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり/市川海老蔵/3役)だった。実盛はもとは源氏だが、今は心ならずも敵方の平家に仕える身。なんとか源氏を助けようとするのである。
源氏が守る「白旗」をめぐる物語とともに、未来の木曽義仲・手塚太郎光盛と実盛の因縁が語られていく。なんとか源氏の再建の根を絶やしてはならないと、実盛は偶然をよそおって「白旗」が平家の手に渡らないように動く。
けして相容れない敵同士だけれど、自分の運命を受け入れ、その上で信念を通し、義理を貫こうとする。実盛だけでなく多くの登場人物がそうだ。源氏と平氏の垣根を越えて、大切なものに命をかけ、愛する人を守り、恩義と忠義を尽くそうとする。
己にまっすぐな生き様を、歌舞伎というダイナミックな表現が鮮やかに伝える。布が柔らかく大きく動き、時代の流れや水を表現する。大人数で乱闘する「立ち回り」では、音楽に合わせて様式的に動き、客席や舞台の端から端へ、下から上へと、大波のようにゆっくりと動きを魅せていく。
華々しい衣装、艶やかな美術の中、矜持と信念を持つ人々の生き様が際立つ。誰かの心意気を受け、また誰かが敵味方を越えてその思いに報いようとする・・・。それが歌舞伎の様式で語られる様子は、とてもドラマティックだ。
海老蔵は、「源平布引滝「実盛物語」が古典歌舞伎としてこれまで長く愛されてきた所以は、やはり物語の根底に流れる当時の日本人が持っていた信念や思いに多くの人が共感し感銘を受けてきたからではないかと」と語っているが、まさにその魅力が華やかに伝わる舞台だ。
本作は、実盛を中心にしている。扇を手に語る場面は、コミカルな人間味もあれば、実盛の懐の広さをも感じさせる見どころとなる場面。「生締(なまじめ)」と呼ばれる分別のある武将の典型的な役柄を演じる。3役をこなす海老蔵が歌舞伎の歴史と技を背負って立つ。また、歌舞伎界の面々もそれぞれの芸を見せる。小まんを演じる中村児太郎の芯のあるしなやかな立ち回りや、市川右團次のどっしりとした存在感など、どの役も人間的な魅力が楽しい。
そんな歌舞伎俳優たちに誠実に対峙しようとする宮舘、阿部の姿が、また凛々しい。所作や発声など、真摯に取り組んできたのだろう。丁寧に伝えようという緊張と誠実さが伝わってくる。二人の役どころは、海老蔵演じる実盛に命を救われ、源氏の未来を託される若者たちだ。その物語が、現実の彼らと重なる。
そもそもABKAIは、海老蔵が近年積極的に取り組んでいる“伝統の継承”と“新時代の歌舞伎の創造”を融合させた舞台を目指して2013年に立ち上がった企画だ。まさに、数百年続く歌舞伎の伝統を次世代に繋ぎ、ジャニーズで滝沢歌舞伎を受け継いだ彼らの身体をとおして融合していく様子が見えるようだった。今目の前の『SANEMORI』を楽しみながらも、これからの二人の舞台がさらに期待してしまう。
海老蔵の「歌舞伎に新風を吹き込み、その魅力を広めたい」という願いのABKAI。歌舞伎好きも今回初めて観た人もなにかしら新たな風を感じられたなら、それは、歌舞伎の新時代に吹く風なのだろう。
市川海老蔵 第五回自主公演『ABKAI 2019~第一章 FINAL~』は、11月25日(月)まで東京・Bunkamura シアターコクーンにて上演。上演時間は、序幕55分、休憩20分、二幕目・大詰90分の計2時間45分を予定。
(取材・文・撮影/河野桃子)