東啓介主演『命売ります』ノゾエ征爾×三島由紀夫のエンターテインメント

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「命売ります」と新聞広告を出した青年がたどる数奇な物語。2018年11月24日(土)に東京・サンシャイン劇場にて幕を開けた『命売ります』は、作家・三島由紀夫が1968年に「週刊プレイボーイ」に連載していたエンターテインメント小説を原作とした、ノゾエ征爾が脚本・演出を手掛ける舞台作品だ。

『命売ります』舞台写真_3

東啓介が、己の命を商品にする青年・山田羽仁男(はにお)を演じる。長身と品のある佇まい、誠実な演技で存在感を見せた。彼を中心に、上村海成、馬渕英里何、莉奈、樹里咲穂、家納ジュンコ、市川しんぺー、平田敦子、川上友里、町田水城、不破万作、温水洋一、そしてノゾエが出演する。どこか可笑しく、ファンタジックだけれど生々しい、生と死をめぐる寓話。

『命売ります』舞台写真_4

27歳の羽仁男は、有能なコピーライターだった。それがふと「死のう」と思い立ち、自殺しようとするも失敗。もう一度挑戦するのが億劫になり、誰かに殺してもらおうと新聞に「命売ります」と広告を出す。すると、彼の元には様々な依頼が舞い込んでくることに。不倫中の奥さんを誘惑して嫉妬した愛人に殺されてこいといったものや、人体実験を受けろ、吸血鬼に血を吸われろという依頼まで・・・。

『命売ります』舞台写真_8

この羽仁男、いまいち捉えどころがなく、独特のプライドがあり、そこが魅力的にも映る。現状は嫌だが、自殺は面倒だから誰かの手で殺してして欲しい。でも自分は「死にたい」わけではなく「死んでもいい」のであって、その二つは天と地ほどの差があると言い張る。命を「あげる」のではなく「売る」と商売を仕掛けておきながら、報酬については「どうせ死ぬから給料はいらない」と依頼人に金を返す。人任せなのにこだわりだけは強いと言う、かなりの“甘ったれ”にも感じる。

『命売ります』舞台写真_9

しかし東演じる羽仁男はかなり素直で、「この方法で死ね」と言われればそれほど躊躇せず「分かった」と受け入れ行動する。そんな空虚な「どうでもいい」といった投げやりさも持ちながら、時に情熱的に吼え、女を抱き、悪態を吐く。なんだか中身がないのだ。

『命売ります』舞台写真_10

レールさえ敷かれれば走りますよ、とも見える羽仁男のスタンスは、おそらく彼自身も、命と人生をどう扱っていいかわからず持て余しているのだろう。幸せでも不幸でもない。平凡も怖い。未来が灰色で薄ぼんやりとしている若い社会人の、漠然とした不安。「死んでもいいかも」と思ったし、実際死んでもいいのだけれど、たぶんきっと、もっと人生楽しかったら生きてみたいはず。ただ、どうやったら人生が輝くのかがわからない。そんな虚脱感を、東の佇まいから感じた。

『命売ります』舞台写真_7

羽仁男の命を買いに来る人々とその周辺の人物たちが、個性豊かで、まるで羽仁男はおもちゃ箱にでも放り込まれたようだ。温水、不破、市川ら演じる男たちは、老獪さと暴力性でもって羽仁男に迫る。それぞれの不敵で大胆な演技が、コミカルながらどこか不気味だ。

莉奈、樹里咲穂、馬渕ら女たちは、華やかに羽仁男を翻弄する。命を売る、という怪しい契約の裏に、男と女の妖しい雰囲気が漂う。三者三様の性的なあり様は、羽仁男に女性との様々な関係性を経験させる。

『命売ります』舞台写真_5

唯一、羽仁男と歳が近く交流を育む男子高校生・薫を演じるのは上村海成。常に笑顔で純粋。その無邪気さゆえ、よく考えれば恐ろしい台詞も楽しい日常会話の様に聞こえる。善も悪もなく、自分の愛情や思いやりで行動していく薫は、現実感のない羽仁男の生き方と馴染む様で、実は真逆かもしれない。青年二人の心の交流は、ファンタジーでありながら、本質的。いつか子どもの頃は、こうやってただまっすぐに友達と接していた気がする。

『命売ります』舞台写真_2

舞台は基本的に仄暗いが、美術、証明、衣装でビビッドな色が差し込まれる。要所要所、舞台中央でチカチカと輝く「命売ります」のネオン。どこか昭和の場末の裏道の様だ。その生々しい雰囲気は三島由紀夫の世界観を彷彿とさせる。家納、平田、川上、町田ら、長年小劇場界で活動してきた俳優たちが、昭和感溢れる語全体の空気を、周囲からしっかりと積み上げていく。

しかしこの昭和感は、演出家であるノゾエが(チラシビジュアルからもわかるように)警官を演じることで、一気に平成の私たちの現実とつながる。ドロップアウトしてもなお社会ルール(=警察)に縛られ生きている羽仁男たちが、演出家の用意した舞台の上で決まった台詞を喋り役を生きる俳優と重なる。私たちは普段一体自分の意思で物事を決めて生きているのか?知らないうちにコントロールされてはいないか?そしてその人生を手放したいのか・・・つまり、命を売りたいのだろうか?

『命売ります』舞台写真_6

死ぬために依頼を受けるのに、なぜか生き延びてしまう羽仁男。そのうちに彼の心が変わってきて・・・髪を振り乱して叫ぶ羽仁男の言葉は、現代に生きる私たちの声そのものでもある様に聞こえる。

原作は、いわゆる“三島文学”の枠にはまらないエンタメ小説なのがおもしろい。しかも小説ではハードボイルド調だという。ノゾエの演出や俳優の演技はコミカルで、衣裳や美術は鮮やかだが「ハードボイルドな小説の方はどういう雰囲気だろう」と興味が沸くのも、原作ある舞台の喜びだ。反対に原作ファンは「こうやって舞台化したのか」とも楽しめるだろう。

『命売ります』舞台写真_11

三島由紀夫のパンクさと、ノゾエ征爾のユーモアが出会った『命売ります』は、12月9日(日)まで東京・サンシャイン劇場にて、12月22日(土)に大阪・森ノ宮ピロティホールにて上演。上演時間は、約1時間50分(休憩なし)を予定。

(取材・文・撮影/河野桃子)

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