2016年7月10日(日)、東京・天王洲 銀河劇場で朗読劇『俺とおまえの夏の陣』が上演された。7月7日(木)から7月9日(土)まで同劇場で上演されていた『僕とあいつの関ヶ原』の兄弟作である。キャストは4名。須賀健太、染谷俊之、黒羽麻璃央、猪塚健太が、戦国末期を生きた伊達政宗らの生き様を体現する。今作は2015年8月に上演された作品の再演であり、演出は引き続き劇団柿喰う客主宰の中屋敷法仁が務める。また前回は、玉城裕規、細貝圭、鈴木勝大、宮崎秋人が演じた。
(以下、演出の内容に触れています)
「朗読劇」というように、キャストは台本を片手にページをめくりながら、ほぼ舞台セットのないステージに立つ。照明の変化はあるが、衣装を着替えることもない。演劇公演の立ち稽古を観ているようでもある。
原作はTVアニメ『TIGER & BUNNY』や映画『ヒロイン失格』などの脚本を手掛ける吉田恵里香のライトノベルだ。戦国時代の終わり、豊臣秀吉による天下統一から徳川家康の治世にかけて、伊達政宗とその重臣である片倉小十郎親子が駆け抜けた激動の時代を描く。
稀代の風雲児、独眼竜の伊達政宗を演じるのは須賀健太。病気で右目を失い、母に捨てられ、父を手にかけ、裏切りと苦悩のなかにありながら、当主として民を守り、土地を守ろうとする。須賀は幼少期から老年期までを演じるが、小柄な体で震えていた少年が、時を追うにつれ、崩れない大山のように堂々とした風格を身につけていく。2015年のハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」、2016年再演の“頂の景色”に引き続き、中屋敷演出の作品を、舞台の中心で力強く率いる。
その伊達政宗の家臣、片倉小十郎がもう一人の主人公だ。染谷演じる小十郎は、一生をかけて御屋形様を守る・・・と、つねに政宗の参謀として、影として、政宗の意を汲み行動する。
時折切なげな表情を浮かべつつも、「いえ」と言葉を呑むことが多い小十郎。染谷の大きな目が、言葉を発さなくてもいろいろな思いを語る。片手に持った台本を見ながらも、目の演技が途切れることはない。政宗と小十郎の友情が軸の物語のため、染谷の集中力が切れたら二人の関係は崩れるだろう。しかし染谷は小十郎としてしっかりと、舞台で政宗を支え続けた。
染谷扮する小十郎の息子を演じる黒羽は、前半はほぼナレーションを担う。存在を主張することなく、須賀演じる政宗と、染谷演じる小十郎の男の友情を観客に届ける。しかし後半、時代の流れと共に、成長した息子は親の名を継ぎ、二代目小十郎として政宗を支えることになる。一人の男が成長し、友情と忠誠が受け継がれていく・・・その様は、前半に黒子役に徹しているからこそ、後半での存在感が引き立っている。
そしてこの朗読劇を支える立役者が、ほかの役すべてを一手に引き受ける猪塚だ。伊達政宗と敵対する豊臣秀吉、徳川家康、真田幸村のほか、政宗の母や弟、名前もない脇役まで一人で演じる。声色や立ち姿を変化させながら、子供、女性、悪者など、次々と役を変える様子は落語を観ているようで、猪塚の芸達者ぶりがさく裂している。時折、大河ドラマ『真田丸』(NHK)の時事ネタも盛り込み、客席を沸かせていた。
朗読劇であり舞台セットもないため、目の前の役者たちを観ているだけでなく、背後にどんな光景が広がっているかを自然と想像してしまう。俳優4人を通して、その向こう側に山や城や田んぼや戦場のイメージが広がる。
しかし途中、急に須賀が黙る。台詞を忘れたのかと思いきや、相手役が台本を見せ「え、この台詞言いたくない?」「これだったら言う?」などと台詞を変える。目の前で行われているナマの舞台で、かつ台本を手にした朗読劇だからこそ生かされる演出だ。俳優たちを媒介にその向こうの情景を想像していたのに、ふと、4人が目の前で息をして動いていることを思い出す。その瞬間、たった4人が声と動きだけで、戦国時代をここに蘇らせていたことを実感する。
舞台にすることによって、小説とは違う楽しみが生まれている。派手な舞台美術も衣装もない、小説のように細かな情景描写もない朗読劇だからこそ、人間の想像力がどこまでも広がる可能性を感じられる舞台だった。
(文・撮影/河野桃子)