“劇”という漢字の成り立ちは「トラの頭(左上)」と「動物の身体の象徴(左下)」と「刀(右)」が合わさる“獣が刀を振るうさま”の様子なのだそうです。細かい描写には諸説ありますが、どれもおおざっぱにはこのような感じで、“激しさ”を見せる意味合いを含んでいます。
劇場では、人という生き物が、技を見せます。動きの激しいパフォーマンスもありますが、動きがなく静かな作品でも、観る人の心を動かす激しさがあります。劇場に渦巻くさまざまな“激しさ”に出会うと、「ああ、またあの体験がしたい」と舞台の虜になっていくのではないでしょうか。
今月は、どんな舞台に出会えるのでしょう。<ストレートプレイ><ミュージカル><2.5次元><ダンス><劇団/小劇場><古典><その他>のそれぞれから1作品+αをピックアップしました。
ご参考になれば幸いです。
(ライター/河野桃子)
ストレートプレイ
『空ばかり見ていた』
3月9日(土)~3月31日(日) Bunkamuraシアターコクーン
【公式HP】https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_sorabakari/
森田剛さんを主演に、岩松了さんが当て書きする新作。「以前から一緒にやろうねと話していた」と互いに言うように、まさに満を持しての新作上演です。岩松了さんと森田剛さんの空気は合いそうだなぁという予感もするのです。ほかの配役についても、それぞれの俳優さんはバックグラウンドが違うのに、どこか統一感がある。丁寧な配役。
テーマについて「恋愛がそれ単体では成立しないおもしろさを描きたかった」と岩松さんは言っています。恋愛は、恋愛だけでは、恋愛ではないのか。“内戦”を背景にし、人間が生きる時に避けては通れない(むしろ歩くたびにぶち当たる)「恋愛」を掘り下げていく舞台になるでしょう。いや、岩松さんの作・演出は、掘り下げるというより、浮き彫りになる、という表現が合うかもしれません。きっと柔らかくもジクジクと内臓をえぐるような作品になるのでは、と勝手ながら予想しています。
また、Bunkamuraシアターコクーンは“シアターコクーンオンレパートリー2019”として、『罪と罰』(出演:三浦春馬、大島優子、ほか)『唐版 風の又三郎』(出演:柚希礼音、窪田正孝、ほか)を上演。5月には『ハムレット』(出演:岡田将生、黒木華、ほか)を控えるなど、映像分野で活躍する俳優たちが重厚な文学の世界を背負う作品を、いくつも企画しています。渋谷の真ん中で、次代を担う俳優たちと、時代を繋ぐ作品群。その中でも今回は新作公演ということで、何が浮かび上がってくるのか、気になります。
3月5日(火)に開幕する『母と惑星について、および自転する女たちの記録』にも注目。2016年、第20回 鶴屋南北戯曲賞を受賞した舞台の再演です。蓬莱竜太さんの戯曲には、いつも「良」と「悪」の両極端の興奮を感じます。それを栗山民也さんが客観的に確かな演出で観せてくれることでしょう。芳根京子さん、鈴木杏さん、田畑智子さん、キムラ緑子さんという4人の女優さんの顔合わせも魅力的。
2010年に初演され、成河さんが第18回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞したことも話題になった一作『BLUE/ORANGE』(3月29日開幕)も楽しみです。精神病院での、とある24時間。一人の精神病患者と二人の医師が織り成す手に汗にぎる会話劇。配役変更などで、変化が見えそうです。
ミュージカル
『プリシラ』
3月9日(土)~3月30日(土) 日生劇場
【公式HP】https://www.tohostage.com/priscilla/
LGBTを扱ったり、ドラァグクィーンが登場するミュージカルはいくつかあります(『キンキーブーツ』など)。歌とダンスで綴るミュージカルは、ドラァグクィーンの華やかさにぴったりで観客を勇気づけると共に、ドラァグクィーンたちの悩みも真っ直ぐに発してきます。特に『プリシラ』は、ドラァグクィーンという世間のマジョリティが思っている男女の性差を越えた仕事、妻や息子との関係など、一人の人間が直面する問題を織り交ぜながら、ゴージャスな舞台を展開。絢爛な衣装でステージパフォーマンスをするドラァグクィーンという生き方と、ミュージカルの相性の良さを体現する作品と言えるのではないでしょうか。次々と変わる衣装がどれも可愛く刺激的で、ファッションショーのような楽しみも。
また、3人のドラァグクィーンの年齢も個性もバラバラなので、画一的なドラァグクィーンではない見せ方をしてくれる可能性が高い作品だなと思います。しかもそのキャストは、2016年初演と同じく山崎育三郎さん、陣内孝則さん、ユナクさん(超新星/Wキャスト)、古屋敬多さん(Lead/Wキャスト)。演出の宮本亜門さん含め、再集結しています。再演ということでパワーアップを期待しつつ、前回観劇した方も今回初めての方も、楽しめる時間となるだろうという安心感もあります。
ほか、『Red Hot&COLE』はブロードウェイで活躍したソングライターと、その名曲をたっぷり紹介するシリーズ「ブロードウェイ・ショウケース」の第3弾。屋良朝幸さん主演、作詞・作曲家のコール・ポーターを取り上げていることで、ミュージカル愛に溢れたステージになっていることでしょう!
そして、林翔太さん(ジャニーズJr.)、松岡充さんが恋人を演じる『ソーホー・シンダーズ』も見逃せない作品です。この作品も『プリシラ』とおなじく、テーマではないものの重要な要素としてLGBTがあります。政治も貧困もあるけれど、シンプルで真っ直ぐなラブストーリー。そして、とても音楽がカッコいいのです!
日本の歴史を歌う「レキシ」の楽曲でつづるミュージカル『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は、山本耕史さんほか舞台上での勢いたっぷりの面々、演出はたいらのまさピコ(河原雅彦)さん、振付は梅棒と、ユーモアたっぷりになる予感ばかり。
日本で10周年となる人気作『ALTER BOYS』は、今回は2チーム制。「team SPARK」は良知真次さん以外の4役が日替わりという試みも、配役の化学反応が観られておもしろそうです。
2.5次元舞台
『どろろ』
【大阪公演】3月2日(土)・3月3日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
【東京公演】3月7日(木)~3月17日(日) サンシャイン劇場
【福岡公演】3月20日(水) ももちパレス
【三重公演】3月23日(土) 三重県文化会館大ホール
【公式HP】https://www.dororo-stage.com/
いたるところでお見かけする鈴木拡樹さんが主人公・百鬼丸を演じます。鈴木さんは『映画刀剣乱舞』での麗しさも話題になりましたが、今回、この舞台にものすごく注目したいのは、共に制作が発表され、共に鈴木さんが主演をつとめるアニメ版がとても良いから!です!
そもそも原作は手塚治虫の漫画で、連載中は多少紆余曲折をたどったものの、多くの人が惹かれ、作品化してきた人気作。アニメ、漫画、映画、舞台・・・それぞれで新たなどろろと百鬼丸像が描かれてきました。それが今TOKYO MXで放送中のアニメでは、新たな解釈といえるのに、より手塚治虫の描いた百鬼丸像に近づいたんじゃないかと思えるような、本質的で魅力的な描かれ方をしているのです。
簡単に説明しますと、物語は、戦国時代、妖怪に奪われた自分の身体を少しずつ取り戻していく旅をする百鬼丸と、同行することになる子どもの泥棒どろろの物語。原作では二人のコミカルなやりとりなども微笑ましいのですが、アニメでは当初、百鬼丸が身体の一部を持たないために耳も目も口も機能していないので、二人のコミュニケーションは成り立ちません。身体を取り戻すごとに、世界を感じていく百鬼丸・・・その様子を丁寧に丁寧に描写することで、「人間であること」が描かれていきます。他者の存在を受け入れる恐れや、喜び。そして、戦場の無慈悲さ。原作への強いリスペクトと独自解釈を持ち、「命とは」「人間とは」を大切に形づくって手渡していくアニメ作品と同時制作・同時主演ということで、期待してしまいます。
このほか、7人組の覆面作家集団「GoRA」によるアニメ原作で、末満健一さん演出する異能者たちの群像劇『K -RETURN OF KINGS-』も上演スタート。またあの世界観に触れられるとは!
平成仮面ライダーシリーズ初の演劇作品となる『仮面ライダー斬月 -鎧武外伝-』はどんな仕上がりになっているでしょうか。仮面ライダーは、正義のヒーロー物語ではなく、深めるほどに生きることの善悪を問いかけます。まさしく斬月は、目的のためには手段を選ばない生き方をする“大人”。毛利亘宏さん演出、虚淵玄さんシリーズ原案・監修とくれば、ドラマとしての見せ方にも期待してしまいます。
劇団/小劇場
ベッド&メイキングス『こそぎ落としの明け暮れ』
3月15日(金)~3月27日(水) 東京芸術劇場 シアターイースト
【劇団HP】http://www.bedandmakings.com/
【チケット】ぴあ
演出家・脚本家の福原充則さんが、2011年に俳優の富岡晃一郎さんと立ち上げたユニット「ベッド&メイキングス」。今回の第6回公演は、2018年に『あたらしいエクスプロージョン』で岸田國士戯曲賞を受賞してから初の長編書き下ろし作品となります。軽快で、思わず笑ってしまう台詞の巧さを耳にすると、どこか痛いのに、生きやすくなったような気がする。友だちと観に行くもよし、仕事帰りや、やっとの休日に一人で観に行くのもよし、というようなばかばかしくて気持ち良い舞台。
劇団公演は、過去作と似たテイストなのか、たまには趣向を変えてまったく違うスタイルの作品に挑戦するのか分からなくて、時々「あれ、この劇団はこんなテイストだったっけ?」と驚くこともあるのですが、今回あらすじを読んだだけでも、安心して劇場に出かけていいのではないかなぁと、勝手ながら思います。
あらすじ:あなたの笑顔でよく吐くわたし。胃腸が弱くてごめんなさい。登場人物達のそれぞれの善意が、互いをすり減らし、こそぎながら、“信じるに値するもの”を求めて、右往左往する様を“笑い”を交えて描く群像劇。
安藤聖さん、石橋静河さん、町田マリーさんら、日常を繊細に大胆に演じられるでしょう女性8名と男性の富岡さん1名。善意の関係性の中に飛び込んでみたい一作です。
ほか、KUNIO『水の駅』も気になっています。昨年末の舞台『オイディプスREXXX』(主演:中村橋之助)を演出した杉原邦生さんが、恩師・太田省吾さんの代表作を演出。水道管から細々と流れ続ける水、そこに来ては去っていく人々・・・台詞のない沈黙劇。過去に大杉漣さんも出演されており、昨年、映像がテレビで流れたこともあったので目にした方もいらっしゃるかもしれません。
ダンス/舞踏
『POISON』 リ・クリエイション
3月22日(金)~3月24(日) 世田谷パブリックシアター
【詳細】https://setagaya-pt.jp/performances/20181122-61326.html
ダンサー・振付家の平山素子さんが、2015年に初演した『POISON~シェイクスピアを喰らう~』を“リ・クリエイション”版として再演します。平山さんの振付は、国内外にとどまらず、コンテンポラリーダンス、バレエ、シンクロナイズドスイミング、フィギュアスケートなどさまざまな場でダイナミックに見せられてきました。
この『POISON』は演劇とのコラボレーションとも言えるでしょう。モチーフは、シェイクスピアの残した言葉や劇世界。400年以上も世界中で親しまれるシェイクスピアの作品には、人間が逃れることのできない様々な感情や関係が鋭く散りばめられています。その物語だけでなく、言葉も愛され、数々の作品で引用され続けています。生、死、愛、憎しみ、喜び、嫉妬、裏切り・・・それらは極上の毒薬“POISON”。おかしかったり恐ろしかったり、一つのものを上から見たり横から見たりするような、身体で表現するシェイクスピア。ダンスは観ないけれど演劇は好き、という人を誘って感想を聞いてみたくなります。
踊るのは、数々のシェイクスピア作品に出演してきた俳優の河内大和さんなど初演メンバーに加え、ダンス集団TABATHAの四戸由香さん、Noism退団後初舞台となる中川賢さんが出演します。
ほか、障害のある/なしを越えるイギリスのダンスカンパニー、ストップギャップダンスカンパニーの『エノーマスルーム』もおすすめしたいところ。車椅子などが身体としてステージに登場し、演劇的な物語性の強い作品を発表しています。妻(母)を亡くし、残された夫と娘の前に、妄想と現実を結ぶ案内人チャックがあらわれ・・・美術や照明も美しい。
もう一つ、ユルさとくだらなさと親しみやすさにクスリと笑っていると、いつのまにか胸がすっとしている、そんなダンスカンパニー・モモンガ・コンプレックス『となりの誰か、向こうの何か。』は、愉快で優しい友だちに会うような気分で観に行きたい。縁側でふっと緑茶薫る“アリスの気違いのお茶会”のような心地よさがある(と勝手に)思っています。
古典
『松竹大歌舞伎』
松本幸四郎改め二代目松本白鸚、市川染五郎改め十代目松本幸四郎襲名披露
3月31日(日)~4月25日(木) 全国19ヶ所巡演
【詳細】https://www.kabuki-bito.jp/theaters/jyungyou/play/605
昨年、37年ぶりに歌舞伎の高麗屋が三代襲名披露を行い、新たな「染五郎」「幸四郎」「白鸚」としてのスタートとなりました。そして今年、二代目松本白鸚と十代目松本幸四郎が全国を巡業するのが『松竹大歌舞伎』中央コース。高麗屋の新幕開けとして、心を込めて丁寧によりすぐられた演目が、全国19ヶ所で一日限りの公演を行います、ときたら、その幕開けを目撃したくなります!
演目は3つ。まず「やはり、最初に俳優が出て、皆様にご挨拶をするのがよいのでは」と『襲名披露口上』から。次に、名前が変わって改めて挑戦する『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』「加茂堤」「車引」。荒事(見得や隈取りなど荒々しく豪快な歌舞伎の演技)は、高麗屋が得意とするもの。「車引」などは、江戸を中心に発展した荒事のなかでも代名詞となる作品の一つで、高麗屋の覚悟と心意気を感じます。そして、幸四郎がつとめる華やかな『奴道成寺(やっこどうじょうじ)』。前より演じたいと思っていた曾祖父の壺折(つぼおり/歌舞伎の衣裳の一つ)をまとっての上演となるそうです。
ほか、日本の伝統芸能である能と、ハンガリーの現代音楽を融合させた『くちづけ~現代音楽と能~』もおもしろそうです。演出するのは現代口語演劇の旗手・平田オリザさん。3月9日(土)16:00の一公演のみですが、ジャンルを越えた文化の出会いに身を任せてみたくなります。
番外編
タニノクロウ×オール富山『ダークマスター 2019 TOYAMA』
3月7日(木)~3月10日(日) 富山・オーバード・ホール
【詳細】http://www.aubade.or.jp/
劇団ペニノのタニノクロウさんが、地元である富山にて代表作を演出します。原作は、狩撫麻礼さんの短編漫画。超凄腕だけど偏屈なマスターがいる食事処で、突然店を任されることになった料理のできない若者に起こる不思議・・・。
なんと、この舞台、「オール富山」なんです。まず、ストーリーの舞台を富山にリメイク。出演者は富山オーディションを行い、メインキャストは富山で演劇の演出やカフェ経営をするカメラマンの六渡達郎さん、東京で活動する劇団ゴジゲン所属で富山出身の善雄善雄さんら。さらには美術スタッフも富山で募集。(公財)富山市民文化事業団、富山市の主催でお送りします。富山、気合い入ってます!
それぞれの土地で、それぞれの土地の空気をまとって、それぞれの土地に縁ある方々が創る舞台は全国各地でありますが、どこでも「ああ、これはここでしか産まれなかったものだ」と感じる瞬間があって、地元民でも旅行者であっても、その出会いは楽しいもの。
「あのお芝居があるから富山に行こう」と、演劇をきっかけに富山を巡るのも、素敵な時間の過ごし方だろうな、と思うのです。3月、富山へ行こうかな。
※ただし、現時点ですべてチケットは完売!当日券は各公演とも開演の5分前に空席がある場合のみ販売されるそうなので、購入希望者多数の場合は入場できないことも・・・ご注意を!
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あなたの心を激しく揺さぶる出会いが、今月も劇場でありますように。