トニー賞ノミネート作品を先取りチェック! その3 楽しくて悲しい、愛すべき家族の物語 『Fun Home』

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オフ・ブロードウェイで何度も公演期間が延長され、笑えて、泣けると大絶賛のミュージカル『Fun Home』(ファン・ホーム)。上演時間は1時間40分、休憩なしで一気にラストまで突っ走る、ちょっと変わり種の舞台だ。
本年度のトニー賞では、ミュージカル作品賞を含む最多12部門にノミネート。しかも助演女優賞にいたっては3人もの女優が同作から選ばれている。

『FUN HOME』

“Fun Home(楽しい我が家)”という、かわいらしいタイトルに誘われて、日常のちょっとしたエピソードが詰まった温かいホームドラマかと思ってくると、ドラマの深さに度肝を抜かれるだろう。実は、“Fun Home”“funeral home(葬儀屋)”の略。いい思い出ほど甘く切なく、胸に突き刺さる悲喜劇なのだ。

本作が新しいのは、まず原作がグラフィックノベル(つまりマンガ)であることだ。原作となった「ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇」は著者アリソン・ベグダルの自伝的な作品として高い評価を得ている。

物語は、「なぜ、父は自殺したのか」という疑問から始まる。

葬儀屋の長女として生まれたアリソンは、ごく普通の家庭で育った。父のブルースは、葬儀屋の経営者であり、英文学の教師でもあり、文学と骨董品をこよなく愛する一家の主だった。
幼い頃から、自分はレズビアンではないのかと感じていたアリソンは、大学生になりレズビアンだと自覚。勇気を出して両親にカミングアウトすると、母から父がゲイであることを告げられる。父もゲイでありながら、ずっとそれを隠して生きてきたのだ。しかし、その事実を知った後に、父はトラックの前に身を投げ出し、自殺してしまう…。
優しくて、だけど厳しくて、だけど時々、謎めいたところもある父……。漫画家となったアリソンは、都合のいい思い出ではなく、その中に確かに感じていた違和感、そして今だから分かる事実を受け止め、マンガに描いていく。“ごく普通の家族”だと思っていたが、実はそのように見えるように努めていたのだ。

『FUN HOME』
パンフレット

かなり衝撃的な話ではあるが、アリソンの思い出は暗くはない。笑いと優しさに包まれている。幸せな家庭を築こうという努力の上に、すれ違いやほころびが生じるのは、どんな家庭でもあるのではないだろうか。
現在のアリソンが語り部となり、少女時代、そして大学生時代と3人のアリソンで、彼女の家族に起こった小さな出来事を語っていく。小さな出来事が1つ1つ積み上がり、当時はわからなかったことが、今では理解できる…という誰もが体験するようなことをうまく表現しているので、とても共感しやすい。
観客は大笑いしながら、アリソンの家族への愛、父への思いも痛いほど感じ、胸を締めつけられる。どんなに否定しても今の自分は家族があったからこそなのだ。

競技場のように観客に四方囲まれた舞台は、まるでアリソンの脳内に紛れ込んでしまったような錯覚を覚える。彼女の思い出が、ふわりと遠い過去から浮かんでくるような演出は、感覚的で美しい。
日常の中にまぎれてしまった疑問、家族だからこそ言えなかった思い、そして言ってほしかった言葉…すべて詰まっている歌に心が震えた。

舞台が終わり、暗転した瞬間、会場は割れんばかりの拍手と大喝采。
徐々に立つのではなく、一気に会場が立ち上がり、スタンディングオベーションを送っていた。もう、立たずにはおられない、そんな感動が劇場を満たしていた。やっぱり舞台はいい!
子どもは大きくなれば、同じ役を演じることができなくなる。このオリジナル・キャストの舞台を味わえるのも限られた時期だけなのだと思うと、改めて舞台の奇跡に感謝する。

FUN HOME
アリソンの幼い弟を演じた二人の子役とアリソンの大学生時代を演じたエミリー・スケッグス、
そして一人で4役をこなしたジョエル・ペレスのサイン。
大エミリーは、本作でブロードウェイ・デビュー。まだあどけないキュートな笑顔がとても新鮮だった。

トニー賞ノミネーション
□主演男優賞 マイケル・セルヴェリス
□主演女優賞 ベス・マローン
□助演女優賞 ジュディ・キューン、シドニー・ルーカス、エミリー・スケッグス
その他、『巴里のアメリカ人』と並ぶ最多12部門でノミネート。

◆生中継! 第69回トニー賞授賞式
6月8日(月)8:00より、WOWOWプライムで生中継!

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この記事を書いた人

ライター・翻訳家。小劇場で演出・戯曲作家の活動をきっかけに戯曲翻訳から翻訳の世界へ。ドラマ『ブレイキング・バッド』などの字幕翻訳、舞台『8人の女たち』(いずれも演出・上演台本:G2)などの戯曲翻訳に携わる。

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