2019年3月9日(土)に開幕する舞台『空ばかり見ていた』に出演する俳優・村上淳。そのフィールドはとても広い。モデルからはじまり、数々のスクリーンで鋭利な印象を残している。また、DJとしても活動、アパレルブランド「SHANTi i」も手がけるなど、多彩な顔を持つ。
舞台については、27歳の時に蜷川幸雄の演出で初舞台を踏んで以降、コンスタントに出演を続けてきた。今回3年ぶりとなる舞台の稽古場にお邪魔し、初めて岩松了作品に臨む思いを聞いた。
【あらすじ】
反政府軍として政治活動をしている兵士・多岐川秋生(森田剛)、その恋人・リン(平岩紙)、彼女の兄であり尊敬する軍の首領・吉田(村上淳)、そのまわりの人々。ある事件をきっかけに、強固に見えたその繋がりが意に反して兵士を追い込むこととなってゆく・・・。
「こんなにも美しい戯曲があるのか」
――村上さんは、数年に一度のペースで舞台に出演されていますが、今回の出演の決め手は?
僕は映画でもテレビでも何でも、スケジュールのご迷惑がかからなければお引き受けいたします、というスタンスなんです。当然、舞台もオファーをいただいた時には首を縦に振ろう、と覚悟はしていました。
ただ、僕の初舞台は27歳と遅いし、出演も数年に1回くらいのスパンなので、舞台経験が少ない。演劇の表現法というものがよくわからないんです。まるで異国語のようですよ。けれども、数でいえば映像の仕事が圧倒的に多い中で、舞台をベースに活動されている俳優の方々にショックを感じることが多かったんです。受けたのは影響ではなく、ショックなんですよ。それほど舞台の世界は強烈でした。
――岩松さんの舞台は初めてですが、もともと映像での共演経験はありますね。
そうですね。でも、岩松さんの舞台は何度も観ていて、憧れていました。今回も、いただいた台本の完成度がとても高くて「こんなにも美しい戯曲があるのか」と、俳優として幸せに思いました。そして常にお客さんのことを意識している岩松さんの演出にコンマ1ミリでも近づきたいし、僕をこの舞台に呼んでくださった方に応えたい。その気持ちで臨んでいます。
――戦場の兵士の物語です。どんな作品になりそうですか?あらすじからは、シリアスなものを想像しますが・・・。
極論では、きっと“喜劇”だとも言えますね。というのも、悲劇と喜劇は表裏ではなく、地続きだと思うんです。たとえばギリシア悲劇でも、全員が破滅してしまうようなものすごい一大悲劇なのに「え、そんな小さな理由でこんな巨大な負の連鎖が生まれちゃったの!?おかしいな!」みたいなことってあるじゃないですか。その場合、悲劇なんですが、喜劇でもありますよね。その時の自分のマインドや、年齢や、哲学によって、悲劇が喜劇に感じたりする。逆もあります。それがおもしろいですね。
――村上さんの役は、森田剛さんが演じる主人公の秋生の所属する反政府軍のリーダー・吉田ですね。どんな人物ですか?
正直なところ、まだ役がつかめてないんです。なぜなら、吉田よりも僕自身の精神年齢が幼いから。吉田は、物事の考え方や、自分の気持ちの処理の仕方や、思考回路が、僕よりも大人なんですよね。怒るシーンもあるんですが、僕は普段あまり怒らないので、吉田と自分がなかなか馴染まないんです。理想は、自分が役の精神年齢をはるかに超えて、役の手綱を引いた方がイメージ通りに演じられるんですが、稽古場での僕はまだヨチヨチ歩き状態です。
それに、自覚があるんですけれど、僕はとっさに動くと動きがおもしろい感じになっちゃうんですよ・・・。でも、それは吉田というキャラクターとは違うから、ぐっと押さえなければならないんですけれど。なんでちょっと笑える動きになっちゃうのか、自分を呪いますね(笑)
主演・森田剛の誠実さ“誠実であることとは”
――共演者の方はいかがですか?
森田くんが座長で本当に良かったですね。彼は優しいです。仕事なので作品以外の話をすることはほぼないけれど、まず、彼の纏うものが強い。背負っているものや重圧は、僕よりはるかに重いはずなのに、柔らかいんです。
森田くんだけでなく、全員が誠実さを持っています。誠実というのは、まずお客さんに対して、そして、演出家や、美術や、劇場の方や、作品に接するものすべてにきちんと向き合うということです。舞台上でもスクリーンでも、演じている中で俳優自身が透けてみえる瞬間はありますから。技術があるのは基本として、“ものを創る”には、周囲への誠実さを見失ったり、誠実さが細胞に刻み込まれていない俳優はきっと残らないですよ。もしかしたら何十年も前の俳優は、そうでなくともよかったのかもしれませんが。
――かつては、アウトローや絶対的スターのような俳優さんもいたかもしれませんね。特に映画業界では。
時代はどんどん変化していますからね。今は、5年前の常識が非常識になる時代なので、未来を予測できない。デジタルネイティブ世代の割合が大きくなってきて、時代がシフトしていることを感じます。誠実さを抜きにして、お客さんをコントロールしたり、時代の先へ行ってやろうということはできないですよ。だからこそ、何千年も前から続いている普遍的な“演劇”はもっとも強い表現ジャンルと言えると思います。
――演劇は生身の表現だから、古代からずっと変わらないし、人間そのものが現れますね。
そうです。だから、演劇が一番強い表現だと思いますよ。もちろん映像が好きで、映像の力は信じていますけれど、生身の人間には勝てないこともあります。だって演劇って、一番前の席なら触れられそうな近さなのに、一番後ろの席だとものすごく小さく見えるでしょう?いろんな距離感の人たちに同時に対峙することは、すごくエネルギーがいる。良い舞台俳優や演出家は、すごい力を持っていると思います。
それから、映像と演劇の違いについて、僕には忘れられない記憶があって・・・2009年に『現代能楽集 鵺』という舞台に出演したんです。終演後のシアタートークで、お客さんに「あなたは何を言ってるか分からない。そもそも・・・」といろいろ厳しい反応をいただきました。その時に僕はこうお答えしました。「本当に貴重なご意見をありがとうございます。僕の演劇の出演ペースは少ないですけれども、いつか、またどこか劇場でお会いできる日があったら、その時は少しでもきちんと台詞をお伝えできるように精進致します」。その気持ちは、今も変わりません。舞台のたびにアンケートに目を通し、厳しい意見を見ると、本当にありがたいと思います。意見をいただいて「よし、明日がんばろう!」と臨めるのは、映画にはできない舞台の良さです。お金をきちんと払ってくださって、同じ時間を共有した方の声にきちんと向き合うこともまた、誠実さを手放さないということだと思います。
すべての経験が積み重なって、今がある
――岩松さんの作品は、人間の無意識の感情を、説明することなくリアルに表現するのが特徴とも言われます。
僕が感じているのは、岩松さんのリアリズムは層がすごく厚いんです。イメージですけれど、ケーキの「ミルクレープ」の倍くらい、何十層もいろんな意味が重なって、リアリズムがうまれている。どこをどうしたらそれが表現できるのか・・・ありふれた言葉にしてしまうと、どうしたら岩松さんの描く苦悩や、愛や、夢みたいなことを表現できるのか・・・。今まさに稽古場で千本ノックを受けているようです。
岩松さんは厳しいので、へこむこともありますけれど、有り難い気持ちの方が大きいです。岩松さんがおっしゃることはつねに観客に向かっているので、観客の前に立つ俳優としてちゃんと表現しなければと、全力ですね。岩松さんにもシアターコクーンに恥をかかせるわけにはいきません。さらに言うなら、初舞台でお世話になった蜷川幸雄さんにも恥をかかせられない。
――2001年『四谷怪談』ですね。今回と同じシアターコクーンでの上演で、村上さんは27歳でした。
ええ。あとで聞いた話なんですが、あの時、蜷川さんに「もうあんなの首切っちまえ!」と言われたらしいんです。僕は初めての舞台で、ものすごく分厚い台本だったんですが、漢字も読めなくて。一人だけまったくできなくて、蜷川さんに「お前!今やってる俺の芝居観てこい!」と言われて、ベニサン・ピットという小さな劇場に観劇に行ったんです。その時に初めて小劇場に来て、少し手を伸ばせば触れそうな距離に俳優がいることに驚きました。とても衝撃的な体験で「いつかここに立ちたい」と思ったんですよね。
――その願いは2007年『スペインの芝居』で叶いましたね。小道具の指輪を飲み込んだというエピソードがありますが・・・。
ああ・・・指輪を飲み込むというシーンがあったんですが、お客さんがすぐそばにいるからフリじゃバレる。小道具の指輪のスペアが8個あったので、数が足りる限り本当に飲んでやろう、と。指輪8個ぐらい飲んでも平気だろうと思ったんですよね(笑)。ベニサン・ピットはもう閉館してしまいましたが、その舞台では故・中島しゅうさんなど素晴らしい俳優さんとご一緒できて、今でも僕の宝です。そういったすべての経験が積み重なって今があるので、今までお世話になった方に恥かかせるわけにいかないんです。
――今、舞台の稽古をしていていかがでしょう。課題などは?
課題は山積みですね。舞台上ではゆっくり時間が流れているようにも見えますが、感情のやり取りはものすごく緻密なので、岩松さんの大事にしていることをどう表現するかと考えています。でも全然できなくて、(取材日前日の)稽古でもコテンパンにやられてしまい、2階席でずっと稽古を見ていました。もう目ン玉が落ちるんじゃないかというくらい見ていたら、少しだけ分かったような気がしてくるんです。でも、実際に自分が稽古場に立つと、できない。「あ、今、コンマ数秒遅れたな」と思う瞬間があるんですよ。そのコンマのズレが許せない。そこが岩松さんの演出に届かない大きな理由の一つだろうなというのが、今の課題です。
これから本番までに、登場人物や、カンパニーの方々や、空間そのものと、どれほど自分がシンクロするかが勝負です。けれど絶対に前に進みたいから、ただただ誠実にがんばります。残りの稽古期間、しっかりと精進して、皆様の前で幕が開いて、皆様に対峙する日が待ち遠しいですね。
◆公演情報
Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019
『空ばかり見ていた』
【東京公演】3月9日(土)~3月31日(日) Bunkamura シアターコクーン
【大阪公演】4月5日(金)~4月10日(水) 森ノ宮ピロティホール
【作・演出】岩松了
【出演】
森田剛、勝地涼、平岩紙、筒井真理子、宮下今日子、新名基浩、大友律、高橋里恩、三村和敬、二ノ宮隆太郎、豊原功補、村上淳
※高橋里恩の「高」は、はしごだかが正式表記
【公式HP】https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_sorabakari/