2019年2月から埼玉・彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて上演される舞台『ヘンリー五世』。1998年から芸術監督・蜷川幸雄のもとで、シェイクスピア全37戯曲の完全上演を目指す彩の国シェイクスピア・シリーズの第34弾で、2017年からシリーズ2代目芸術監督に就任した俳優・吉田鋼太郎が演出を務める。
本作で描かれているのは、2013年に第27弾として上演された『ヘンリー四世』の“その後の時代”。『ヘンリー四世』で、吉田の演じたフォルスタッフと名コンビを見せた松坂桃李が当時のハル王子改めイングランド王ヘンリー五世を演じる。さらに、観客を物語へいざなう説明役(コーラス)を吉田が務める。フランス皇太子役の溝端淳平、その父フランス王役の横田栄司、無頼漢のピストル役に中河内雅貴、イングランド軍の騎士フルエリン役の河内大和など個性豊かな俳優陣が集結している。
今回は、芸術監督・演出家として、吉田に本作の見どころや彩の国シェイクスピア・シリーズの魅力などを語ってもらった。
――蜷川さんから引き継いで2回目の演出となりますが、前回の手応えはどうでしたか?
激しい批判とか、「ふざんけんじゃねぇ」とか、「蜷川さんの後継ぎがこれか・・・」みたいなことは、僕が聞いている限りではなかったですね(笑)。そういう意味では、ホッとしています。ただ、やっぱり僕は蜷川さんのことも、蜷川さんの演出も大好きで、本当に心から尊敬していますので、シェイクスピアを作るにあたっては蜷川さんが持っていらっしゃった方向性を大きく外れたりすることはないと思いますね。
――本作についてどのような印象を持っていますか?
本を読むと、イギリス人の戦意高揚を目的にしているみたいなところも読み取れなくはないんですよ。しかも、ヘンリー五世は名君だったので、イギリス人の誇りなんです。おそらく、シェイクスピアはそこを意識して書いているんですけども、そこはやっぱりシェイクスピアで、王様や貴族たちという偉い人たちがいながら、その一方で、最前線に立って死んでいかなければいけない兵士たちについても書いている。
結局、損するのは死ぬ人たちや、その人たちの家族で、そういうことを明確に打ち出しているのは現代にも通じる部分だと感じています。400年前の芝居ですが、戦意高揚とは裏腹に、戦争はしないほうがいいというメッセージも読めたりします。そういう部分もお客様に伝えられるようにと考えています。
――蜷川さんは『ヘンリー四世』を演出された時に『ヘンリー五世』についても考えていたと思われるのですが、吉田さんの本作への思い入れは?
僕も出演していましたが、『ヘンリー四世』はすごく長い芝居で体力的にもキツい芝居だったんです。でも、楽しかったんですよね。僕は賞をいただいたりもして、蜷川さんもあの作品をとっても気に入っていらっしゃいました。松坂くんにとっても、彩の国シェイクスピア・シリーズ初出演という作品でもあった。
『ヘンリー四世』での経験は、僕の心の支えであり、演出上の支えにもなっているので、続編としてのつながりは絶対に意識したほうがいいなと思っています。なにせまた松坂くんが出演されるので、『ヘンリー四世』から続いているテイストと言ったら軽いかもしれませんが、そういう作品にしたいですね。『ヘンリー四世』をご覧になった方には、さらに『ヘンリー五世』を楽しめるような演出にしたいですし、『ヘンリー四世』をご覧になっていない方にも『ヘンリー五世』を観てから『ヘンリー四世』のDVDを観てみたいと思うような流れにしたいですね。
――大河ドラマ的なおもしろさがありますね。
まさにそのとおりですよ。『ヘンリー四世』と合わせて観れば、さらによく分かる。無理だと思うんだけど、できれば『ヘンリー四世』と同時上演したいよね。7時間はかかるだろうけど(笑)。
『ヘンリー四世』で描かれているハル王子は放蕩無頼で、庶民と一緒に生活をしていたので、上の人たちがやることによって苦しんでいる庶民の姿を見ているんですね。『ヘンリー五世』では、王位を継ぎ名君になっていく姿を負いますが、若い頃の経験があったから、人々のことをちゃんと考える王になっていくのかと思うと、実はそうではないんですよ。彼も、先代と同じように庶民に多大な苦労と苦難を負わせてしまうんですよね。それに対して、自分はこれでいいのだろうか、でも王としてやらざるを得ないという苦悩と悲しさが『ヘンリー五世』にはあるんです。
――そこが今回の一つの見どころでもあるんですね。
そうですね。いくら優れた名君でもそうせざるを得ない部分があるとすれば、それに対して不満を持つ人間が必ず現れてくる。それによって悪がはびこったり、綺麗事では絶対にすまない人間社会があるということがしっかりと描かれているんですよ。その代表が、中河内くんの演じるピストルですね。ピストルには「俺はこれからも盗みをするし、売春宿も経営するし、とにかく法の網をくぐって生きていくぜ」というような台詞があるんですが、これが非常に象徴的だと思います。いくらヘンリー五世が名君で、『ヘンリー四世』のハル時代にいろんなことを勉強したとしても、それが実際に生かされるかというと、そうではないという現実が描かれているんです。
――そのヘンリー五世を演じる松坂さんに期待することは?
『ヘンリー四世』を演じてから6年の間に、松坂君は映画、テレビ、舞台にといろんな仕事を経験されていますよね。まさにそれが『ヘンリー四世』をやっていた時の松坂桃李が、『ヘンリー五世』でどれだけ役者として成長しているのかに通じる。それがものすごく楽しみなんですよ。放蕩無頼のハル王子から、苦悩して名君になっていくヘンリー五世と松坂桃李が重なり、6年間の松坂君の歴史を見るという、そこが1番の見どころだと思います。
『ヘンリー四世』の時から、松坂くんはシェイクスピアの台詞を明快に、しかも自分の血と肉を通した言葉としてちゃんとしゃべることができるシェイクスピア俳優になると、僕も蜷川さんも思ったんですよ。だから、今回の『ヘンリー五世』ではシェイクスピア俳優として、松坂くんに次の段階に進んでほしいという思いはありますね。
――ヘンリー五世に相対するフランス皇太子役の溝端さんの印象や期待することは?
溝端くんは、蜷川さんの『ヴェローナの二紳士』に出演しているんですよね。その時に、スラスラとシェイクスピアの台詞をしゃべることができないと悩んでいたんですよ。僕は出演していなかったんですが、僕の家に来て稽古を付けてくれと非常に熱心でしたね。最終的にはとても良い蜷川組のシェイクスピア俳優になりました。その溝端くんが今度は王子なんですよね。本筋をきっちりと担わななければいけない役柄なので、そこで溝端くんの成長を見たいですね。それに、せっかくこのカンパニーでやるんだから、シェイクスピアをきっちり自分のものにして、松坂くんと勝負させたいです。
――そのほかのキャストの皆さんについての印象や期待することは?
横田くんのフランス王は出番的にも台詞の量的にもそんなにないと思うんですが、一つの大きな存在として、松坂桃李を、ヘンリー五世を脅かす存在としてきっちりいてくれないといけない役ですからね。なので、そこはやっぱり横田くんかなとは思っております。
河内はね、こういう大きなカンパニーでチラシに出てくるようなヤツじゃないんですよ(笑)。小劇場にいる変なヤツ、みたいなイメージなんですけどね。でも実は、ものすごく芝居がうまくて役作りが的確なので、とても期待しています。僕ら業界の人間が彼を知っているほど、世間の方は彼を知らないと思うので、ぜひこの機会に知ってほしいですね。
中河内くんはミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』でご一緒しました。エネルギーがあって、シェイクスピア作品にピッタリなんですよ。今回はピストル役という大役に抜擢しました。一人でもシェイクスピアをやってくれる優れた役者が増えてほしいという意味を込めてお願いしました。
今回は、異例と言っていいほど蜷川組、彩の国組初参加という人が多いんです。意図的に集めたところもあるんですが、そういう人たちが何をやってくれるのか楽しみです。
――ご自身が演じる説明役(コーラス)という役についてはどう考えていますか?
前回の『アテネのタイモン』でもそうだったんですが、演出をしながら、皆さんと絡む役をやると、代役を立ててから僕が入るということになるんですよ。共演者の方に、時間的にも労力的にもご迷惑をかけてしまって。だから、皆と絡まない役が今回はちょうどあった!と思ってね(笑)。でも、意外と重要な役なんですよ。
25歳の時にイギリスで、ケネス・ブラナーによるデビュー・シーズンの『ヘンリー五世』を観たんですが、その時に一番印象に残ったのが説明役をやった方でした。素晴らしかったですよ。彼が全部持っていった感じで、今回も僕が全部持っていってやろうかと思っています(笑)。
――ビジュアル撮影時には、キャストごとに吉田さんが衣裳の方と議論されていましたが、どんなお話をされていたのでしょうか?
ビジュアル撮影の段階では、現代風にするのか、それともあの時代に忠実なものにするのか、あるいはそれをミックスしたようなものにするのか、大体の方向性しか決まってなかったんですよね。蜷川さんのチョイスしてきた衣裳は、現代の服でもない、当時の時代に忠実なものでもない、現実にはないような服だったんです。その世界だけの世界観を表現している服であれば、それが現実に存在してなくてもいいというコンセプトが多かったですね。なので、今回もその方向でやろうとは思って、補正や修正をする手立てはないかというようなことは話していました。
――具体的にはどのような修正をしたのでしょうか?
『ヘンリー五世』というイギリスの時代劇であるということを、お客様に無理なくちゃんと受け入れてもらえるような、そういうビジュアルにしないといけないということで、その場にあるものをいろいろと足してみたり、脱がしてみたりしました。中河内くんの時は、上半身が完全に裸でマフラーでもいいぐらいのことは申し上げましたね(笑)。松坂くんは、何を着ても似合う人だけど、ちょっとボリューム感が欲しかったんですよね。それで、ストールとマントを足していただきました。写真だとどうしても誇張して見せないといけないですから、ボリューム感や威厳を考えて、少し足していきましたね。
――ご自身のビジュアル撮影はどうでしたか?
僕はまったく本編のストーリーには関わってこない役ですから、その差別化をする必要があったので、タキシードということになりました。本番もタキシードのようなものでいこうと思っていたので、わりと僕の役はイメージがハッキリとしていましたね。
――彩の国シェイクスピア・シリーズの魅力について、あらためてどのように感じていますか?
蜷川さんが芸術監督を引き受ける前の彩の国さいたま芸術劇場は、そこに行けば芝居が必ずやっていて活気づいているという場所でもなかったんですが、蜷川さんが「生まれ故郷である埼玉のために」ということで、この彩の国シェイクスピア・シリーズを始めたんですよね。そうしたら、あっという間に定着して、常に劇場も満員。劇場だけでなく、その周辺の街も活気づき始めたということもあって、非常に有意義なシリーズだなあと。
蜷川さんは「シェイクスピアは学者のものじゃなくて、大衆のものであり、大衆演劇としてやるべきだ」という信念をお持ちでしたけど、それが埼玉の人に限らず、お客様に受け入れられて人気シリーズになったんですよね。初めて日本にシェイクスピアをやる劇場というものを定着させて、シェイクスピアを初めて観て「おもしろい」と思う人を増やしたという功績もあり、とても意義のあるシリーズだと思います。
――吉田さんはシェイクスピア・シアターの出身でもありますが、その方が彩の国シェイクスピア・シリーズの2代目芸術監督を引き受けるということに対してはどんな思いがありましたか?
責任重大ですね。蜷川さんがずっとおやりになっていた世界と、僕がシェイクスピア・シアターでやっていたものは同じシェイクスピアなんですが、線路が平行していて、なかなか交わることがなかったんですよ。その線路が、僕が40歳の時に蜷川さんと『グリークス』でお芝居をさせていただいてから、だんだんと近づいていったんです。僕らと蜷川さんは、違う線路を走っていましたが、シェイクスピアをやる上で考えていることは一緒だったんですよ。だから、蜷川さんとは交わるべくして交わる線路だったとは思います。芸術監督のような名誉ある仕事を僕がやる、ましてや蜷川さんの後を継ぐということはまったく考えてはいませんでしたけども、そんなに不思議なことではないなとも思っています。
・・・ただやっぱりね、不思議じゃないと言いつつも不思議です(笑)。20代前半の時かな。蜷川さんが演出した唐十郎さんの『下谷万年町物語』という芝居に、その他大勢で出たんですが、蜷川さんにボロクソに言われてね。1日しか稽古に行かずにバックれちゃったんですよ(笑)。その時は、蜷川さんとは二度と会うことはないだろうと思ったので、今、その人の後を継いでいるというのは、ちょっと運命的な感じもしますね。
――最後に観に来て下さるお客様にメッセージをお願いいたします。
イギリスの歴史を扱った演劇ではありますが、今の日本をそのままそっくり重ねてもいいぐらいの内容です。『ヘンリー四世』でハル役を演じた俳優が『ヘンリー五世』でヘンリー役をやるのもあまりないことですし、しかも、同じ彩の国シェイクスピア・シリーズでやりますから、そこは大きな見どころになると思います。大変おもしろい芝居ですから、ご自身の目で確かめていただきたく、ぜひ劇場に足を運んでくださると嬉しいです。
◆公演情報
彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾 舞台『ヘンリー五世』
【埼玉公演】2019年2月8日(金)~2月24日(日) 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
【仙台公演】2019年3月2日(土)・3月3日(日) 仙台銀行ホール イズミティ21・大ホール
【大阪公演】2019年3月7日(木)~3月11日(月) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
【作】W. シェイクスピア
【翻訳】松岡和子
【演出】吉田鋼太郎
【出演】
松坂桃李
吉田鋼太郎、溝端淳平、横田栄司、中河内雅貴、河内大和
間宮啓行、廣田高志、原 慎一郎、坪内 守、松本こうせい、長谷川 志
鈴木彰紀※、竪山隼太※、堀 源起※、續木淳平※、髙橋英希※、橋本好弘、大河原啓介、西村 聡、岩倉弘樹、谷畑 聡、齋藤慎平、杉本政志、山田隼平、松尾竜兵、橋倉靖彦、河村岳司、沢海陽子、悠木つかさ、宮崎夢子
※さいたまネクスト・シアター
演奏:児島 亮介&中原 裕章 from Still Caravan
【彩の国さいたま劇場公演詳細】http://saf.or.jp/arthall/stages/detail/5836
【ホリプロ オンライン】http://hpot.jp/stage/henry52019