日本のオリジナルミュージカルとして、昨年1月に上演され大きな反響を呼んだミュージカル『手紙』。上演開始とともに客足を伸ばし続けた日本オリジナルのミュージカルが、1年の時を経て新しい形で再び幕を開ける。“再演ではなく、再挑戦”―そう掲げる本作について、演出の藤田俊太郎と直貴役(Wキャスト)を演じる柳下大に話を聞いた。
――まず藤田さんにお聞きしたいのですが、1年前の初演を振り返っていかがですか?
藤田:オリジナルミュージカルなので、演出や芝居はもちろん、作詞作曲した音楽を初めて世に出すということに、全員で試行錯誤しながらやっていました。ちょうど1年前ぐらいのことなので、鮮明に覚えているんですが・・・、とんでもない戦いでしたね。
――“とんでもない戦い”と言いますと・・・。
藤田:今だから言えるんですが、意見がぶつかって喧嘩したり・・・稽古途中で帰ってしまった方もいました(笑)。でも、その‟全部”がなかったら作り上げることができなかったと思っています。剥き出しの自分、考えていることや演出家としての立ち位置、この作品に込める想いのすべてを込めてぶつけました。自分だけじゃなく、全クリエイターが本気の意見とアイデアを出し合いながら乗り越えたので、全員の痕跡が残った特別な作品になったと思っています。・・・そんな壮絶な戦いの日々を経て、また新たなる挑戦をするわけですが。
――柳下さんは、初演をDVDでご覧になったと伺いました。
柳下:そうなんです。直接観に行きたかったのですが、スケジュールの都合で叶わず、DVDで拝見させていただきました。上演中、周りから「すごい舞台だ」という噂が聞こえてきたのを覚えています。元々「手紙」という物語が好きで、原作の小説も映画も観ていましたが、舞台作品として改めて衝撃を受けました。
――今回、ご出演が決まった時はどんなお気持ちでしたか?
柳下:以前から藤田さんの演出を受けたいと思っていたので、この作品を観てその思いがより強くなりましたし、楽しみになりました。キャストの皆さんはもちろん、作り手の想いや情熱みたいなものを強く感じたので、今回その場に自分が携われることが嬉しいですね。
――前回激しくぶつかり合ったという稽古場は、今回はどのような雰囲気はいかがでしょうか?
藤田:(インタビュー時)稽古3日目なんですが、和気藹々としているんですよ!というのも、本格的な稽古に入る前に、歌稽古を1ヶ月やっていただいていたですね。僕は今回、歌稽古にはなかなか立ち会えなかったんですが、初演にも出てくださっていた吉原光夫さんを中心に、本稽古に向けて様々なディスカッションを重ねていてくださったんですよ。
――稽古初日に向けて、カンパニーとしてのウォーミングアップがすでにできていたんですね。
藤田:これはすごく大きなことだと感じています。稽古初日には、すでに作品に対して皆さんが鋭い角度の考えを持っていましたし、和気あいあいとした雰囲気なんですけど、自信が感じられました。稽古初日には、読み合わせではなく立ち稽古から始められたんですが、そこで改めてこの1ヶ月の濃さを見せつけられましたね。柳下さんからも「直貴をこういう風にやろうと思う、どうですか」という強いものが匂い立ってってくるような印象を受けました。キャスト陣の気迫を感じた、いい稽古スタートになりましたね。
柳下:確かに、3日前が稽古初日という意識は僕の中にはなかったです。歌稽古をしてきたんですが、吉原さんが前回の藤田さんの演出の言葉を思い出しながら伝えてくれて、作品への意識をかなり引っ張っていってくださいました。そういうディスカッションを経ていたからこそ、作品に対しての理解や役への挑み方など、稽古前に“空気”を作っていくことができたと思います。まだまだ詰めていかなきゃいけない部分はもちろんあるんですけど、いい形で稽古場に入れたので、地に足がついているという実感はありますね。
――今回も、素晴らしいキャストの方が揃いましたね。
藤田:僕は、オーディションが最初の戦いだと思っています。どういうオーディションをやるかというと、初演の時は受けてくださる方に「あなたが考える凶器を持ってきてください」ってオーダーをしたんですね。実は、東野圭吾さんのミステリーでこれまでに使われた凶器の一覧が載っている本があるんですよ。それを見ると、使われるのは僕らの身の回りにあるような日常的なものが多い。実際、皆さんが持ってこられたのも日常的なものでした。紐やハンガーやドライヤー・・・素手っていう人もいました。それを使って、惨殺シーンを演じてもらったんです。
――それにはどんな意図があったのでしょうか?
藤田:僕は、この芝居には「全員が加害者を演じること」が絶対的に必要なことだと思っていて。僕は、この芝居をいわゆるギリシャ悲劇のコロス芝居(※役者が筋の展開から離れ、感情のない「台詞を言う生きた風景」すなわち解説者や批判者として参加すること)のような造りにしたかったんです。直貴と剛志という兄弟が主役で進行していくのではなく、小説を手にした僕らがページを進めて語るようにしたかったんです。
登場する人物たちは、年齢や性別を越えて、誰しもが直貴や剛志になりうるわけです。オーディションで知りたかったのは、持ってくる凶器の内容ではなく、どういう熱量と観点で、この物語を読み解いてそこに至ったかを見たかったんです。オーディションって、俳優としての資質が見えてくるものですが、逆も同じ。見られているのは、僕らでもあります。そういう‟共犯関係”を、しっかり築いて創っていきたかったんですね。
――柳下さんの共演者の方への印象もお聞かせください。
柳下:歌稽古の初日に皆さんとお会いしたんですけど、その歌声を生で聴いて、圧倒されました。もう、すごすぎて!「今日、歌稽古初日だけど?!」ってなりました(笑)。作詞、作曲を手掛けられた深沢(桂子)さんが魂を削って生み出した音楽のすさまじさが感じられて、圧倒されましたね。
――チラシにある「再演ではなく再挑戦」という言葉がとても印象的だったのですが、これはどういう意味なのでしょうか?
藤田:僕は「2017年に上演する」ということを念頭に置いています。たった1年ですが、時の流れと共に世の中は刻々と変わっていきます。酷い事件や痛ましい事件も、時と共に風化していってしまう。だからこそ「今、どこで、何が起こっているか」という感覚を鋭く持つことを大切にしたいです。
演劇も、その日、その時にしか体験できない一過性のものですよね。だから、初演時にいいと思ったアイデアはどんどん捨てていきたい、そうじゃないと先に進めないから。それが、2017年のミュージカル『手紙』です。
柳下:僕は、この作品の歌は「言葉にできないものが、必然的に歌になってしまったもの」だと捉えています。メロディに助けてもらって、自分の感情を表現するというか。そういった気持ちを持って作品と対峙していくと、今まで自分が感じなかった感情にも出会います。この感情は怒りなのか悲しみなのか、それぞれのシーンを通して、その感情の方向をしっかり見極めていきたいです。「いかに歌わないか」というか、お芝居と歌の境目をなくそうとしていること自体が新しい挑戦だと思っています。
藤田:柳下くんの言う通りです。ミュージカルと芝居の「あるようでない、ないようである境界線」というものと向き合う作品になると思います。
――Wキャストも新たな試みですよね。柳下さんと太田さん、お二人の印象についてはいかがでしょうか?
柳下:もっくん(太田)は、役への入り込み方や掴み方がものすごく早い人だなと思いました。それから、単純に顔が小さくてシュッとしていて・・・「直貴かっこいいな」ってビジュアルを見て嫉妬しました(笑)。
直貴という役を演じるにあたって、もっくんを見ていると‟自分にはない感覚”というか、自分だけの頭では出てこないような、いつもだったら見えない部分も見えてきて、より深く役を探っていけるんですね。それは、Wキャストならの恵まれた機会だと思っています。
藤田:太田くんは、僕が言った演出をすぐに返してくれる、一瞬で変わるすごさを持っていると思いましたね。柳下くんについては、これまで出演作品を観てきて、違う色の役にどんどん挑戦して、毎回勝負できる部分に自分を追い込んでいく人、稽古初日に舞台初日の状態で立っている人なんだなという印象です。今回も稽古初日に、すでに直貴の持つ暗さや、乗り越えるべき希望も抱えて堂々と立っていました。これって、当たり前のことじゃない、すごいことなんです。
まだまだ稽古が始まったばかりなので見えていない部分多いですが、間違いなく言えることは、どうしようもなく人生に絶望している直紀の様は、柳下くんと太田くんという二人の俳優によってまったく違う形で出てくると思います。稽古始まったばかりでここまでできてるのか・・・って困っちゃうくらい、二人ともいいです。
――柳下さんは、ボイトレや歌の稽古にもすごく早めに取り掛かられたんですよね。
柳下:そうですね。単に歌うスキルを上げるというのではなく、物語として、舞台として、中身を詰めていくことを疎かにしたくないっていう思いがあったので。再演には珍しく新曲もありますし、初演とは変わっている曲もあるので、前回観た方にも、新しい楽しさがあるものにできると思います。
――兄弟の話という意味で、重んじられている部分はありますか?
柳下:小説に書いてあること、そして、書かれていない部分を“思い出”にするということを考えていますね。書かれていない部分にも、直貴の28歳までの人生があるので、それを脳内で体験すること。それを経た上で、どこまで兄貴を忘れたいのかということ、それでも必然的に思い出してしまうということ。忘れたいのに、結局切れない・・・そういう思いを大切にしたいと思います。
役とそこまで深くリンクさせることはないですけど、僕も弟が二人いるので、兄弟だからこその繋がりは、分かる部分があります。
藤田:柳下くんが、小説の言葉を思い出にかえて追体験してくれている部分が、とても大きいんですよね。だからこそ、演出としては兄弟を見ているコロスたちの視点を明確にしたいと思っているんです。物語にとっての市民がいるからこそ、兄弟の関係や10年の人生を相対化できる。それができた時に時に、初めて僕らの視点とお客さんの視点、そして歌がすべて重なると思うんです。
――お二人の持つ熱さと、この舞台に賭けられている覚悟が強く伝わってきました。
藤田:(脚本・作詞の)高橋知伽江さんの言葉を借りると‟ツワモノ揃い”だから、皆さんの前ではあるもの全部を出さないと、この作品を創ることはできないと思っているんです(笑)。
柳下:藤田さんご本人が、すごく楽しんで舞台を作っていらっしゃるのが分かるんですよね。思っていることも、熱いこと、毒のあること、なんでも本音をストレートに伝えてくれるんです。それが、すごく嬉しいですね。
――最後に、物語を共にするお客様へ、意気込みを一言お願いいたします。
藤田:新たに二人の直貴を迎えて、ただ今絶賛稽古中です!キャスト・スタッフが一丸となって、今ある全力を賭けて挑みます。ぜひ、劇場に観に来ていただければと思います。
柳下:一人でも多くの人に観てもらいたいたくて、皆、本当に魂を削りながらぶつかり合って作っています。2017年のスタートにふさわしい舞台だと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします!
◆公演情報
ミュージカル『手紙』
1月20日(金)~2月5日(日) 東京 新国立劇場 小劇場
2月11日(土)・2月12日(日) 兵庫 新神戸オリエンタル劇場
【原作】東野圭吾(「手紙」文春文庫刊)
【脚本・作詞】高橋知伽江
【演出】藤田俊太郎
【作曲・音楽監督・作詞】深沢桂子
【出演】
柳下大、太田基裕 ※Wキャスト
吉原光夫、藤田玲、加藤良輔、川口竜也、染谷洸太、GOH IRIS WATANABE、五十嵐可絵、和田清香、小此木まり、山本紗也加
◆プロフィール
藤田俊太郎(ふじたしゅんたろう)
1980年生まれ、秋田県出身。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科在学中の2004年、ニナガワ・スタジオに入り2016年まで蜷川幸雄作品に演出助手として関わる。2014年ミュージカル『The Beautiful Game』の演出にて第22回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞受賞。2015年に美女音楽劇『人魚姫』、2016年にミュージカル『ジャージー・ボーイズ』演出。絵本ロックバンド「虹艶Bunny」としてライブ活動も行う。
柳下大(やなぎしたとも)
1988年6月3日生まれ。神奈川県出身。2006年俳優デビュー。主な出演作は、ドラマ『純と愛』、『軍師官兵衛』、『果し合い』(監督:杉田成道)、舞台『熱海殺人事件 Battle Royal』(演出:岡村俊一)、ブロードウェイミュージカル『アダムスファミリー』(演出:白井晃)、『真田十勇士』(13・15)・『オーファンズ』(演出:宮田慶子)、『御宿かわせみ』、葛河思潮社第5回公演『浮標(ぶい)』(演出:長塚圭史)、Dステ19th『お気に召すまま』(演出:青木豪)など。
(C)ミュージカル『手紙』製作委員会