今年で35周年を迎える加藤健一事務所。記念すべき周年の演目に選んだのは、30年ぶりとなるシェイクスピア作品『ペリクリーズ』。本番までのラストスパート、熱い稽古の合間を縫って、主宰の加藤健一、ヒロインを演じる加藤忍、演出の鵜山仁の3人に話を伺ってきた。加藤健一事務所が贈る世紀の冒険劇の見どころは?
――加藤健一事務所35周年を迎えられた今のご心境は?
加藤:私自身は稽古場と舞台の往復で、毎日楽しく遊んで過ごしてるようなもの。竜宮城にいるみたいな生活なのであまり実感がなく、35歳になった息子を見て玉手箱を開けたみたいな気持ちです(笑)。本当にあっという間の35年でした。
――中でも思い入れのある作品はありますか?
加藤:やっぱり初めての一人芝居『審判』でしょうか。立ち上げのきっかけでしたし、舞台に一人という初めての経験でした。あとは、高畑淳子さんと共演したコメディ『セイムタイム・ネクストイヤー』。これも初めて挑戦する喜劇だったので、一つのターニングポイントでしたね。
――『ペリクリーズ』は1985年の『キング・リチャードⅢ』から実に30年ぶりのシェイクスピア作品ですが、このタイミングでやろうと思ったきっかけは?
加藤:35周年という節目に、普段とは違った何か記念に残るような“冒険”がしたいと思ったんです。そこで、シェイクスピアを全作品改めて読んだら、この作品だけがすとんと入ってきたんですよ。身体を通ったというか。何度も読んでいるのに、こんな感覚になったのは初めて。それで、今だ!と思ったんですよね。
――シェイクスピアってそれほど難しいものなんですね。
加藤:セリフ一つがとても長いんです。例えば女性を褒めるにしても、装飾されたセリフが何ページも続くもんですから、言ってるうちに気持ちが離れてしまっていたんですよね。でも、この歳になってやってみたら、自然と出来たんです。
――では、長年あたためていたことがやっとできるという感じでしょうか?
加藤:そうですね。やっぱり経験と時間なのかな。自分もそれだけ歳を重ねたんだということですね。
――ヒロイン役の加藤忍さんは母娘の2役を演じられるとか。
加藤忍(以下、忍):実はもう1役やっておりまして…(笑) 3つのキャラクターを変えるのが大変ですし、加藤さんがおっしゃったみたいに装飾がある難しい言葉なので、相手役の台詞を自分の中で感情に落とすということに苦戦しています。演出の鵜山さんによく怒られています(笑)
――鵜山さんはどのように演出をされてるんですか?
鵜山:誰しも心の中には色んな人間が住んでいて、場面に応じてそれが引っ張り出されてくるというか。忍さんも朝起きた時はAのお姫様で、昼はBで夜はCでっていう風に色んなお姫様を持ってると思うんですね。それを引き出せればと。
加藤:なるほど、それだったのか!
忍:ふふふ(苦笑)
鵜山:でも、人っていうのは相手や場の空気でどんどん変わるものだと思う。演出にできるのはせいぜいそのムードを方向づけるくらいかな。
――ここが加藤健一事務所流シェイクスピアだ!という見どころはありますか?
加藤:11人っていう少人数でやってるんで、一人が何役もかけもちで演じています。忍さんの3役はまだ少ないくらい!
忍:10役くらいの人もいます…。もう数えたくないって言ってた(笑)
加藤:稽古着でやってると、時々わからなくなるくらいですよ(笑)そういう作り方をしているので、くるっと振り返ると別人!みたいな。そういう楽しさがありますね。
――激しいダンスシーンもあるとか?
鵜山:恋を成就させようとしてきた騎士が踊るといったシーンですね。女性のハートを盛り上げるのには重要な要素でもあります。踊り心が重要!
加藤:シェイクスピアには珍しく、台本に”踊り”が書いてあるんですよね。忍さんのシーンでは歌も書いてある。しかもめちゃくちゃ綺麗な声でって(笑)でも、忍さんは普段コンサートもなさっているくらいですから、ばっちりです!
忍 :プレッシャーです…(笑)でも、お姫様の気持ちでがんばります。私の歌う歌は鵜山さんがオリジナルで歌詞をつけて下さったんですよ。
鵜山:曲を探して聴いてみたら、つけられそうだったので、台本とかを参考にしつつ書きました。
加藤:それも見どころのひとつですね。鵜山さん、音楽家の顔も持っているんですよ! 前に鵜山さんの歌を録音して、カーテンコールで流したこともありました。
――では最後に上演に向けての意気込みをそれぞれお聞かせ下さい!
鵜山:僕は加藤健一事務所で5年くらいやっているんですけど、座組み自体の人間関係が不思議とこの物語にはまっていくので、シェイクスピアってつくづくすごい作家だなと。
でも、そういう部分で『ペリクリーズ』を自分たちの物語にすることで温度を上げていけたらなと思いますし、お客さん達もそこに加わってもらえたらと今から楽しみにしています。
忍:私は初めてのシェイクスピアなので、いつもとは違う緊張があります。でも、人間のあらゆる表情が色んな人物を通して描かれているので、演じることを通して最後はあったかい気持ちになれるようにがんばりたいです。
加藤:稽古当初の役者のやりたい放題を鵜山さんに上手に締めてもらい、だんだん形が見えてきました。ここからは役者の体温を上げていくという感じです。笑いどころもありますし、最後は泣ける。分かりやすいシェイクスピアなので、思い切り楽しんで下さい!
プロフィール
加藤健一
1949年10月31日生まれ。静岡県出身。高校卒業後、半年間のサラリーマン生活を経て、劇団俳優小劇場の養成所に入所。その後、劇団新芸を結成し、劇団つかこうへい事務所の作品にも出演。1980年に一人芝居『審判』を上演するため、加藤健一事務所を設立。1986年には加藤健一事務所俳優教室を開設し、若手俳優の育成にも力を入れている。これまで文化庁芸術選奨新人賞、第11回読売演劇大賞優秀男優賞、文化庁芸術選奨文部科学大臣賞など、さまざまな賞を受賞。2007年には紫綬褒章を受章。年間3、4本のペースで公演を行い、主役を演じ続けている。
加藤忍
1973年10月22日生まれ。神奈川県出身。加藤健一事務所俳優教室出身。2004『コミック・ポテンシャル』『バッファローの月』で第39回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。2007に舞台『コミック・ポテンシャル』の再演で第62回文化庁芸術祭新人賞(演劇部門)を受賞。2007年度岡山市民劇場賞受賞。現在は舞台、映画、テレビ、ライブ等で活動中。NHK海外ドラマ『トンイ』では、トンイ役ハン・ヒョジュの声を務める。
鵜山仁
演出家。奈良県生まれ。文学座演出部所属。1980年の初演出作品『オペラ・死神』、演劇では1982年の『プラハ1975』以降精力的な演出活動を続けている。1983年から1年間、文化庁在外研修員としてパリに滞在。 2007年9月新国立劇場演劇芸術監督に就任。2010年『ヘンリー六世』で読売演劇大賞最優秀演出家賞と芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
『ペリクリーズ』あらすじ
ツロの若き領主ペリクリーズは、アンティオケの王女に求婚しにいくが、王女とその父アンタイオカス王の重大な秘密を知り、命を狙われる。王の刺客から逃れるため船を出すが、突然の嵐に見舞われ、海に投げ出されてしまう。打ち上げられたペンタポリスの地で王女セーザと運命的な出会いを果たし、愛を誓う。幸せもつかの間、ペリクリーズの身に降りかかる数奇な運命はたった今始まったばかりだった・・・。
◇出演◇
加藤健一、山崎清介、畠中洋、福井貴一、加藤義宗、土屋良太、坂本岳大、田代隆秀、加藤忍、那須佐代子、矢代朝子
◇演出◇
鵜山仁
カトケン・シェイクスピア劇場
『ペリクリーズ』
東京 下北沢・本多劇場
2015年2月19日(木)~3月1日(日)