【レポート】舞台『アーモンド』戸塚祥太が「無」から生み出す鮮烈な波紋

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ソン・ウォンピョンによる世界的ベストセラー小説をもとにした舞台『アーモンド』が、2025年8月30日(土)に東京・シアタートラムにて幕を開けた。感情を持てない少年を主人公にしたこの物語を、主演に戸塚祥太(A.B.C-Z)を迎え、新たなキャストで再演。本記事では、公開ゲネプロの模様をレポートする。

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目次

本屋大賞受賞の世界的ベストセラー、再び舞台へ

原作は、韓国の作家ソン・ウォンピョンが2017年に発表した長編小説「アーモンド」。韓国内で大きな話題を呼んだ後、日本では2019年に翻訳出版されると「2020年本屋大賞 翻訳小説部門第1位」を受賞し、国境を越えて多くの読者の心を掴んだ。

舞台は2022年に日本で初上演。コロナ禍で半分以上が中止になりながらも、2022年読売演劇大賞上半期ベスト5演出/振付に選出された。板垣恭一が脚本・演出を担当。今回は、戸塚のほか、崎山つばさ水夏希、松村優、平川結月、首藤康之、久世星佳と新キャストを迎え、再び真っすぐに物語と向き合っていく。

コンテンポラリーダンスを用いて描く「感情を持てない少年」が見つめる世界

(以下、物語の一部と演出に触れています)

『アーモンド』は、扁桃体(アーモンド)の機能がうまく働かず、「喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲」といった感情をうまく感じることができない少年、ユンジェの物語だ。ユンジェは他者に共感したり、目の前で起きた事件や事故に「ふつうの」反応を示すことができない。ゆえに、周囲とのあいだに軋轢を生んでしまう。

そんなユンジェに、母は必死に「普通の反応」を「教育」する。一方、ユンジェの祖母はユンジェを「かわいい怪物」と呼び、ありのままの彼を受け入れていた。

ささやかだが穏やかで、愛情ある三人の暮らし。しかし、ユンジェの16歳の誕生日であるクリスマスイブの夜、すべてが一変。母と祖母は無差別殺人事件に巻き込まれ、祖母は凶刃の犠牲に、母も植物状態に陥ってしまった。

一人ぼっちになってしまったユンジェは、母が営んでいた古本屋を継ぎ、高校に通い始める。そこで出会った少年ゴニ。ユンジェとは正反対の激しい感情を抱えたゴニもまた、“怪物”と呼ばれていた。この出会いによって、ユンジェの人生は大きく変わっていく――。

舞台『アーモンド』は、家族であり、友人であり、他者とのつながり、依存、期待の在り方を描く身近な物語だ。誰もが抱える言語化できない感情、あるいは感情の「種」のようなものを、コンテンポラリーダンスという身体表現が細やかに描き出す。

物語は、戸塚祥太演じる主人公・ユンジェの語りと、コンテンポラリーダンスによって静かに幕を開ける。「コンテンポラリーダンスを用いたストレートプレイの舞台」と聞くと、気難しい作品のように思えるが、むしろ水の流れに身をまかせるように、心地よく物語へと誘ってくれる。それはとても美しく、印象的に目に映る。

ユンジェは感情を感じることができないため、物語の中で幾度も困難に遭う。その一方、彼にはあらゆる物事に対する偏見や思い込みがない。熱いポットで火傷をしても、怒鳴り散らす老人がいても、ユンジェは対象を恐れない。ただ、静かな好奇心をもって真正面から世界と向き合う。『アーモンド』は、ユンジェの「究極的にバイアスのない」視点を通して、さまざまな生きづらさを抱える「世界」を捉え直す物語でもある。

感情を閉ざして心を揺らす──戸塚祥太の身体表現が突き刺す“無の演技”

「演じる」とは、通常、登場人物の感情・心情をいかに表現するかということだ。だが感情を持てないユンジェを演じるということは、本来誰しもが持っている感情の灯を、あえて静かに閉ざさなければならない。ユンジェを演じる戸塚は、「無の表現」ともいうべきこの難役に、緻密で静かなアプローチで挑んでいた。

社会というマジョリティの中でユンジェは異質で異物。だが、ユンジェは常に世界と真正面から嘘偽りなく向き合っている。その様は、戸塚が長年真摯に「表現」と向き合い続けてきた姿とも重なる。ある場面でほとばしる戸塚の言葉に宿る熱は、彼の真骨頂とも言えるだろう。

また、戸塚のしなやかで多彩、卓越した身体表現が、声の抑揚や表情といった表現が制限されるこの難役を支えている。感情を持たないユンジェは、世界の鏡、あるいはろ過機のようなもので、自身は理解できない周囲の感情に振り回され、流される。だがユンジェは抵抗しない。あるがままを「ただ受け入れる」。戸塚の身体は、翻弄されるユンジェの内面を淡々と、しかし明瞭に描く。社会という流れの中に漂うユンジェの曖昧な輪郭を掬い上げていくようだった。

感情の渦を生きる「もうひとりの怪物」─崎山つばさが刻む“苛烈なまでの純粋さ”

ユンジェに大きな変化をもたらすこととなるのが、ゴニという存在。ユンジェとは打って変わって振れ幅の大きい感情を持つ少年を丹念に演じきるのが、崎山つばさだ。

物語の中で「もう一人の怪物」と言われるゴニは、ユンジェと正反対に荒々しい感情を持ち、それゆえ繊細で傷つきやすく、自己に渦巻く感情の表出を上手くコントロールすることができない。「感情の表出」という点に困難を抱え社会から拒絶されるゴニは、実はユンジェとは合わせ鏡のような存在だ。

複雑な成長過程によって父親と確執を持つゴニは、ある理由から当初ユンジェを強く嫌悪する。しかし、自分がどう接しても偏見も恐れもなく、変わらず己に相対するユンジェの姿に、やがて心の居場所を見つけていく。

崎山はこの激しさと脆さを抱えたガラスのようなゴニの心情を、細やかに編み込むように演じた。ゴニは問題児ではあるが、ユンジェの抱える困難に真正面から立ち向かう唯一の人物でもある。崎山は若者ゆえのまっすぐさと不器用さ、揺れ動くゴニの心を声、表情、身体、全てを使って鋭く表現しており、その心情の深さに胸を打たれる。

水夏希・平川結月ら演じる、ユンジェを見つめ、包み込む人々

ユンジェの母を演じるのは水夏希。息子の特性に悩み、愛し、ユンジェに生き抜く術を教えようとする母。その姿はある種滑稽でもあり、だからこそ愛情の深さに胸打たれる。彼女自身も、自分の母(ユンジェにとっての「ばあちゃん」)との確執を抱えている。ユンジェを通して、母と祖母の関係は改善し、ふたりはユンジェが「いつも楽しそうに笑っていた」と評するまでの関係になるが、その心情の変化も水は巧みに描き出した。

当初、幼いユンジェを抱え困惑し、思うようにならない世界のなかで強ばっていた水の表情は、三人の生活の中で次第にやわらいでいく。息子への強い愛情はそのままに、ユンジェはじめ「そのまま」を受け入れた際の、水の穏やかな表情が心に残った。

また本作では出演者全員によるコンテンポラリーダンスに加え、さまざまな場面でパントマイムによる表現が用いられている。水の、背景が見えるような見事なパントマイムにも注目したい。

ゴニと並んでユンジェに大きな影響を与える同級生の少女・ドラを演じた平川結月の、颯爽とした佇まいも印象的だった。思春期らしい親との葛藤を抱えるドラもまた、ゴニと同様に、ユンジェの歪みのない眼差しに触れ、自らの居場所を見出していく。その存在は、ユンジェにとって、小さくない変化をもたらす。

会見で「舞台出演は久しぶりで緊張する」と語っていた平川だが、舞台上では清涼な存在感を堂々と放っていた。本作では戸塚以外の出演者全員が、場面に応じてさまざまな役を演じるが、平川はドラのほか、特に印象的な複数の役柄を演じている。中でも、ある場面で演じられる「蝶」の表現は深く、声なき存在である蝶の痛みが、抑圧を感じさせる身体の動きに宿り、シーンに強い説得力を与えていた。

松村優が演じるゴニの父親・ユン教授は、ある事情からゴニとの関係をうまく築けない父として、その内面に静かに影を落とす存在だ。自身もまた、罪悪感を抱え、取り返しのつかない過去の一場面に苦しみ続けている。戸塚や崎山より年少の松村だが、その穏やかで落ち着いた雰囲気が、葛藤を抱える父親像にリアリティを与えていた。

さらに松村は、冒頭で無差別殺人を起こす名もなき犯人も演じている。その場面では、感情を読み取らせない空虚な瞳と、絶望が全身からほとばしるような暴力性とが同居しており、舞台であることを忘れさせる凄みがあった。凶刃が振るわれる瞬間、観客は息を呑み、恐怖すら覚えるはずだ。

そのほかにも、首藤康之が演じるシム教授は、ユンジェの母が営む古書店と同じ建物で店を営み、法的代理人としての立場を超えて、ユンジェを穏やかに見守る父親的存在。一方、自身も過去の経験から虚無を抱えて生きる人間でもあり、ユンジェとの交流にある種の救いを見出していく。

そして、久世星佳が演じる“ばあちゃん”は、口こそ悪いが、ユンジェや実の娘に注ぐまなざしに、深い愛情と人としての懐の広さがにじむ。

首藤、久世もまた様々なシーンでまったく異なるタイプの登場人物として登場し、変化の巧みさに舌を巻く。演者としても戸塚や崎山の先達として舞台に立つ彼らは、大人の入り口に立つ少年たちの物語に、道しるべともいえる重みを添えている。物語の内と外、その両方で、舞台に厚みと体温を与える存在となっていた。

7人の表現者が描く、多層で美しい“静と動”の舞台

戸塚以外の全員がさまざまな役を演じる本作だが、7人の舞台とは思えないほど多様な人物が登場し、違和感なく溶け込んでいることに驚かされる。それは、本作で描かれている人物が、表象を取り払った人物の「内面そのもの」であるからだろう。それら名前をもたない登場人物たちは、温度や色彩のない、だが確かに「在るもの」として感じられ、それは感情を理解できないユンジェの見る世界そのものなのかもしれない。

その複雑な構成を可能にしているのが、コンテンポラリーダンスによる表現であり、出演者全員の幅広い身体表現である。本作では、バンドによる生演奏が作品に彩りを添えるが、音楽もまた極めて優しく美しく、見る者の思考を飛び越えて、身体に染み入るように響く。

緻密で繊細、しかしながらその表現は鮮烈。濃密な舞台だ。「あっという間」という印象の舞台だが、「息をのむような」といった緊張感ではない。「流れの中に身を任せる」、そんな没入感がある。ユンジェとゴニという陰陽のような二人の関係をはじめ、ユンジェを中心とする小さな世界は静かに、果てしなく広がっていく。

この優しく美しい物語からもたらされる静かな波紋は、劇場で身を委ねたあともなお、我々の心に、穏やかに広がり続けることだろう。

舞台『アーモンド』は、2025年8月30日(土)から9月14日(日)まで東京・シアタートラム、9月19日(金)から9月21日(日)まで近鉄アート館にて上演。上演時間は約2時間10分(休憩無し)を予定。

(取材・文・撮影/飴屋まこと、編集/エンタステージ編集部 1号)

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舞台『アーモンド』公演情報

公演情報
タイトル 舞台『アーモンド』
公演期間・会場 【東京公演】2025年8月30日(土)~9月14日(日) シアタートラム

【大阪公演】2025年9月19日(金)~9月21日(日) 近鉄アート館

スタッフ 原作:ソン・ウォンピョン
翻訳:矢島暁子(祥伝社刊)
脚本・演出:板垣恭一
音楽:桑原まこ
キャスト 戸塚祥太、崎山つばさ、水夏希、松村優、平川結月、首藤康之、久世星佳
チケット情報 全席指定:12,000円
トラムシート(半立見):10,000円(東京公演のみ)
※税込/全席指定
※未就学児入場不可。
※トラムシートは座席ではなく、客席最後部の壁に備え付のバー形状の腰かけ席(半立見)
・注釈付指定席 12,000円
公式サイト https://almond-stage.jp/
公式SNS 公式X(Twitter):@almond_stage
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