2023年8月にPARCO劇場開場50周年記念シリーズとして、『桜の園』を上演する。本作では、英国出身の演出家ショーン・ホームズが日英のクリエイター・キャストと共に、現代の劇場で上演するものとしてアダプテーション(改作・脚色の意)した台本をで2023年版『桜の園』を作り上げる。
上演を前に、7月12日(水)には明治大学に招かれ、ショーンによる特別講演会を実施。進行は明治大学文学部演劇学専攻教授の井上優、聞き手は文学部英米文学専攻教授の野田学、通訳は時田曜子。講義中盤からは『桜の園』出演者よりスペシャルゲストとして、大学生トロフィーモフ役の成河、明治大学卒業生の天野はなの二人も参加した。
講義テーマは「演出家ショーン・ホームズのインスピレーション~古典演劇を現代に甦らせる~」。明治大学の学生のほか、『PARCO STAGE』でも公募し、中学生・高校生も含め幅広い年代の方も多数参加し関心度の高さがうかがえた。
まず井上から、演劇の世界に入ったきっかけや演出家という道にたどり着いた経緯を問われたショーンは、丁寧に自身のヒストリーを話し始めた。その中で語った、舞台演出家という仕事の魅力について「見事な頭脳を持つ素晴らしい俳優の皆さんと共に時間と空間を共にして、作家の脳内を覗き込み、ビジョンを見つめることができる光栄な仕事。他のアーティストたちとできるだけ対話を持ち、コラボレーションしながら協働することで、自分自身、一人の人間として世界の現実に直面し、直視し、対面し、対抗し、考えることができる。人生の時間の過ごし方としては悪くないなと思っている」という言葉が印象的だった。
野田から、2022年にショーンが演出したアーサー・ミラー『セールスマンの死』と同様に近代古典の名作であるチェーホフ『桜の園』を日本のカンパニーでどのように作ろうとしているのかという核心に触れる質問が投げ掛けられると、「グッド・クエスチョン!」とショーンの目が輝く。1990年代半ばに伝統的な『桜の園』を上演する著名なプロダクションでアシスタントディレクターを務めたショーン自身、当時のことが頭から離れなかったという。だからこそ今回あらためて、きちんと戯曲と向き合ったと吐露。
「この戯曲には権力を巡る葛藤、戦いが描かれていると感じ、チェーホフの描いたキャラクターたちの持つ攻撃性や激しさを、日本の俳優たちが表現できる環境や世界というものを舞台上に作らなければいけないと思った。そのきっかけになったのは、ドラマトゥルクでジャーナリストの友人、エストニア人のイーロー・エプナーが共有してくれた、エストニア・リトアニア・ラトビアの諜報機関のトップへのインタビュー記事。それを読んで、権力そして自分の目的を追求することが、いかにそのロシアの文化、社会の中心にあるかということが分かった。暴力性を用いるということを厭わない社会性、文化性がある。そこで、この『桜の園』は登場人物にとってのバトルフィールド、つまりその戦場で人々が力をめぐって争っている姿が見えた」と、今回の演出コンセプトにまで話が及んだ。
そこで成河と天野も登壇。今回の上演では、ロシア人であるチェーホフの戯曲をイギリス人であるサイモン・スティーヴンスがアダプテーションしたものを、広田敦郎が日本語に翻訳。その台本をイギリス人のショーンが日本人の俳優たちに演出をつけるという構図の中にいる二人に、「ぜひ稽古の様子を」と井上が促すと、「ショーンの稽古場は民主的で、お互いフェアでイーブンな関係でいるために徹底されていると思う」と成河。「ショーンさんが信頼しているサイモンさんの台本を日本語に翻訳した台本を皆で共有して創るのが良いと思った、と仰ったショーンさんが頼もしく、それが良い方向に作用しているように思う」と天野が続けた。
さらに井上から「チェーホフの戯曲は、ディスコミュニケーションがひとつのテーマ。稽古ではその表現をコミュニケーションするという矛盾した要求があると思うけれど、どのように解決しているのか」と問われると、「どの役も他人の話を聞かずに、自分の主張を好き勝手言っている。それぞれが役にきちんと向き合っていくと、こういう人はどこの国にもいる、という人物に成っていくので、敢えてディスコミュニケーションをデザインすることを考えなくても、きちんと劇として成立していくと思う。だからストレートに演技をするのみ」と力強く答える成河。
続けて、ショーンが「コミュニケーションが不全であることは、一人ひとりが一生懸命にコミュニケーションしようとするところから生まれる。つまり、それぞれが自分の視点から物事を伝えようとし、自分の目的を追求しようとしているから。それが相手に作用しないだけというのも相手も同じことをしているから」と話した。
重ねて「稽古をしていると、そのコミュニケーションがうまくいかない状態が本当に面白くて、一人で台本を読んでいる時には到底想像できなかったようなところが見えてきて、それがどうしようもなく愛しく思える瞬間が生まれる」と天野。高揚した天野が「ショーンさんの稽古は本当に面白くて、素晴らしい演出家だと思います! 絶対に劇場に観に来てください!」と自主的に公演の宣伝を始めると、静かに聴き入っていた参加者たちから笑いと拍手が起こり、会場が一気に和んだ。
ショーンの稽古について野田からさらに問われると、成河は「俳優が解放され、役として動き出す瞬間をずっと待ってくれる、驚くほど穏やかな演出家。強いアイデアと意志を持ちながら、同時に忍耐を持っている。笑いも絶えず、全員が心地の良い稽古場」、天野は「そういう眼差しを持っている演出家だからこそ、全員が自分自身の想像のもう少し先に飛び込んでみようとトライしている。とても熱い稽古場だと思う」と語り、稽古が充実している様子が手に取るように伝わった。
ショーンは演出するにあたり、「できる限り作家に忠実で誠実であること。戯曲に書かれた文字に忠実ということより、その戯曲に込められたスピリットに忠実で誠実であるということ」を大切にしているという。
さらに「チェーホフは明らかに俳優たちと時間を過ごすことが好きだった作家。どの登場人物も非常に素晴らしい役として描いているので、カンパニーとしてこの戯曲を上演することへの喜びと高揚感が持てる。チェーホフは、アンサンブルのあり方、人間は矛盾を内包している存在であること、ひとつの場面が次々と別の場面に遮られていく、ということを描くのが巧みな劇作家。今回の私たちの稽古でも、その3つを大事にしている。淡々とした穏やかなリズムでゆったり進んでいく作品になってしまわないよう、ギザギザと滑らかではない感じを大事にしながら作っている。それこそが人間の根幹にあるものであり、そこから人間らしさ、人間の痛みが見えてくるはずだ」と力強く語った。
最後には質疑応答も行われ、成河からショーンに質問するという稽古場さながらの一場面も。会話は終始白熱、予定時間を超えてもまだまだ聞いていたいと思わされる、充実の特別講義だった。
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『桜の園』は、8月7日(月)に東京・PARCO劇場にてプレビューオープン後、宮城・広島・愛知・大阪・高知・福岡を巡演する。
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ
『桜の園』公演情報
上演スケジュール
【東京公演】2023年8月7日(月)~8月29日(火) PARCO劇場
※8月7日(月)プレビューオープン
【宮城公演】2023年9月2日(土) 東京エレクトロンホール宮城 大ホール
【広島公演】2023年9月6日(水) 上野学園ホール(広島県立文化芸術ホール)
【愛知公演】2023年9月13日(水) 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
【大阪公演】2023年9月16日(土)~9月17日(日) 森ノ宮ピロティホール
【高知公演】2023年9月20日(水) 高知県立県民文化ホール・オレンジホール
【福岡公演】2023年9月23日(土)~9月24日(日) キャナルシティ劇場
スタッフ・キャスト
【作】アントン・チェーホフ
【英語版】サイモン・スティーヴンス
【翻訳】広田敦郎
【演出】ショーン・ホームズ
【出演】
原田美枝子、八嶋智人、成河、安藤玉恵、川島海荷、前原滉、川上友里、竪山隼太、
天野はな、永島敬三、中上サツキ、市川しんぺー/松尾貴史、村井國夫
『桜の園』あらすじ
外はまだ凍えるように寒い5月。
領主のラネーフスカヤ(原田美枝子)がパリから5年ぶりに、ふるさと“桜の園”に帰ってくる。帰還を喜ぶラネーフスカヤの兄ガーエフ(松尾貴史)、養女ワーリャ(安藤玉恵)、老召使フィールス(村井國夫)、近くの地主ピーシチク(市川しんぺー)たち。
だが領地を任せたガーエフに経営の才はなく、ワーリャが取り仕切るも、負債は膨らむばかり。借金返済のため、銀行は8月に領地である“桜の園”を競売にかけようとしている。
“桜の園”の農夫の息子だったロパーヒン(八嶋智人)は今や実業家。彼は桜の木を切り払い、別荘地として貸し出せば、競売は避けられると助言する。しかし、美しい“桜の園”を誇りにするラネーフスカヤとガーエフは破産の危機も真剣に受け止めようとしない。
以前より管理人のエピホードフ(前原滉)から求婚されていたメイドのドゥニャーシャ(天野はな)は、ラネーフスカヤに仕えてパリで暮らしていた召使ヤーシャ(竪山隼太)に惹かれるようになる。一方、競売まで一か月と迫り、ロパーヒンは重ねてラネーフスカヤとガーエフに、領地を別荘地にして競売を避けるようにと説くが、二人は承知せず、あてにならない話にすがろうとする。
母ラネーフスカヤと共に戻ったアーニャ(川島海荷)は、同行していた家庭教師シャルロッタ(川上友里)の無駄なおしゃべりや手品に退屈していたが、大学生であるトロフィーモフ(成河)が抱く新しい思想に触れて、“桜の園”の外で新しい生き方を選ぶことを考え始めていた。
“桜の園”競売の当日にもかかわらず、相変わらず呑気なラネーフスカヤたち。そこへガーエフとロパーヒンがやってきて、競売の結果を報告するのだが・・・。
来たるべき新しい時代を見据えて変革を厭わない人々。対して、落ちぶれてもなお、過去にすがり現実を見ようとせず時代の波に取り残される領主貴族たち。それぞれが向かう先とは――。