世田谷パブリックシアターが推す注目の若手公演、らまのだ『青いプロペラ』レポート

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できれば、どんな人生でも愛せたらと思う。
うまくいくこと、いかないこと。どうしようもない大きな流れの中で、私たちは少しのドラマを抱えながら日常を生きていく。そんな日常を丁寧に描いた、らまのだ『青いプロペラ』が2018年11月29日(木)に東京・シアタートラムにて幕を開けた。本公演は、世田谷パブリックシアターによる“シアタートラム ネクスト・ジェネレーション”の2018年作品として選ばれ上演される。これまでも快快、FUKAIPRODUSE 羽衣、演劇ユニットてがみ座、tamagoPLINなど、数々の若い才能が劇場のサポートを得てトラムの舞台に立ってきた。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_3

しかし、これまでのどの劇団とらまのだの作風は違う。丁寧すぎるほど丁寧に人々の生活を重ねていく物語に奇抜さや派手なエンターテイメント性はなく、観客はただ舞台上の彼らとともに生きている気になる。

石川県の山あいの、人口五千人に満たない小さな町の老舗スーパー「マルエイ」。周囲には、深い山々、バーベキューができるほど広い河原、川のせせらぎが涼やかに響き、そこにハトたちが集まる。美しい、田舎の風景。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_2

ある暑い真夏の日、隣町に巨大なショッピングモールが建設されることが決まった。予定は「来年の夏」。ユニクロもケーズデンキも入った大型モールができれば、田舎のスーパーはひとたまりもない。モールができるまでの1年でスーパーを盛り立てないと、自分たちの収入源がなくなってしまう。しかし従業員たちに切迫した様子はなく、どこか受け入れてすらいるように、穏やかに毎日は過ぎていく。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_4

舞台となるスーパーのバックヤードでは、どこのお店にもありそうなちょっとした人間模様が覗き見られる。新任店長の小柳(富川一人)と惣菜部チーフでシングルマザーの(田中里衣)はどうやら恋人関係。精肉部サブチーフの増田(林田航平)は手当たり次第に女性スタッフをドライブに誘う。惣菜担当の新人社員の八木(福永マリカ)は大先輩の久保(斉藤麻衣子)よりも出世してしまい、その久保は出入りの運搬会社社員の佐野(井上幸太郎)とデキているようだ。それぞれの人間関係がありつつも、皆つつがなく、むしろ仲良く働いている。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_5

おふざけも、痴話喧嘩も、このバックヤードで行われる。その様子を垣間見ているだけで楽しいのは、友達と過ごす何気ない時間が楽しく心地良いのに似ていた。登場人物たちになぜか親しみを感じるのは、言葉や仕草がとても丁寧に重ねられているからだ。

曖昧な返事をする時に傾げる首、リラックスして脱ぎ散らかす靴、テーブルの柿を食べるでもなく手にとってはまた戻す仕草・・・そんな何気ない小さなクセのようなものが、「こんな人いるいる」と懐かしく馴染む。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_8

特に、人付き合いの苦手なレジ担当の絹川(今泉舞)が食べかけのパンをハトたちにあげようと全力投球するシーンは目を引く。誰にも見られていないと思って一人振りかぶっている姿はおもしろいし愛しい。何の言葉を発しなくても、その仕草の中には感情が見え隠れする。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_6

登場人物一人ひとりの存在が優しく丁寧に描かれている。演出の森田あやは「何気ない仕草のような、そんな些細で愛しいものをできるだけかき集めて舞台に乗せたい」と言っていた。観客はいつしか、日々を生きる普通の人たちへの森田の愛溢れる眼差しを感じて、このスーパーのバックヤードにいる人々を好きになってしまう。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_10

一人異彩を放つのが、一番年配の精肉部チーフの坪井(猪股俊明)。仕事ができず、受け答えもはっきりしない。若者たちから大事にされつつも、ほんの少しだけ無下に扱われているような様子は、舞台中央にずっとある壊れ気味の扇風機のようだ。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_7

「まだなんとか現役だ」という風に、時々動かなくなりながらも回転する扇風機の青いプロペラ。最近では見かけることは少ないが、スーパーの従業員たちはなんとか修理をしながら、騙し騙し使っている。“新しい”クーラーがきたら、お払い箱になるかもしれない“古い”扇風機。その青いプロペラと、実直に働く坪井さんと、マルエイスーパーの姿がぼんやりと重なる。

多くの人は忘れているかもしれないが、かつてはマルエイも“新しい”スーパーとして出店し、昔ながらの地元商店街に壊滅的な打撃を与えたこともあったのだ・・・。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_9

今作には、細やかな台詞が散りばめられている。「えっと」「何?」「いえ」「違う違う違う」・・・南出謙吾の脚本は生活感があり、それを森田が丁寧に日常風景に落とし込んで、演劇となった。

決定的な言葉は、ほぼない。すべてはそこにただ「在る」。見ない人には見えないし、見ようとする人には見える程度の些細な積み重ねが、田舎のスーパーの息遣いを作っている。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_11

舞台横では、3名の奏者によるスティールパンの生演奏が行われている。柔らかい音色に乗せ、季節は巡っていく。夏、秋、冬、春とそこに流れる空気は変わらない。しかし、彼らの関係はゆるやかに変化していく。

スーパーを切り盛りする人、いつしかその努力を辞める人、ショッピングモールのスカウトに心揺れる人、引き止める人、他に行き場のない人・・・。各々の生き方に正解はなく、間違いもない。ただ超大型ショッピングモールのオープンという大波に流される中で、自分の人生を歩いていくしかない。客席で彼らと共に過ごしているうちに彼らへの愛着が募る。

壊れやすくなった扇風機は、でもできる限り修理して、また動けばとても嬉しい。青いプロペラが回転を止めない限り何度でも手を差し伸べたくなる。何気ないもの身近なものほど、愛しい。だからもしみんなの道が違っても、それがどんな人生になったとしてもできれば愛したい、と願いたくなる。

上演は1時間50分だが、観客はこの小さな老舗スーパーのバックヤードで1年間、共に日々を重ねる。そこに差し込む日差しは優しく、大きなうねりの中の素朴な日々を受け入れてくれる気がする。奇抜さや派手なエンターテイメント性はない。だからこそ静かに感動が訪れる。

らまのだ『青いプロペラ』は、これまでもこれからも続いていく日常を肯定し、柔らかく包み込む舞台だった。

らまのだ『青いプロペラ』舞台写真_12

(取材・文・撮影/河野桃子)

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