『すべての四月のために』が、2017年11月11日(土)に東京・東京芸術劇場にて幕を開けた。本作は『焼肉ドラゴン』の作・演出で演劇賞を総舐めにした鄭義信が新たに書き下ろした作品。出演者には、V6の森田剛をはじめ、臼田あさ美、西田尚美、村川絵梨、伊藤沙莉、小柳友、稲葉友、津村知与支、牧野莉佳、斉藤マッチュ、浦川祥哉、近藤公園、中村靖日、山本亨、そして第42回菊田一夫演劇賞で大賞を受賞した麻実れいといった顔ぶれが揃った。本記事では、初日前日に行われた公開ゲネプロより舞台写真とレポートをお届けする。
時代は、第二次世界大戦下の朝鮮半島。そして物語のすべては、安田英順(麻実)と洪吉(山本)が営む理髪店の中で展開していく。冒頭での森田、麻実、山本の語りの後、時は遡って過去へ。そこではちょうど、安田家の次女である秋子(臼田)と萬石(森田)の結婚式が行われていた。長女の冬子(西田)、三女の夏子(村川)、四女の春子(伊藤)も集い、地酒であるマッコリを呑みながら場が盛り上がる中、新婦であるはずの秋子の喜びは薄い。萬石が冬子に対する思いを捨てきれていないことを知っているからだ。
そこへ、片足を失った日本軍人の篠田(近藤)が、理髪店を日本軍専用とするとの辞令を持ってやってくる。このことをきっかけに、事態は急変。B-29が轟音をあげて飛び交う空の下で、安田家と萬石は、周りの朝鮮人や日本軍人は、一体どのような幸福を求めて、どうやって生きていくのだろうか。
主演の森田は、上演にあたり「きっとこの作品を観た方は、自分の家族のことを思い出すのではないかと思います。同時に、自分の未来や過去、生きている意味を考えるかもしれません」とコメントを寄せている。森田の演じる萬石は、まさに家族との固い繋がり、そして同時に自分という一人の存在をだんだんと知っていくという、演技力が求められる役どころ。萬石の揺れ動く複雑な感情を、繊細に表現していた。
対して、萬石の結婚相手であり教員として学校に勤める秋子は、自分という芯をしっかりと持った、悪く言えば頑固な、良く言えば真っすぐな性格の持ち主。秋子を演じる臼田は、本作と同じく鄭が脚本・演出を手掛けた舞台『しゃばけ』(2013年)で舞台初出演を果たしており、本作では経験を積んでさらに真に迫る演技を見せてくれた。
臼田と同じくモデルを経て女優となった西田は、昔の骨折から片足の自由を失ってしまったものの、明るく優しい性格で家族を包む冬子を好演。西田の癒しの力を持った声が、それぞれのキャラクターの胸に響いていっていた。篠田役の近藤との絡みには、思わず切なさを覚える。
場末のクラブで歌う派手好きの三女・夏子を演じたのは、去年上演された鄭の『たとえば野に咲く花のように』 にも出演していた村川。素直になれずに時折きつい口調になってしまうものの、心の中では自分の大事な人を誰よりも強く想う夏子の不器用な姿に、自分の姿を重ねる観客もいるのではないだろうか。
9歳の頃からドラマなどに出演している伊藤は、これまでのすべてをここに注いだと言っても過言ではないほどの演技力を発揮。春子が家族に反対されてまでも自分の信念を貫く場面では、春子のこみ上げる感情が、伊藤の目から涙として溢れ、着ていた水色のセーターを濡らしていた。
洪吉という、役として存在しつつも時にはストーリーテラーとして活躍する役どころの山本。時にはコミカルな言動で家族を笑顔にし、時には大切な家族のために土下座さえもやってみせる洪吉の姿には、理想の夫、そして、父親の姿が凝縮されていた。
「老若男女、すべての方に、足を運んでいただければ」と語る麻実は、現在の白髪の生えた腰の悪い英順と、過去の背筋をしゃんと伸ばした英順を見事に演じ分ける。過去の英順は、秋子がウェディングドレスを着ていようが、お祝いの席でも日常でも、韓国の民族衣装に身を包んで暮らしており、そこにも彼女の朝鮮への思いが表現されている。作品の後半で麻実の口から紡がれる「どうか明日が幸福であるように」という言葉には、思わず涙が込み上げてきてしまった。
戦時下という苛烈な状況下におかれながらも、それぞれの未来への道筋を手繰り寄せようと懸命に生きる登場人物たちの姿からは、人間の本質を感じずにはいられない。テーマ自体は重いものではあったものの、時に笑い、泣き、観た後に大切な誰かと幸福を共有したくなるような作品であった。
『すべての四月のために』は、11月29日(水)まで東京・東京芸術劇場にて上演。その後、京都、福岡を巡演する。日程の詳細は以下のとおり。
【東京公演】11月11日(土)~11月29日(水) 東京芸術劇場
【京都公演】12月8日(金)~12月13日(水) ロームシアター京都 サウスホール
【福岡公演】12月22日(金)~12月24日(日) 北九州芸術劇場 大ホール
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部)