3月25日(土)にKAAT 神奈川芸術劇場で開幕した『オペラ座の怪人』。1988年の日本初演以来、劇団四季が各地で上演を続けてきた大人気ミュージカル作品だ。首都圏での公演は4年振りとなる本作の初日の模様をレポートしたい。
開演前、場内のクラシカルな雰囲気のなか、オーケストラピットでは奏者がウォーミングアップをはじめている。また、ステージの上方はプロセニアム・アーチと呼ばれる額縁状の枠で彩られ、さまざまな彫像が19世紀のパリ・オペラ座の雰囲気を醸し出す。この美しい舞台美術はトニー賞受賞者、マリア・ビョルンソンによるデザインだ。
舞台は1800年代のパリ・オペラ座。埃をかぶった劇場内で、昔使われた小道具やポスターのオークションが行われている。何点も落札する車椅子の老紳士。そこに猿のオルゴールが登場した時、老紳士の表情が変わる・・・それは彼にとって、大切な人との記憶を呼び覚ます品物だったのだ。不気味なオークショナーの掛け声で、時間は一気に巻き戻り、オペラ座が最も華やかで明るかった時代の美しく切ない物語が始まる――。
「ちょっと灯りをつければ、昔の亡霊も逃げ出すことでありましょう!」・・・オークショナーの台詞であの有名な音楽が鳴り響き、埃をかぶった舞台装置が輝きを取り戻して、命を得たシャンデリアが上がっていく・・・その様子を見るだけで心が踊る。
初日にオペラ座の怪人(=ファントム)役を務めたのは佐野正幸。初演以来、さまざまな役で本作に出演している劇団四季のベテラン俳優だ。歌姫・クリスティーヌに対しての複雑な愛情やそこから派生する憎悪、哀しみなど、幾層にも重なった感情を、美しい歌声に乗せて魅せてくる。佐野のファントムからは、音楽や建築の分野では天才でありながら、人を愛するという行為においては全く成熟していない人間の切なさと痛みとが伝わってきた。
ヒロイン・クリスティーヌ役の山本紗衣は、安定感抜群のソプラノで、美しいアリアを歌い、幼馴染の恋人と音楽の天使との間で揺れ動く女性の心理を丁寧に見せる。また、ラウル・シャニュイ子爵役の神永東吾は、圧倒的二枚目である本役を好演。
個人的にはオペラ座の権利を譲渡したムッシュー・ルフェーブル(中村伝)、新支配人となったムッシュー・アンドレ(増田守人)とムッシュー・フィルマン(平良交一)、独裁的な演出家、ムッシュー・レイエ(深見正博)らの深みのあるキャラクター構築と遊び心のある演技のやり取りが特に心に残った。
作曲家、アンドリュー・ロイド=ウェバーの紡ぐ美しくドラマティックな音楽と豪華な衣裳、クラシカルな世界観の舞台美術、そして30年近くレパートリー作品として本作を上演し続けてきた劇団四季の経験値が壮大な化学反応を起こす『オペラ座の怪人』横浜公演。この地で新たな“伝説”が生まれることは間違いなさそうだ。
劇団四季ミュージカル『オペラ座の怪人』は、2017年8月13日(日)までKAAT 神奈川芸術劇場にて上演中。
(※キャストは筆者観劇時のもの)
(取材・文/上村由紀子)
(撮影/下坂敦俊)