9月29日(木)より東京・紀伊國屋ホールで開幕する舞台『幽霊』。イプセンの代表的な戯曲が、鵜山仁の演出と個性豊かな5人の出演者により具現化される。
初日を間近に控えた某日、都内の稽古場にお邪魔した。
この日行われていたのは三幕の通し稽古。前幕で起きたある“事件”を発端に、それまで登場人物たちが心の奥に隠してきた感情や別の顔が、次第に露わになっていく―。
稽古場に組まれた舞台セットは床が微妙に傾いている。まるでこの屋敷に関わる人間たちの不安定な心情を現しているかのようだ。
“事件”について、その責任が自分にもあるのかと混乱するマンデルス牧師(小山力也)と、自らの野望を叶えるために、じわじわと牧師を追い込んでいく指物師のエングストラン(吉原光夫)。ストレートな言葉しか繰り出せない牧師と、一見、粗野で単純な男と思わせつつ、実は思うままに相手と状況とをコントロールしようとするエングストランとの対比が面白い。本来なら「新聞も~」と言うべき台詞を、つい「マスコミも~」と間違えてしまった吉原に、鵜山から「うん…この時代は…新聞ですね」と冷静なツッコミが入り、稽古場があたたかい笑いに包まれる。
鵜山の演出はとても理性的だ。この日は三幕を通しながら、途中、小返しをしていくという稽古スタイル。演出家席でじっとアクトスペースを見つめ、時に自らキャストの近くに歩み寄って細かなアドバイスを伝えつつ、彼らの言葉にもしっかり耳を傾ける。サジェストの際には、基本、役名ではなく本人の名前を呼びかけ、俳優たちの心が動く瞬間を待つ姿がどこか医師のようでもあり、非常に印象的だった。
屋敷の女主人・アルヴィング夫人役の朝海ひかるは、一言一言噛み締めるように台詞を語る。マンデルス牧師に対する尊敬と派生する諦観、エングストランに対してのそこはかとない不安、そして息子・オスヴァル(安西慎太郎)への絶対的な愛情…。細かな表情や語調の変化で、それぞれの関係性の違いを明確に打ち出す様子が凛と響く。ピンと芯の通った演技と、美しい立ち姿からアルヴィング夫人の気高さが伝わってきた。
アルヴィング夫人の息子・オスヴァル役の安西は、母に真意と真実とを打ち明ける場面で、さまざまな方法を試しながら、繊細な演技を見せ、屋敷で働く召使い・レギーネ役の横田美紀も、エングストラン役の吉原がさり気なく投げた芝居のボールをしっかり受け止めて、小返しのたびに違う表情で応える。若いふたりのストレートでありながらセンシティヴな演技が気持ち良い。
出演者の数が少ないこともあり、休憩時間は俳優それぞれが台本を読み返しながら静かに過ごしているのだが、ある時、誰かが始めた雑談をきっかけに「細マッチョ」について皆で盛り上がる様子がとても微笑ましかった。
登場人物はたった5人、物語はすべて屋敷の中で展開する濃密な会話劇『幽霊』。人間なら誰しも持っている“表の顔”と“裏の顔”とが交錯するスリリングな瞬間や、登場人物たちの思いもかけない化学反応をぜひ客席で体感して欲しい。
舞台『幽霊』は、9月29日(木)から10月10日(月・祝)まで東京・紀伊國屋ホール、10月13日(木)・14日(金)は、兵庫県立芸術文化センター・阪急中ホールにて上演される。
(写真提供:シーエイティプロデュース)
(取材・文/上村由紀子)