進化し続ける青年座!挑戦と確信に満ちた『天一坊十六番』初日レポート

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劇団青年座の第222回公演『天一坊十六番』が6月10日(金)より青年座劇場にて開幕した。劇作家・矢代静一が書き下ろした本作は、1969年に行われた同劇場のこけら落とし作品で同一座にとっては縁の深い戯曲といえる。演出を手がけるのは、本作で青年座本公演デビューとなる新進気鋭の女性演出家・金澤菜乃英。金澤は入団試験で好きな劇作家を聞かれ「矢代静一」と答えたほどの矢代ファンで、本作への思い入れもひとしおのようだ。

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ちなみに当時のタイトルは『天一坊七十番』であったそうだが、矢代が「もし、この世の終わりがくるまでに、再演、再再演されたら、その年の数字を記そうと考えた」と当時のパンフレットに書いていたため、その言葉に従い今回は題名を『天一坊十六番』としたそう。

『天一坊十六番』場面写真_2

物語は、1969年のある女流作家(津田真澄)が講談や歌舞伎の題材として知られる“天一坊事件(江戸時代、徳川吉宗の一族と称して浪人を集めた修験者・天一坊が獄門になった事件)”をベースに台本を執筆しているところから始まる。それを劇団員が演じながらいつしか江戸の世界へと導かれ、再び稽古途中の現代へと戻るメタ的展開となっている。

女流作家が描く「天一坊」の内容はこうだ。徳川八代将軍吉宗の御落胤(隠し子)と称する天一坊がセキセイインコから教わったという「私たち、人間は、あと一年足らずで、みんな死ぬ」という啓示を説いて回り、江戸の民衆を巻き込む一大ムーブメントに発展・・・、と史実とは若干異なるシナリオ。

一方、現実世界では劇団員が執筆中の女流作家に対し「軽薄な本だ」、「女性の心情が描ききれていない」と不平不満を漏らす。しかし、女流作家はなんのその。「実は天一坊のモデルにしている人物がいる」と答え、劇団員を驚かせる。また、モデルとなった人物はイワン・イワノヴィッチという日本で一番偉い人の御落胤で、天一坊の台詞はほとんどイワノヴィッチの言葉の転用だと明かすのであった。

『天一坊十六番』場面写真_4

天一坊役の劇団員は天一坊≒イワノヴィッチという関係を飲み、筆が進まぬ女流作家を相手に役作りのためとイワノヴィッチになりきった即興芝居を繰り広げる。そうして、天一坊とイワノヴィッチは存在を重ねあい、時代を融合させ、ついに「世界の終わりを明日に控えた晩」を迎えるのだが・・・。

本作の見所はまず矢代が描く巧みで奇想天外な物語世界だろう。天一坊≒イワノヴィッチという関係で「江戸時代」と「現代」が同時に展開することで、本作のテーマとなっている善悪の葛藤が時代を超えた普遍的なテーマであることが示される。

つまりそれは、不倫問題や各国で不穏な空気が流れる2016年の現在にも通じ、物語は異様なまでの生々しさで観客に迫る。この世の終わりが来るまで再演されることを希望して書いた矢代渾身の「天一坊事件」は、演劇的な力を携えてどの時代の観客にも鋭い問いを投げかける。

『天一坊十六番』場面写真_5

さらにもう一つの見どころは金澤の演出手腕だろう。若き演出家の目線で描かれる本作は、普段演劇を見なれない観客も十分に楽しめる現代的な感覚に呼応した演出が散りばめられている。

例えば、オープニングでは客電が落ちるやシンバルが鳴り、数々の劇伴音楽を手がけてきた日高哲英によるジャズのようなバンドの生演奏が始まる。また、音楽に合わせて出演者が総出で現れ、コンドルズの近藤良平の振付によるかわいらしくも独特なダンスで観客を迎える。異様なまでに陽気なオープニングに驚いく人も多いのではないだろうか。

劇団というのは、言わば記憶であり「味」だ。設立からの理念は継承され、団体が存続する限り何代にも渡って受け継がれていく。だからこそ、戦後すぐに生まれ現在まで演劇界を支え続けた老舗劇団である青年座の看板には他より伝統性の強い味があるように感じてしまう。しかし、本作ではそんな先入観を鮮やかに吹き飛ばす現代的な感性に満ちていた。

本作は「味(理念)」を継承しつつ時代に合わせ表現を更新し続ける青年座の熱い意気込みがこもったエポックメイキング的な作品なのかもしれない。そんな仮説を裏付ける根拠が劇中の台詞と舞台美術にある。

 『天一坊十六番』場面写真_3

天一坊役の劇団員が女流作家に物申すこんな台詞がある。(以下、台詞引用)

「僕としてはですね、やはり、ドラマというものは、太い太い幹が、大空に向かってグングン伸びていくように、テーマに向かって一直線に進まなけりゃいけないと思うのです―」

本公演の舞台中央には、大きな木の株を模したようなステージがあり、主にその上がアクティングエリアとなっている。同劇場のこけら落とし公演である『天一坊』を若手演出家の金澤に任せ、木の株のような床の上で津田をはじめ横堀悦夫、山路和弘など、青年座の実力派俳優が演出に応える。

『天一坊十六番』場面写真_6

本公演が、空(理念)に向かって成長し続ける青年座を表現したものでもあるかと想像すると、内容と相まって熱い思いが胸いっぱいに広がった。「演劇は面白い!」そんな確信を抱いて会場を後にできる傑作であった。天に向かって進化し続ける青年座の大きな木をその目で目撃してほしい。

劇団青年座第222回公演『天一坊十六番』は、2016年6月10日(金)から6月20日(月)まで東京・青年座劇場にて上演。

撮影=飯田研紀 ※無断転載禁止※

(文/大宮ガスト)

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