3月14日(土)にシアターコクーン(東京・渋谷)で開幕したミュージカル『タイタニック』。今回は2007年、2009年に上演されたグレン・ウォルフォード演出のブロードウェイ版ではなく、トム・サザーランドが演出するロンドン版での公演となる。ブロードウェイ版が「沈みゆく巨大な船」にスポットをあてた演出になっているのに対し、今回上演されるロンドン版では「船に乗った人々の群像劇」がメインテーマとして描かれており、再構成された場面も複数ある。例えばブロードウェイ版の冒頭で設計士・アンドリュースがタイタニック号の素晴らしさを語る場面は、船のオーナー、イスメイの裁判シーンに変わっており、被告席に立ったイスメイが、タイタニックに託した“人類の夢”を語るシーンから物語が始まるのだ。
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人々の夢を乗せた巨大客船『タイタニック』にそれぞれの希望や未来を抱えて乗り込む乗客たち。ある者は自由な国アメリカで警官になりたいと願い、ある者は身分制度のないアメリカに渡って愛する相手と結婚したいと望む。ブロードウェイ版では約30名いたキャストが本作では20名に減っているのだが、これは演出家の“意図”があってのこと。出演者の数が減った分、一人の俳優が一等客と三等客、船のスタッフと何役も演じ分ける訳だが、この事で「着ている服が違うだけで、一等客も三等客も、中身は皆同じ一人の人間なのだ」という作り手のメッセージが明確になるのだ。
設計士・アンドリュース役の加藤和樹は開演時間の前から舞台中央の椅子に座り、タイタニック号の設計図をひたすら書き続けている。その表情に歓喜や陶酔といったものは一切ない。ただひたすらに一人の技術者として巨大客船を生み出そうとしている姿からはアンドリュースの真面目でひたむきな性格が伝わってくる。
船のオーナー・イスメイ役の鈴木綜馬は冒頭から激しく強い歌声で観客を『タイタニック』の世界に誘う。ブロードウェイ版では商売と名声に目がくらんだ俗物として描かれていたイスメイが、今回のロンドン版ではある種の信念を持ち、自分なりの”正しい行動“を取っている人物に設定されている。死者の声を聞くイスメイの表情は必見だ。
機関士・バレット役の藤岡正明が労働者階級のキャラクターを演じる姿は観ていて気持ちが良いし、パワフルな歌声も胸に響く。バレットが通信士のブライド(上口耕平)と歌う「プロポーズ/夜空を飛ぶ」は、内向的なブライドの人物像とも相まってとても切なく、美しい。
大ベテランの光枝明彦はただ清廉潔白なのではなく、野心や政治力も持ったスミス船長という複雑なキャラクターを好演。夫との堅実な生活よりも一等客の優雅な生活に憧れるアリス・ビーン役のシルビア・グラブは天性の明るさで場を華やかに盛り上げ、その夫、チャールズ・ビーンを演じる栗原英雄の無条件に妻を愛し受け容れる姿が別れの場面で涙を誘う。
タイタニック号の運命が決まった時、人々はそれぞれの行動を取る。救命胴衣を若い者に与え、自分たちはそこで静かに死を迎えようとする老夫妻、一等客室の乗客にシャンパンをサーブし、感謝の気持ちを伝える客室係、自らの判断を責め自死する者、最後まで電信を打ち続ける通信士。
本作の登場人物たちは、全く架空のキャラクターではなく、全員が史実に基づいて生み出されている。モーリー・イェストンによる、壮大でありながら繊細な音楽に身を任せ、ベテランから若手の注目株まで、今最も勢いのあるキャスト陣が演じる人々の群像劇にわが身を重ねて“明日”を想う。そう“明日”は当たり前のように訪れるものではないのだ。ミュージカル『タイタニック』は、今この瞬間から自分がどう生きるべきなのか、そのヒントを与えてくれる稀有な作品なのである。
ミュージカル『タイタニック』は、2015年3月29日(日)まで、東京・Bunkamura シアターコクーンにて上演。
2015年4月1日(水)~4月5日(日)大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演。
撮影:宮川舞子